
新北市に開業した「安坑LRT」(筆者撮影)
3月6日、台湾の最大都市、台北の郊外である新北市で2路線目となるライトレール「安坑LRT」が本開業を迎えた。当初は2022年末のプレ開業(運賃無料・時間限定での運行)を目指していたが、交通部(国土交通省に相当)の審査や改善事項解消などの関係で、プレ開業は2月10日にずれ込む形となった。
「30年待ってようやく完成した」と地元住民が待ち望んだ新路線は、幹線道路が1本のみであることから生じていた深刻な交通渋滞を解消する効果が見込まれており、1カ月間のプレ開業期間の累計輸送客数は30万人に上った。
建設を阻んできた「谷状の地形」
安坑LRTは、台北MRT環状線と接続する十四張駅から山間部の双城駅に至る7.5km、全9駅の路線で、全区間の所要時間は約21分。線路は高架線と道路中央の専用軌道が主体で、車両は低床の5車体連接車が15編成導入された。
安坑地区はかつて、「暗抗」と呼ばれ、もともとは草木が生い茂る森林であった。その後、開拓が始まり、華がある地名にするべきと「安坑」あるいは「安康」と呼ばれるようになり、20世紀後半の台湾の経済発展に伴い宅地開発が進んできたエリアだ。
1970年代にはMRT(都市鉄道)の基本計画の路線網に組み込まれ、1990年代より高規格路線を延伸する方式で建設が計画されていたものの、谷状の地形から施工期間の交通が混乱することやコストに見合わないことを考慮して建設費を抑制できるLRTに改められ、2016年に着工。構想開始から約30年、約7年の施工期間を経て開業に至った。
筆者が乗車したのは2月27日。今年は同28日の「228和平記念日」に連なる25~28日が4連休となり、その3日目にあたる。開業から3月12日までの約2カ月間は運賃が無料となっただけあり、始発駅の十四張駅では大行列が見られ、連休4日間の乗客数は9万人に達した。
列車は十四張駅を発車すると、「安心橋」と呼ばれる斜張橋を通過。長さ502m、中央径間は225mと鉄道専用橋としては台湾一の長さを誇る。路面電車タイプの車両が走るLRTであることを忘れさせる高規格な設計だ。橋を越えると路線名でもある安坑地区へ入り、住宅地の間を防音壁に囲まれた高架線のカーブをゆっくりと進む。90度の急なカーブも多く、用地取得の苦労がしのばれる。3駅を9分ほどかけて進むと安康駅に到着。この駅は、2面3線を擁する折り返しに対応した駅である。

安心橋、右の環状線の高架と比較すると規模の大きさが分かる(筆者撮影)
ここが折り返し駅となっているのは、その先の様相がガラッと変わるためである。安康駅を発車した列車は、高速道路を横断すると、60パーミル(1000m進むたびに60m上る)に及ぶ急勾配の山間トンネルを走り、一気に高度を上げる。

2面3線で列車の折り返しに対応した安康駅。ここから双城方面は60パーミルの勾配区間となる(筆者撮影)
この勾配は台湾で定められているLRTが走行できる傾斜度の限度であり、まるで山岳鉄道のような様相を示す。そして、トンネルを抜けると山に囲まれた谷地を走る。これは台北の盆地状の地形に起因している。
山の斜面に立ち並ぶマンション群
この谷地は山の斜面に多くの集合住宅が林立する新興地帯であり、まるで香港のマンション群を思わせるような景色が飛び込んでくる。
安坑地区が属する新店区の人口の45%、約12万人がこの地域に集中しており、線路と並行するエリアには病院や大学、教育施設も並びこの地区の生活拠点が密集している。このため、1編成265人が定員の車両ではラッシュ時の混雑がさばききれないことが懸念され、区間列車運転用に折り返し線を設けたわけだ。

病院(右)と斜面に林立する住宅地(筆者撮影)
実際、3月6日から始まった本運行ではラッシュ時間に十四張―安康間の区間列車が設定され、同区間では最大で6分に1本の運転を実現している。筆者の乗車時も、途中駅では客を積み残して発車する状況が見られた。
山間部に入り、5駅ほど行くと列車は終点の双城駅に到着。ここまで来ると未開発の山地が見受けられる。この先にも線路は伸びるが、列車の折り返しと車両基地への引き込み線として使われ、旅客用ではない。
開発計画では、沿線を4つのエリアに分け、終端部は「都会のグリーンツーリズムエリア」と位置付けており、ここからはバスに乗り換えると二叭子植物園といった森林レクリエーション施設にアクセスできるほか、蛍や蝶の生態保護区、台北では数少ない別荘地が存在し、観光利用やTODによる都市型農園の拡充を見込んでいる。台北は緑が近い都市だが、LRTの開業で大自然をより身近に楽しめることとなりそうだ。

