宮迫博之、思い出の1曲『雨上がりの夜空に』“コンビ秘話”「解散してしまったけど」

宮迫博之、思い出の1曲『雨上がりの夜空に』“コンビ秘話”「解散してしまったけど」

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  • 更新日:2023/01/25
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CDリリースへの思いを語った宮迫博之【写真:ENCOUNT編集部】

CDリリースで語る“夢”「やっぱり客前には立ちたい」

YouTuberでタレントの宮迫博之が1月25日にカバーアルバム『セカンドプロポーズ』をリリースする。かつて、山口智充とのデュオ・くずで美声を披露し、一世を風靡(ふうび)した宮迫だが、今回が実に約20年ぶりのCDリリースとなる。今作は宮迫と結婚25周年を迎えた妻の思い出の詰まった楽曲の数々をカバー。収録楽曲に込められた思いや歌うことについての思いを聞いた。(取材・文=中村彰洋)

――徳間ジャパンさんからの提案で今回のアルバム制作が実現しました。オファーを受けたときにどのように思われましたか。

「『僕で大丈夫ですか?』という不安は若干ありました。でも、すごくうれしかったです。いつかそういうアルバムを出したいという話はYouTubeチームでもしていたので、まさか自分発信ではなく、お声をかけていただけるなんて、という思いです」

――アルバムコンセプトが奥さまへの感謝。テーマを決めるときに奥さまの顔が最初に浮かんだということでしょうか。

「そうですね。1番ご迷惑おかけしている人なので。もうじき25年で銀婚式です。とんでもない25年でしたからね。とんでもなくしたのは僕なんですけどね……(笑)。よくぞまあ、一緒にいてくれたなっていうお礼も含めて決めました」

――選曲はどのように決められたのでしょうか。

「嫁とはもう30年以上の付き合いなので、好きな歌が似ているんですよね。当時カラオケに2人で行って、リクエストしてもらって歌っていた曲とか、単純に過ごしたときに、はやっていた歌とかですね。全部嫁との思い出があるので。基本は僕が決めて、その後に嫁に伝えました。『いいやん』とは言ってくれました」

――豪華なラインアップですね。

「徳間さんに使用許可を取っていただきました。シャ乱Qとは同期みたいな感覚で仲良くさせてもらっていて、つんくやんが『ダメ』と言うことはないと思っていました。一緒にカラオケでも歌いましたからね」

――当時から歌唱力がすごかったんですか?

「アニメソングを好きだったのが影響してますね。昔のアニメソングって発声がいいじゃないですか。それを子どもの頃から好きで歌ってたので、勝手に発声ができていたんでしょうね」

アルバム完成間近でまさかのハプニングも…「冷や汗かきました」

――10曲目は思い出深い『雨上がりの夜空に』(RCサクセション)です。

「この曲からコンビ名(雨上がり決死隊)を取りましたからね。養成所の卒業公演で、『雨上がりの夜空に笑った』っていうタイトルのお芝居をしたんです。その中でずっとかかっている曲でした。公演後に、コンビを組もうとなって、『名前どうしようか?』ってときに『あの名前でいいんじゃない?』でついたコンビ名でしたね。この曲が大好きです。

昔、竹中直人さんのお誕生日会が渋谷のライブハウスで開催されて、忌野清志郎さんがいらっしゃっていました。勝手にコンビ名で使っていたので、ものすごく緊張しながら、『使わせていただいてます』ってあいさつしようと『失礼します。吉本興業の雨上がり決死隊の……』と言ったら、『名前使ってくれてるんでしょ?』って逆にお礼を言われたんです。ものすごく感動しましたね。誕生日会の最後には清志郎さんが歌を歌っていたんですけど、竹中さんが『一緒に歌ってこい!』って言ってくださって、一緒に歌わせてもらえたんですよ。もう一生の思い出です。だから、コンビは解散してしまいましたけど、この曲は本当に大好きです」

――たくさんの思い出が詰まった1曲ですね。

「そうですね。相方を思ってとかそういうことではなく(笑)。単純にこれは元々好きな大好きな曲なんです」

――最後にはオリジナル楽曲『セカンドプロポーズ』が収録されています。この曲を受け取ったときの感想は?

