宇良を襲った悲劇 相撲協会は相次ぐ事故をなぜ放置するのか

宇良を襲った悲劇 相撲協会は相次ぐ事故をなぜ放置するのか

  • デイリー新潮
  • 更新日:2022/01/18

大事故さえ懸念

大相撲初場所2日目の宇良(うら)対正代(しょうだい)戦。宇良がバックドロップのような体勢で後頭部から土俵下に落ちた瞬間、心臓が凍りそうになった。土俵に両足を上げた恰好で倒れた宇良の脚が少しの間動かず、その間は大事故さえ懸念した。やがて宇良の身体が動きだしたが、様子はおかしかった。勝った正代が心配そうに見つめる中、宇良は礼儀を重んじる力士の責任感からだろう、何とか起き上がろうとした。【スポーツライター/小林信也】

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10日、土俵際でもつれ込み、後頭部から落ちた宇良(下)。この後、土俵上でふらつき、呼び出しに支えられて土俵を後にした

しかし、近くにいた勝負審判も駆け寄った呼出しも、脳震盪を起こした可能性の高い宇良を強く制することはなかった。こんな時は、「動かさない」が鉄則ではないか。結局、宇良はよじ登るようにして土俵に戻る。歩く姿はふらついて、誰の目にも意識が通常でないことが明らかだった。

そもそも、宇良は落ちたその場所から直接土俵によじ登ったのだが、そのような無粋な光景をいままで見た記憶がない。力士は必ず上り段から土俵に戻るのが習わしではないか。運悪く、落ちた場所が上り段の少ない正面側だったとはいえ、咄嗟によじ登ったこと自体、宇良の思考が通常ではなかった証ではないだろうか。

東方に戻り、お辞儀をしようとしてふらついた宇良を呼び出しが支え、ようやく救護する流れになった。こうした不測の事態が起こったときの救急対応について、安全教育を徹底し、対応の方法を共有してほしいと強く感じた。礼儀は大事だが、ケガが起きた時に優先すべきは「力士の安全」であるのは言うまでもないだろう。

「土俵の周りがすごく狭い」

土俵際でもつれることは、通常の相撲で大いにありえることだ。それなのになぜ、宇良はこのように危険な体勢で土俵下に落ちたのか。かつて、アマチュア相撲の指導者から聞いた言葉が頭に浮かんだ。

「大相撲の土俵は狭いんですよ」

えっ、と思った。土俵の広さは同じではないのか。訊き返すと彼は改めてこう言った。

「いえもちろん、丸い土俵の大きさは同じなのですが、土俵の周りがすごく狭いのです」

確かに、言われてみれば、大学相撲やわんぱく相撲など、アマチュアの大会の舞台となる土俵の周りはもっと広いような気がする。

「大相撲は興行ですから、見栄えがいいよう高く狭くしてあると聞いています。観客にできるだけ近い場所で見てもらう目的もあるのでしょう。狭い方が観客もたくさん入れますしね」

プロもアマも土俵自体は同じ直径4メートル55センチ(15尺)の円だが、その周りを囲む四角い土の部分、いわば舞台のスペースが大相撲では1辺6メートル70センチと規定されている。数字を差し引くと、最も狭いところでも土俵際から1メートル以上余裕のある計算だが、6メートル70センチは、台形状に土が盛られた底辺の長さ。だから、台形の上辺、つまり「土俵上」のスペースはかなり狭くなる。目視で言えば、徳俵のある四辺の中央部分は、徳俵から土俵際の俵まで一足分の長さもない。

宇良が落ちたのは徳俵のすぐ右側だから、後ろ向きに倒れたらせいぜい腰のあたりまでが土俵上で、背中は土に着くことなく後方に投げ出される恰好になる。真っ逆さまに後頭部から転落するわけだ。

大腿骨は砕け、膝の皿も損傷

アマチュアではこのような危険がないよう、「土俵際で投げられても土俵上で一回転がれるほど、その分の広さを確保しています」という。それなのに、プロ(大相撲)はいつからの伝統なのか、転がる余裕もない現在の広さを継承し続けている。しかも、観客から見やすいためにか、高さもアマチュアより高く作られている。かなりの段差があるのだ。