終着駅の双城に入線する車両(筆者撮影)
安坑LRTに先立ち、2017年にはバイパス道路も整備された。安康駅から双城駅まではLRTと並行し、山を下ると道路は高速道路のジャンクションに接続する。長い間、ラッシュ時の交通渋滞に悩まされていた安坑地区にとって道路とLRTの建設が同時に進められたことは大きな進化といえよう。
特筆すべきはトンネルの区間で、道路の上下線とLRTの計3本が並行して掘られ、台湾では例を見ない設計として地元メディアでも大きく取り上げられた。とくに双城駅と車両基地を結ぶ「双安トンネル」は、軟弱地盤に加えてトンネル間の間隔が1.5mという要求の中、施工の難度に対する技術の高さが認められて、日本の内閣に値する行政院や土木工事学会などによる4つの賞を受賞している。

道路と線路の3つのトンネルが並ぶ「双安トンネル」と折り返し準備を行う列車(筆者撮影)
「国産化率」がアップした車両
車両は台湾車両(新竹県)製で、ドイツ・フォイト社の技術支援を受け製作された。基本設計は2019年に開業した淡海LRTの車両をベースとしている。同車は「国車国造」をスローガンに初めて台湾で組み立てが行われた鉄道車両で、台湾の鉄道産業を引っ張るマイルストーンとされた車両だが、これが安坑LRTでも採用されることとなった。

国産化率をアップした安坑LRTの車両(筆者撮影)
カラーリングは沿線に生えるススキをイメージした光沢の入ったカーキ色で、それ以外は一見すると淡海LRTと同じ車体に見える。しかし、目に見えないところで大きな変化があった。国産化の割合が淡海LRTの22%から42%まで向上したのだ。
先頭の繊維強化プラスチック、車体、及びネジ、ナットといった小部品に加え、安坑LRTでは客室ガラスや照明、空調といった設備にも台湾産の部品が取り入れられた。将来的に建設が予定されている他路線の車両では、台湾産比率を50%まで引き上げることで、予備パーツの確保やメンテナンスをより容易にするとしている。また、車両の技術支援と同じくドイツの企業であるテュフ・ラインランド社の認証を受けており、安全性の高さも強調している。
LRTとともに、各駅から斜面に並ぶ住宅地への「ラストワンマイル」の交通も整備された。台湾では、駅の周りにシェアサイクルである「YouBike」の駐輪場が設置されその役割を担っているが、坂道が多い安坑LRTの沿線では開業に合わせて、集合住宅と駅の間を巡回するシャトルバス6路線が設定された。LRTの車体と同じカラーリングのマイクロバスが15~30分間隔で運転される。

開業に合わせて整備されたシャトルバス(筆者撮影)

バスとの接続が一目でわかる発車案内(筆者撮影)
LRTの開業で、ラッシュ時には少なくとも1時間は要していた台北市中心部へのアクセスが10~20分ほど短縮されると期待されているが、課題も残る。
始発駅となる十四張駅は、接続路線が一部区間のみ開業の台北MRT環状線だけで、台北市の中心部に出るにはさらに乗り換えが必要になる。安坑地区にはすでに高速道路を経由して台北101方面に向かう快速バスやMRTのオレンジライン、グリーンラインに接続するバス路線が多数設定されており、競合交通機関となる。交通費の観点でも安坑LRTの運賃は距離に応じて20~25元と、バスの初乗り15元より高い。
本領発揮は「環状線」全通後か
乗車促進を目的に、安坑LRTを運営する新北捷運は一般券で6元割引となる台北市・新北市共通の乗り継ぎ割引に加え、200元の乗車で50元のキャッシュバックが受けられる独自のプログラムを提供している。これらを組み合わせると一乗車あたりの価格を9元から12元ほどに抑えることができるが、ダイレクトかつ安価に中心部へ行けるバスと比べると複雑さが否めない。
実際、新店区の中心部から沿線の大学に通う学生は「2回も乗り換えが必要のうえ、LRTや環状線の待ち時間も長いし使い物にならない。通学や遊びに行く程度の移動ならバイクで充分」と不満を漏らす。一方で、「環状線の接続駅から高速鉄道や空港MRTに乗り換えられるようになるので便利」と、郊外間や中長距離の移動がスムーズになるという声も聞かれた。
2030年代に予定されるMRT環状線の全通後は、夜市で有名な台北北部の士林地域や、台北最大の取引額を誇るサイエンスパークが立地する內湖地域へ一度の乗り換えでアクセスできるようになる。LRTが本領を発揮するには、それまでタイミングを待つこととなるだろう。山に囲まれた2400km²ほどの土地に680万人が暮らす台北を隅から隅まで繋ぐ鉄路ネットワークの形成は、まだ走り出したばかりだ。

(小井関 遼太郎:東アジアライター)
小井関 遼太郎