日本人が世界で活躍する日は来るか...アイスホッケーの最高峰NHLを目指す男の現在地

日本人が世界で活躍する日は来るか...アイスホッケーの最高峰NHLを目指す男の現在地

  • AERA dot.
  • 更新日:2021/01/12
No image

最高峰のリーグNHLを目指す平野裕志朗(写真提供・横浜GRITS)

横浜グリッツ・平野裕志朗。

【写真】平野選手の所属する横浜GRITSのプレイヤーたち

アイスホッケー(以下IH)界の最高峰に最も近いとされる男。しかし現状はコロナ禍など、多くの障壁が立ち塞がる。それでも前向きに爪を研ぎ続け、その時が来るのを見定めている。

「日本代表を辞退して北米の所属チームに残るかもしれない」

日本代表FWの平野だが、イチ選手として目指すのはNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)だ。

昨年は、ECHL(野球の2A相当)ピッツバーグ・ペンギンズ傘下ウィーリング・ネイラーズで主にプレー。チーム2位となる57ポイント(19ゴール、38アシスト)をマーク。1月にAHL(同3A相当)同ウィルクスバリ・スクラントン・ペンギンズと契約、4月の最終戦で1アシストを記録した。

「個人を考える時期かもしれない。代表の責任が自分への負担にもなりかねない。今までは行ける範囲では代表に行っていた。でも今後は自分が上に行けるチャンスがあるならば、その選択肢もある。もちろん代表で五輪に行くのは夢の1つ。熱量は変わらないが、自分の結果を出すことも日本ホッケー界のためになると思う」

今年からはECHLバッファロー・セイバーズ傘下シンシナティ・サイクロンズと契約した。昨年はペンギンズGMがたびたび視察に訪れ、「長い目で成長させたい」と語っていた。しかし冷静に考えると時間は残されていない。選んだのは移籍であり、冒頭のような日本代表としての葛藤がついて回る。

「GMの言葉もモチベーションになっていた。そこへサイクロンズの監督が直接電話をくれた。『19得点挙げているが、うちに来たら30ゴール挙げさせてやる。お前みたいなシューター、アグレッシブにプレーする選手が必要』と。リーグで毎年上位争いをしているチーム。自分も25歳と決して若くない。チャンスもそんなに残っていない。新チームで新しい発見があるはずと感じた」

北海道・苫小牧市生まれ。父・利明が古河電工、伯父・克典が王子製紙でプレーしており、IHがあるのが当然の環境だった。白樺学園高3年時には、主将で八戸インターハイ優勝。卒業後、スウェーデン『ティングスリードU20』、米国のUSHL『ヤングスタウン・ファントムズ』とジュニア・リーグを経て、14年にアジアリーグ『東北フリーブレイズ』に加入。15年シカゴ・ブラックホークス、16年サンノゼ・シャークス(共にNHL)とルーキーキャンプに招待参加した。昨年トライアウトに合格して北米でプレーし、今年は更なるステップアップを目指していた。

「最も伸びる時期だと感じる。それなのになんでこういうことが起きるんだ」

いまだ収束の気配を見せない新型コロナウイルスの蔓延。スポーツ界にも大きな影響を及ぼし、試合自体ができない競技やチームもある。契約したサイクロンズは、シーズン中止を決断した。

平野は、開幕までの期限付きだったグリッツにそのまま在籍。同時に今季中に加入できるチームを探す。可能な限り早く、NHL関係者の目につく場所(=北米)でのプレーを再開する気持ちだ。

「悔しいけど、自分自身ではどうにもできないこと。でも逆に試されているんだな、とも思う。考え方次第でいろいろ捉え方はある。日本で新しいものも獲得できる。良い時間だし、そうなるように貪欲にやりたい」

「コロナ禍で、『命あってこそ』というのが大前提。それでも僕の目指しているのは世界最高峰の場所。そこへつながる路線(=北米リーグ)にいることが重要。チームが見つかれば挑戦したい」

IH界のトップに入り込むためには、自らレベルを落とせない。しかし我が国のレベルは世界水準では決して高くない。そこでの懸念などはないのだろうか。

「フィジカル、技術、スピード、判断力、メンタル……。すべてにおいて違うのは事実。その中で個人的には、やりがいがある。どれだけできるか? グリッツを変えられるか? チームを引っ張っていける場所にいるのが楽しい。手応えは得ているがプロは結果が全てなので、繋がるようにしたい」

「組織的には甘い部分も感じる。例えばアジアリーグという狭い世界なので、他チームに知り合いが多い。試合の時に敵になってないと感じる時もある。また契約すれば1シーズンはチームにいられる。北米ではダメならカット(=クビ)されることが常。そういう過酷さがない。厳しさは伝えたい」

現在は新チームを探している最中。見つかればNHLへ向け現地での挑戦を再開する。しかし同時に日本への思いも深い。U-18日本代表になってから、日の丸を背負って来た。日本が進歩するためのヒントも語ってくれた。

「コミニュケーションが足りない、とグリッツのコーチが言う。周囲と連携が取れるかは重要。仕事の任せ方や自身の成長に繋がる。僕は何かあれば自ら行くし、何か生まれるとも思う。自分で考えることで視野も広がる」

「日本の環境を変えて行くのはプロ意識。良い手本はたくさんある。貪欲に情報を取り参考にして欲しい。選手、審判、連盟、スタッフ……、みんなが変えて行かないと好転しない。お金も生み出せない。アグレッシブに上を目指して欲しい」

現状に歯痒さを感じているはずだが、視野を広く持ち、客観的な行動を心掛けている。今後、NHLにたどり着くための課題などは、どう考えているのだろうか。

「持ち味はシュートなのでゴールに魅力は感じる。でもどんな選手と組んでも生かしてあげたい気持ちもある。最近は試合に応じて自らのアプローチも変えている。自分自身の引き出しも増える。どんなチーム、監督とやっても『こいつならできる』と思われたい。自分の幅が必要だし、足りない部分も多い。それが現在考えていること」

冷静な自己分析から課題も認識しており、その中で確かな手応えもある。

「毎年、レベルアップするのを見逃して欲しくない。各分野、パスもシュートも、ゲームコントロールも、フィジカルも、少しずつ大きくなっている。少しでもレベルを上げることを意識していて、その実感もある。絶対にNHLでやりたい」

平野の言葉からは大きな自信が感じられる。NHLプレイヤーを目指す歩みは止まらない。『その日』は意外と早く訪れる気がする。(文・山岡則夫)

●プロフィール

山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。

山岡則夫

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加