アマチュア相撲の関係者の間では、狭い土俵の危険さは周知の事実というか、ずっと不安視されているという。だが、プロのことゆえ、声を上げることもできない。ある指導者が深刻な顔で話してくれた。

「2年前にも、幕内の友風が大ケガをしました。それなのに、相撲界にはまったく改善する動きがありません」

友風のケガは、今回のようにもつれた勝負ではなかった。2019年11月の九州場所2日目。琴勇輝に押し出しで敗れ、後退した勢いで土俵下に右脚から落ちたまま動けなくなったのだ。自らの180キロの体重と土俵の高さによる負荷が妙な形で友風の右脚にかかったのだろうか。救急車で病院に運ばれ、検査した結果、以下のような深刻な状態だった。

〈大腿(だいたい)骨は砕け、膝の皿も損傷していた。多くの靱帯(じんたい)や筋肉も切れ、右脚は皮膚と内即靱帯と血管だけがつながっている状態。「もう無理だな」。力士生命は終わったと思った。医師からは、治療に最低2年かかり「歩くことも困難」と言われた。「まず普通の生活に戻れるか。相撲のことを考える余裕はなかった」と振り返る。神経や靱帯、筋肉や骨をつなぐ手術は4度にも及んだ。〉(産経新聞)

迫力たっぷりのシーンだが……

これほどの大ケガがなぜ起きたのか、日本相撲協会は詳細に調査・検証し、はっきりと改善策を打ち出したのだろうか。

「押し出された後、土俵の上で動きが止まるだけの広さがあれば、友風は土俵下に落ちる必要がなかったし、ケガもしなかったでしょう」と、先の指導者は残念そうに言う。もちろん、自分の身体を支え切れないほど体重が増えすぎている昨今の大相撲の潮流にも問題があるかもしれない。いずれにせよ、いまも同じ、周囲の狭い土俵で取り組みが行われている。

土俵際でもつれ込み、控えの力士や検査役、時には観客の上に力士がのしかかるように落ちる光景をテレビ中継でも時々見る。迫力たっぷりのシーンだが、相当に危険で、実際にケガをする場合も少ないないと聞く。こうした迫力は、大相撲観戦に不可欠のスリリングな要素として今後も守るべきなのか。それとも、力士と土俵下の人たちを守るため、土俵の周囲を広くする検討がなされるべきか。日本相撲協会と八角理事長にはぜひ検討をしていただきたい。

両国国技館の土俵は、言うまでもなく「聖地」のような存在だ。だから、アマチュアの最高峰を決める全日本選手権も、わんぱく相撲の全国大会も、この聖地を借りて、プロの土俵で行われる。選手も、そして指導者も父母も、聖地に立てる感激と光栄のため、狭さに不安を洩らしたり、改善を求めたりしないし、できない。だが、国技館の土俵は、聖地でありながら、明らかな危険を宿している。

歴史的な見解はあるのか

わんぱく相撲の全国大会では、主催する日本青年会議所の若者たちが土俵下を数名で囲み、落ちた場合にサポートしているという。

この危険を改善できるのは、日本相撲協会しかない。

地方巡業では、プロもアマチュア・サイズの土俵を使う場合が珍しくない。その場合に何か不都合はあるのか、むしろケガが増えるようなデータや、観戦の醍醐味が削がれる現実があるのだろうか。

あるいはもし、「この狭さだからむしろ安全なのだ」という歴史的な見識があるなら、教えてもらいたい。相撲部屋に取材に行くと、土俵の周りが狭く、すぐ壁が近い光景にいつも驚かされる。大きな力士が壁にぶつかってケガをしないのかと。ところが、壁が近い方がケガをしにくいという長年の知恵と経験があって、あえて壁との距離を近くしているのだと聞かされる。土俵の周りが狭いのにも、同様の安全理論があるのだろうか。

これだけの事故やケガが実際に起きているのに、議論すら起こらないことに疑問を感じる。先に紹介した友風は、4度の手術と懸命のリハビリの間に序二段まで落ちたが、強い意志で2021年春場所に復帰した。再起して6場所目となる今場所は「幕下15枚目で白星発進をした」とニュースが伝えている。友風の不屈の闘志と努力で「希望」を感じる状況になっているが、これを美談のように語るだけでよいはずがない。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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