MotoGP次代を担う超逸材がポールポジション獲得。時代は動きつつある

MotoGP次代を担う超逸材がポールポジション獲得。時代は動きつつある

  • Sportiva
  • 更新日:2021/04/07
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ルーキーながら第2戦予選でポールポジションを獲得したホルヘ・マルティン

カタールのロサイルインターナショナルサーキットで2週間連続のナイトレースとして行なわれた2021年のMotoGP開幕2連戦は、第1戦のカタールGPがマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Yamaha MotoGP)、第2戦のドーハGPはファビオ・クアルタラロ(同)と、ともにヤマハファクトリーチームの選手が制する結果になった。

ヤマハは、昨シーズンも最初の2連戦で、当時はまだサテライトチームに所属していたファビオ・クアルタラロが連勝を挙げ、ヴィニャーレスがともに2位に入る、というスタートダッシュを決めた。しかし、その2戦でエンジン内部のトラブルという文字どおりの火種を抱えている不安材料が明らかになったことや、好不調の差が激しいライダーたちの不安定さなど複数の要因が絡み合って、シーズン半ば以降のヤマハはタイトル争いから脱落してしまった。

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その意味では、今年の開幕2戦で好調な滑り出しを決めたとはいっても、この結果だけをもってシーズン全体の帰趨(きすう)を語るのは、あまりに早計なのかもしれない。実際に両選手とも、レース後に「今年が去年と違うかどうかを語るのは、まだ2戦を終えたばかりなのでなんともいえない」と慎重に回答している。

とはいえ、昨年のようにエンジンの不利を抱えながら戦っていく必要がなく、さらにライダーふたりは精神面で昨年以上に成熟しているようで、レースウィークのセッション順位や決勝レースのポジションに一喜一憂することなく、落ち着いた戦い方を見せているのは、ヤマハ陣営にとって心強い要素といえそうだ。

優勝したクアルタラロは2列目5番グリッドからスタート。レース序盤で9番手に順位を落としたものの、そこからポジションを挙げてトップグループへ追いつき、終盤でトップに立つと、後続を引き離しながらトップでチェッカーを受けた。

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第2戦ドーハGPの表彰台

フロントロー3番グリッドスタートのヴィニャーレスも、序盤は11番手まで下がってしまったが、落ち着いた走りで位置取りを上げてゆき、最後は5位でゴール。クアルタラロは「去年に感じることのできなかったフロント周りの信頼感があって、限界を察知しやすくなっている。だから、自信を持って(ブレーキングでの)勝負をできる」と話し、ヴィニャーレスも「最後まで安定したペースで走れた。今回は5位で終われたことが重要」と、マシンの改善や冷静なレース戦略をうかがわせるコメントをしている。

そして、この第2戦ドーハGPで強烈な印象を残したのが、ルーキーのホルヘ・マルティン(Pramac Racing/Ducati)だ。

マルティンは、スペイン・マドリー出身の23歳。15年にMoto3クラスへの参戦を開始し、18年に同クラスのチャンピオンを獲得。19年と20年はMoto2クラスを戦い、今年から最高峰へ昇格してきた。1週間前の開幕戦カタールGPはポイント圏内の15位でゴール。その6日後の翌週土曜日、第2戦予選ではポールポジションを獲得した。

ポールポジション獲得後にピットレーンへ戻ってきたときは、Moto3やMoto2時代に所属していたチームの関係者たちが総出で出迎えて、マルティンの最高峰2戦目のトップグリッド獲得を祝福した。

予選後のフロントロー記者会見では、「最高峰2戦目でポールを獲れるとは思わなかった。明日の決勝では学ぶことが目標。レースはマーヴェリックやファビオ、(チームメイトの)ヨハン(・ザルコ)、(スズキ勢の)リンス、ミルたちが強いだろうから、彼らからたくさんのことを学ぶために、頑張ってついていきたい」と謙虚に話した。

