
「外で言っちゃダメですよ」
石川県の馳浩知事の「機密費」発言が波紋を呼んでいる。11月17日、東京の日本体育大学で講演した馳浩知事は、東京オリンピック・パラリンピックの招致活動において、開催都市の決定について、その舞台裏を赤裸々に語った。
「1冊20万円もする」オリジナルのアルバムを作成したことに触れ、「官房機密費を使っているから、外で言っちゃダメですよ」と釘をさしたうえ、「土産をもってIOCの委員をまわり、最終的に東京が開催都市を勝ち取ったわけですよ」と講演の中で説明した。

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東京オリンピック・パラリンピックの招致のために、官房機密費を使って投票権のあるIOC(国際オリンピック委員会)に贈答品として、1冊20万円のアルバムをプレゼントした──つまり票を買うための「買収」をして歩いたと述べているのだ。
馳氏は元レスリングのオリンピック代表選手で、プロレスラーとしても著名だ。政界に転身し、文部科学大臣など要職を務めた。東京オリンピック・パラリンピックの招致には自民党の招致推進本部長として関与し、2022年の石川県知事選に立候補して当選を果たした。
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問題となった17日の講演は、全国の自治体関係者が集まり、地域のスポーツ振興などを話し合う意見交換会の場で行われた。現代ビジネスでは、参加していた人から詳細な発言のメモを入手した。
委員ひとりひとりにオリジナルのアルバムを作成
馳氏は2011年に制定されたスポーツ基本法について、「これを私たちが作った。これができ、東京五輪招致をその2年後勝ち取ることができた」と、自身の成果を自慢げに話したうえ、こう続けた。
「私は、当時総理だった安倍晋三総理から『馳、国会を代表して五輪招致を、勝ち取れ。必ずやってくれ』と叱咤激励をされた」
そして、「今からしゃべること、メモはとらないように」と意味深にいい、聴衆を笑わせたうえ、こう続けたのだ。
「(安倍)総理は『カネはいくらでも出す、出せる。官房機密費もあるから』と(言った)」
馳氏は東京オリンピック・パラリンピックの招致のために、世界中のIOC委員に接触をはじめたという。馳氏の発言を再録しよう。
「それで私は周囲に話を聞き、作戦を練りました。私は大して英語もしゃべれませんが、招致はIOC委員の投票で決まります。そこで、オリンピック招致のためにアルバムを作ったんです。
IOCの委員が選手としてオリンピックに出場した時のいい場面、活躍のところの写真を、Kという会社がごまんと持っているわけですよ。IOC委員は全員で105名、その全員のアルバムを作ってお土産として持参したのです。外で言っちゃ駄目ですよ、官房機密費使って作ったので」

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「1冊20万円のアルバム」をIOC委員に配ったとなれば、招致のため、開催都市になるため「買収」になりかねない。しかし、馳氏はお構いなく、こう続けた。
「K社に『なんでこんな高い』と聞いたら、肖像権などの問題があり、K社はそれをぜんぶ管理して、持っているから作成できたと説明された。今、オリンピックは肖像権とか権利関係がいろいろとうるさいんですね。写真が20枚か30枚くらいのアルバムで1冊、20万円ですよ。それを私は世界中に持って行きました。
ウクライナでは、陸上のファンならご存じでしょう、セルゲイ・ブブカ選手(棒高跳びの伝説的金メダリスト)に会おうとなって、アルバムを渡した。こんな感じでIOCの委員をまわって(開催都市を)勝ち取ったのです。2013年9月7日のことでした」
当時の馳知事のブログをみると、《五輪都市決定の裏側にも、本音がある。本音を引き出して対処してこそ、ロビー活動。キャンペーンだけで勝てるものではない》(2013年05月31日)と手段を選ばないような記述もある。
そして同年4月1日のブログには、こう詳細が記されている。
《15時20分、官邸へ。菅官房長官に、五輪招致本部の活動方針を報告し、ご理解いただく。
・ 駐日大使館ごあいさつ訪問
・ 国際会議出席
・ 国際的なロビー活動
・ ともだち作戦
・ 想い出アルバム作戦
・・・・などなど。
