
WBCが開幕した。大谷翔平やダルビッシュ有といった、メジャーリーグのスター選手も参戦し、日本中がこの祭典に熱狂している。
では、そんな野球に必勝法はあるのだろうか? 統計学的にその答えを追求し、メジャーリーグの「お荷物」を常勝軍団に変身させ、一躍その名を知られた「セイバーメトリクス」。その進化はとどまるところを知らず、野球場で起きているあらゆることを「数字」にするため新しい指標が次々に考案されている。さらにテクノロジーの発達は、選手やボールの動きの精密な計測を可能にし、それらビッグデータの解析によって、野球というスポーツの本質さえ解き明かそうとしている。はたして野球とは、どのような競技なのか?
日本のセイバーメトリクス研究の第一人者がRSAA、wRAA、UZR、UBR、フレーミングなどの新指標を駆使しながら、本当に勝利に結びつくプレーと戦術について考察する。
*本記事は『統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』(ブルーバックス)から抜粋しています。

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「配球」は評価できるか?
さて、NPBでは捕手に対する評価として、「配球」または「リード」を重視する傾向がある。打者の心理を読み、一球一球、さまざまなコースや球種を投手に要求し、その結果、打者を打ち取ってアウトにする。この一連の組み立てを構築できることこそが、捕手として最も重要な能力だと思われている方も多いことだろう。
1990年代にスワローズを常勝チームに仕立て上げた名将、野村克也が「ID野球」を標榜し、選手やコーチにデータの重要性を説いたことは有名だが、とくに当時の正捕手、古田敦也にはリードについて厳しく指導したとされる。そのため多くの人が「捕手はリードが最も重要」という印象を持つようになったのだろう。
セイバーメトリクスでは捕手の評価基準には打力と盗塁阻止率を用いるのが王道だ。これに、キャッチング、フレーミングなどが加わっている感じだが、リードに関する評価手法の構築についてはあまり聞かない。リード=データというイメージが強いため、なぜセイバーメトリクスで扱わないのかと不思議がる方もいるだろう。
しかし、捕手が投手に対して「どのコースに投げさせるか」を判断し、それを伝達することが、チームの失点や勝利にどれだけの影響を及ぼしているかを科学的に数値化することは、実は困難なのである。そして、もしも影響があったとしても、それがさほど大きいものとは考えない、というのがセイバーメトリクスの考え方なのである。
その理由として「投球した球が、捕手の指示した通りに投げられたのかどうか判断がつかない」というものがある。たしかに、投手が打者を三振に打ち取ったとして、その決め球が、捕手の要求通りに投じられたものなのか、要求は違うコースだったのがたまたまそのコースに行って打ち取れたのかの判断は、即座にはつかない。また、その検証をあとで行うことも、ほぼ不可能といえよう。
実際に球を投げるのは投手であり、打ち取った責任、打たれた責任の多くは投手にあると考えるのがセイバーメトリクスの立場であり、そこには捕手にも大きな責任があるとは考えないのである。
ドラゴンズで30年以上にわたり現役を続けられた左腕投手の山本昌こと山本昌広氏に、以前、名古屋のテレビ番組で共演した際、番組が終わったあとでこのようなことを尋ねてみたことがある。
「山本さんは、狙ったコースにどのくらいの確率で投げられましたか」
その答えはこうだった。
「もし、狙ったところに3割投げられるようだったら、その試合は完封できていた」
つまり、投手の実感としても、狙ったところに投げることのできる確率はそれほど高くはないようなのだ。打者でいうところの「3割安打にできたら上々」という感覚に近いのだろう。
捕手が構えているミットの位置を解析して、どのような場面でどのようなコースを要求しているかをデータ収集して、分析することはできるだろう。現代の計測機器であれば、捕手が最初に構えたミットの位置から、キャッチングのときにどれだけ変動したかを計測することも可能である。また、捕手のリードが与える安心感というものも、投手の投球に影響を与えていることは確かだろう。
ただ、それがチームの失点を防ぐことにどれほどの影響を与えているかを解析し指標化するのは、まだまだ先のことになるだろう。
さらに連載記事<「大谷翔平」、なんと「全メジャーリーガー」のなかで、じつは完全に「トップ」の成績を残していた…!>では、大谷翔平の実績を統計学の観点から解説する。