日曜のレースでは、序盤からトップを快走した。終盤周回になってようやく、したたかな追い上げで肉迫してきたクアルタラロやザルコに前を奪われたが、それでも後ろとのわずかな差をしっかりと維持して3位でゴール。MotoGP2戦目での初表彰台という快挙を達成した。そして、表彰式後の会見では、新型コロナウイルス感染症により2月23日に逝去したグレシーニレーシングのオーナーマネージャー、ファウスト・グレシーニ氏への弔意と感謝を表し、「この表彰台を捧げたい」と述べた。

マルティンは、Moto3時代の17年と18年に、グレシーニレーシングのMoto3チームに所属していた。彼に最初にインタビューをしたのが、このグレシーニレーシングのMoto3時代だった。フランスのル・マンサーキットで、レースウィークが始まる前の木曜にアポイントを取っていたのだが、マルティンは交通事情で到着が遅れ、インタビュー予定時間を少々過ぎた頃に、リュックサックを背負ったまま慌てて取材場所へ駆け込んできた。交通事情とはいえ遅れてしまったことを汗も拭かずに謝罪し、「じゃ、さっそく始めましょう」と積極的な姿勢でインタビューに応じた。

このときのマルティンは19歳。家庭があまり裕福ではなかったことや、マドリーのハラマサーキット近郊で育ったことなどを正直に述べた。前年まではインドのマヒンドラというマシンで戦っていたが、このシーズンからホンダ陣営のグレシーニレーシングへ移籍し、連続してポールポジションを獲得。表彰台にも立て続けに登壇した。

この成績向上について訊ねると「ぼくはもともと速いライダーなんだ。去年はマシンで苦戦したけど、今年はホンダの高い性能を発揮できることもあって、自分本来の力を出せるようになってきた」と落ち着いた口ぶりで述べた。19歳という若さにもかかわらず、自分の能力に対する揺るぎない自負が強い印象を残した。

翌18年はチャンピオン争いをリードし、シーズン序盤には早々に翌年のMoto2昇格を決めた。その直後にインタビューを行なったときにも、ライダーとしての自信をさらに深めていることが口調の端々から感じ取れた。マルティンの才能を愛するチーム監督のグレシーニ氏とピットボックスで話す姿にも、ふたりの強い信頼関係がにじみ出ていた。「この選手は、近い将来にMotoGP界を背負うライダーに成長するのだろうな」と想像させるに充分な走りで、周囲の期待どおりにMoto3のタイトルを獲得。Moto2昇格後もトップチームに所属して高水準の走りを続け、今季から最高峰クラスに抜擢された。

過去にも、逸材を期待された大物選手はおしなべて、最高峰クラス昇格直後からめざましい成績を残してきた。たとえば、ダニ・ペドロサは06年に最高峰へ昇格した最初のレースで2位表彰台に登壇した。同年に同じくMotoGPへステップアップしたケーシー・ストーナーも、第2戦でポールポジションを獲得している。ホルヘ・ロレンソは08年のステップアップ初年に、開幕から3戦連続してポールポジション。13年にMotoGPを戦い始めたマルク・マルケスは、シーズン第2戦でポールトゥフィニッシュを達成した。

マルティンが彼らのような超大物選手へ成長していくのかどうかについては、まだ未知の部分を多く残している、というのが正直なところかもしれない。とはいえ、「今日は表彰台を獲れたけれども、バイクの理解をもっと進めていかなければならないので、今後のレースもトップテンの入賞が目標。シーズン中盤戦くらいには、もう少し高いところに目標を上げていけると思う」。そう述べる謙虚な言葉の底には、強い自信の基盤があることもまた、容易に見て取ることができる。

ちなみに、Moto3時代にマルティンがポールポジションや優勝を争ってしのぎを削っていたライバルは、同年代で現チャンピオンのジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)。時代は少しずつ、しかし確実に、彼らのもとへと動きつつあるのだろう。

西村 章●取材・文 text by Nishimura Akira

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