美術館の根幹を成す“寄贈”“寄託”とは? 片桐仁、公立美術館の成り立ちに感服

美術館の根幹を成す“寄贈”“寄託”とは? 片桐仁、公立美術館の成り立ちに感服

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  • 更新日:2022/01/21

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。10月23日(土)の放送では「平塚市美術館」で公立美術館の成り立ちについて学びました。

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◆“絵もらい市長”が大活躍!

今回の舞台は、神奈川県平塚市にある平塚市美術館。1991年に開館し、今年で30周年。地元・湘南エリアの人々に愛され続ける公立の美術館です。

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ここには作家や所有者が美術館へ無償で作品を提供する“寄贈”作品が多く、そもそも同館創設の発端となったのも芸術家たちからの寄贈でした。

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そこで片桐は平塚市美術館で開催されていた開館30周年記念企画展「The Gift 寄贈を受けた作品選+新収蔵品展」へと赴き、公立の美術館はいかにして作られたのか、その成り立ちを鍵となる寄贈作品とともに紐解きます。

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同館の学芸員・勝山滋さんの案内のもと館内に入ると、まず片桐の目に飛び込んできたのは、平塚市出身の洋画家・鳥海青児の「石だたみ(印度ベナレス)」(1962年)。「これは油絵ですよね……こってり塗っていますね」と目を丸くします。

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存在感のある厚塗りが特徴の鳥海ですが、これはタイトル通り、インドの石畳を描いたもので、下に見えるのはガンジス川。ガンジス川のなかで沐浴する人と同じ目線で見つめている石畳の絵で、寄贈されたのは1967年。最初に寄贈された作品の1つです。

寄贈のきっかけは当時の平塚市長・加藤一太郎氏で、平塚市庁舎が建てられた際、壁が寂しいということで鳥海に作品の寄贈を打診。地元出身の大物画家が寄贈を承諾すると、周囲の作家も下手な作品は寄贈できないと優れた作品が集まるようになっていきました。

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加藤市長はその後もさまざまな作家に声をかけ、作品を寄贈してもらっていたそうで、ついた呼び名が“絵もらい市長”。片桐は、「いきなり1991年にできたわけでなく、1960年代から絵もらい市長のおかげで少しずつ作品が寄贈され、それが美術館という形になったってことですね」と感服。ちなみに、絵もらい市長の奮闘もあって、鳥海の寄贈の後、約10年間で110点もの作品が集まったとのこと。

次に片桐の目に留まったのはある会報。それは、かつて平塚市にあった画廊「フクスケ」のもので、そこには美術館を作る夢が。

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当時、加藤市長の活躍とともに、市民からも湘南に美術館創設を願う声が上がり、湘南地域にゆかりのある作家の作品を寄贈してもらい美術館を作ろうとする運動「一作家一点寄贈運動」が巻き起こったそうで、片桐は「市長が始めたこととはいえ、“美術館を作るために”とみんなで盛り上がっていたんですね」と興味を示します。そして、この運動で1970年代には多くの作品が集ります。

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さらに、「これまたかわいらしい」と片桐が評したのは、ユーモア溢れるタッチが特徴的な洋画家で、藤沢市で創作活動を行っていた田澤茂の「365日」(1970年)。これまた加藤市長が田澤の展覧会へと出向き、作品を寄贈してもらったそうです。

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◆美術館創設に大きく寄与した2人の巨匠

続いて片桐が鑑賞したのは、晩年に小田原にアトリエを構えた油彩画家・井上三綱の「駆けだした牛」(1956年)。日本と西洋の要素が融合した神秘的な画風で知られる井上は、牛や馬を繰り返し描いたことでも知られています。

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「ジャンルがない感じ、油絵と言われれば油絵だけど壁画みたいな……」と率直な感想を語る片桐。絵具を塗り重ねて表面を掻き落とす表現など、海外でも評価の高かった彼の作品が、美術館創設の大きな役割を担いました。というのも、井上に6点もの作品を寄贈してもらったことで弾みがつき、その後も順調に寄贈が続きました。なお、彼の作品は計168点も収蔵されており、これには片桐も「もう井上三綱さんの美術館じゃないですか!」とビックリ。