「『こういうワードは入れてください』みたいなのはお願いしていました。後は全部作っていただきました。すごくしっくりくるというか、ありがとうございますって感じの曲です」

――アルバム制作を通じてのエピソードなどはございますか。

「『道化師のソネット』(さだまさし)を録り直しましたね。歌詞に『僕達の』って部分と『僕らは』って部分があるんですけど、『僕ら』の部分を『僕たち』って歌ってしまっていたんです。誰も気づかなくて、そのまま完パケまで持っていってしまいましたね」

――どのタイミングで気づくことができたのでしょうか?

「マスタリングが終わって、ジャケットの入稿作業をしてるときにスタッフの方が、歌詞が違うと気づいてくれて……。冷や汗かきました」

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宮迫博之が美声キープの秘密も明かした【写真:ENCOUNT編集部】

過去には“小室プロデュース”も「ほとんどの人は気づいてない」

――くずとして2006年まで活動されていましたが、それ以外で音楽活動はされていましたか。

「小室(哲哉)プロデュースで『enemy of life』って曲を2004年ごろに出しましたね。僕の名前は出ていないんですけどね(笑)。『アニメソングを歌ってほしい』とオファーもらって、すごい喜んだんです。僕の好きなアニメソングっていわゆる昭和のアニメソングなんです。だけど、初めて楽曲を聴いたとき、ラップっぽい部分もあったりで、レコーディングのとき耳が真っ赤っ赤になりました。2amという名義で出しました。公表もしてなかったので、ほとんどの人は気づいてないんじゃないですかね」

――約15年ぶりのCDとなりましたが、この間に歌の練習などはされていましたか?

「1回だけボイトレのレッスンに行ったんですよ。もっと声が出るようになったらおもろいかなって。元々声量はある方なんでもっと出せるようにというのと、声が枯れないようにしたいなっていうので。ゴリゴリマッチョのおねえっぽい感じの人が先生で、2人っきりでご自宅みたいなところでやったんです。何かを感じて、やめました(笑)。それ以降はどこにも行っていないです」

――歌声が衰えないですね。

「元々声は強い方ですね。あとはスナックです(笑)。よく行くスナック何件かに自分で買ったマイクスタンドを置いてもらってるんですよ。『置いといてくれ!』って。スタンドがあった方が気持ちいいんですよね」

――久々のCDリリースとなりましたが、今後も歌手活動は継続していくのでしょうか。

「これがうまくいけば、それはもう味をしめると思います。なんとか売れてほしいですね」

――歌手としての目標は?

「ライブをやりたいですね。人前で歌うのは恥ずかしいけど、気持ちいいんです。昔、2万人近くいるお台場での野外ライブにくずとして出演したんです。ライブ終わりで、ぐっさんに『こんな快感を芸人が味わってしまったらおかしくなる。2度とやらんとこ』って言ったんです。『君の声が力になる~君の笑顔が力になる~』って歌いながら、花火ドーンって出たときの大歓声。もう震えましたね。『これはあかんわ』って。続けていったらいつか人気が低下して、これができなくなってしまう。そのときにすごい後悔すると思ったんです。もうこれはこの1回限りのお祭りにしようって言いました」

――今はそれが恋しくなってきたということでしょうか。

「そうですね。あんな規模は絶対無理ですけど、人前に立つことがなくなってしまったので。吉本さんにいさせてもらったときは、ルミネという劇場があったんで、そこで定期的にお客さんの前でいろいろできたので。やっぱり客前には立ちたいですね」

□宮迫博之(みやさこ・ひろゆき)1970年3月31日、大阪府出身。89年、蛍原徹とお笑いコンビ・雨上がり決死隊を結成。98年に現在の妻と結婚。2019年に吉本興業を退社しフリーとなり、20年1月、YouTubeチャンネルを開設。21年8月には雨上がり決死隊解散を発表。23年1月25日にカバーアルバム『セカンドプロポーズ』をリリース。

中村彰洋

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