「安倍総理も強く望んでいることだから、政府と党が連携して、しっかりと招致を勝ち取れるように、お願いします!」と発破をかけられる》
「想い出アルバム作戦」こそが「1冊20万円」の機密費を費やしたアルバムではないのか。相手は菅氏であり、まさかエイプリルフールの記述とは考えられない。
そして、IOC委員でもあるブブカ氏との交流があったとして、2013年4月24日に招致活動のためにペルーに出かけた際には《一休みして、海岸沿いの公園の器具でトレーニングをしていると・・・・ブブカさんも一人でジョギングにやってきた。「おはよ~~ブブカさん!」「あれ、馳もトレーニングしてるんだ!」「そうだよ、年取ったら、体動かさなきゃ!」「同感だ。俺ものんびり走ってくるよ。じゃ、また後程!」と、簡単な会話だが、朝のご挨拶。これも招致活動?》
とアルバムの効果があったような親密さをアピール。しかしIOCの倫理規定では、委員や関係者が金品を受領することを禁じている。組織委員会の役員らは、公共性が高い職務の性質上「みなし公務員」とされ、金品をやりとりして便宜を図ると「汚職」になりかねない。
突然の大炎上
東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約などをめぐって、元電通役員らが、東京地検特捜部に逮捕、一部は有罪判決が確定している「五輪スキャンダル」は記憶に新しい。馳知事の「買収」ともとれる発言はただちにニュースとなった。
馳氏は、自民党時代は安倍派に所属していた。
「安倍派では、政治資金パーティーの問題が浮上しているうえ、いまだ会長は決まらずギクシャクしている。こんな状況で、馳知事は安倍元首相を引き合いに出して、なんてこと言うんだと驚きました。このままでは大炎上して収拾がつかなくなると感じた」(安倍派の衆議院議員)
馳知事もあまりの反響に、翌日18日には「私自身も事実誤認がある発言です。五輪招致についての発言は全面的に撤回する」と発言。IOCの倫理規定違反について聞かれると「五輪招致全般にわたって活動していた」と述べるにとどまった。
それでも炎上は止まりそうもなく、ますます広がっている。馳知事のブログでは講演での言葉通り、招致活動で多くのオリンピアンのIOC委員に会っていたことがわかる。2021年07月23日、東京オリンピック・パラリンピックに合わせて記されたブログには、こんな記述がある。
《20時00分、カウントダウン。東京五輪2020開幕。いよいよ。長くて、曲がりくねった道だったけれど。ようやく辿り着いた聖火。関係者通路で、携帯電話しながら歩いているセルゲイ・ブブカIOC委員にすれ違った。
彼とは、8年前、ウクライナのキエフで、ペルーのリマで、ロシアのサンクトペテルブルクで、トルコのアンタルヤで、幾度も面談をいただいた。あんな事も、こんな事も思い起こされる。
もう、すっかり俺のことなんて覚えていないだろうなぁ、と思いながら、片手を挙げて『やぁ』と目くばせした》
東京でもブブカ氏と会ったというのだ。講演での発言が政治家のリップサービスではないことは明白だ。また2020年09月07日のブログでは、アルバムを作成したK社に謝辞さえ述べている。
前出の安倍派議員が語る。
「馳知事は豪快でいい方ですが、マイクを持つとプロレスラーになったような気分になるのか、言葉が過ぎることはまあまありました。今回は、買収をも示唆させる発言で、本当にヤバイ。さっそく、安倍派の幹部も馳知事に連絡をとって対応をするようにと話をしたようです。大臣も経験した知事にもかかわらず、あまりにも脇が甘い」
ちなみに馳知事は教員免許を持ち、教科は国語だ。公の場での発言を撤回したですまされないことは自身が一番、理解しているのではないか。
現代ビジネスでも、これまで《石川県知事・馳浩「最大の支援者」が部下を蹴ってカネを要求》で、馳知事の「側近」とされる会社経営者が、今年4月に石川県警に傷害などの容疑で逮捕されていたことを報じている。馳知事がプロレスラーとしてリングにあがるのかという問題などを巡って、地元のメディアをバトルを繰り広げるなど“場外乱闘”にはことかかない。
「知事にまでなったんだから、炎上を止める側にまわってほしい。自分で火をつけてどうするんだよ」──馳知事の後援者からは嘆きばかりが聞こえてくる。
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