そんな井上ともう1人、平塚市美術館の創設に大きく寄与したのが二見利節。彼の「人生の羅漢」(1970年)を見た片桐は「これは何の絵ですか! すごい。ナスカの地上絵じゃないけど、南米のマヤ文明みたいな絵柄」と圧倒されます。

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彼は井上に師事し、弟子として創作を開始。異才の洋画家と呼ばれ、数多くの作品を残しましたが、絵を売らない作家として有名だったとか。そんな彼が平塚に寄贈した作品はなんと354点。この2人の作家の寄贈が呼び水となり、その後も真垣武勝や原精一、本荘赳など数多くの作家の作品が集まり、寄贈だけでおよそ6,000点に上ったそうです。

◆寄贈に加え、寄託作品も多数

1960年代に始まった寄贈は着実に増し、ついに1991年、平塚市美術館が開館。そして、30年が経った今でも湘南ゆかりの画家による寄贈は続いています。

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また、寄贈以外にも作家本人や絵の所有者が美術館へ一定期間だけ貸し出し、展示を許可する“寄託”も多く、その1つが歴史画家・安田靫彦の「遣唐使」(1900年)。片桐は「日本画っぽい感じなんだけど、西洋画の感じもありますよね」と感心しきり。

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そして、その隣には昨年寄託されたという日本画家・大橋翠石の「猫児之図」(1928年)も。

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片桐は、「猫ちゃんが、めちゃくちゃかわいいじゃないですか」と目を細めます。大橋は、1900年のパリ万博では日本人で唯一金牌を受け、その後も世界各地の博覧会で金賞に選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けました。虎の絵が有名ですが、実は猫好きで、自宅で飼いながらかわいらしい作品も描いていたとか。

こうして寄託される理由の1つには、日本は高温多湿なので作品が傷んでしまう可能性があるため、環境が整った美術館に預かってもらうことが多いと勝山さん。これは美術館側としても、良作が海外に流出してしまうより、寄贈は受けられないまでも寄託されることはとてもいいことだと話します。

今回は市民のための美術館の成り立ちを学んだ片桐。これまで数多くの美術館を巡ってきましたが、こうした機会は「わたしの芸術劇場」としても初。

片桐にとっても有意義な時間となったようで、「市長が絵を寄贈してもらいに行き、それがだんだん溜まってきて、(美術館が)建ったときには何千点もあったと。アーティスト側からの歩み寄り、街ぐるみの運動でみんなの美術館ができた。貴重なお話が聞けてよかった」と謝意を伝えます。

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さらに「美術館を作り上げるために40年も活動を続けた平塚市、その弛まぬ努力と現在も続くアーティストたちの友情に。素晴らしい!」と称賛し、アートに触れられる場所を作った全ての人々に大きな拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、糸賀英恵の「沈丁花」

平塚市美術館に展示されている作品のなかで、ストーリーに入らなかったものからどうしても見てもらいたい作品をアンコールで紹介する「今日のアンコール」。今回、片桐が選んだのは、糸賀英恵「沈丁花」(2011年)。

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糸賀は片桐と同じ多摩美術大学卒。後輩にあたるそうで、「銅板を叩いて作った彫刻作品という感じなんですけど、一つひとつ槌のあとがついているんですよね。そして、女性のシルエットにも見えるけど花びらにも見える。相当技術的には高い」と絶賛。これは糸賀が平塚市美術館で個展を開いた際に寄贈された作品で、「美術館で見たい作品かもしれない」と片桐。

さらに、その他にも気になる作品が。それは三沢厚彦の「ユニコーン」(2007年)。寄託作品ではあるものの、これまた三沢がここで展覧会をして以来、10年以上ずっと飾られており、今や平塚市美術館のシンボルになりつつあるとか。

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三沢の作品が大好きだという片桐は、「この何とも言えないとぼけた表情と木彫の木に薄く色がついた感じ、ひねりのない真正面の立ち方が特徴なんですけど、温かみがあっていいんですよね。でも、こんなに大きい作品は初めて見たかもしれない。いや~すごい。まっすぐなところがまたいいんですよね……」と感動していました。

※開館状況は、平塚市美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週土曜 11:30~11:55<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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