“本当に強かった”1992、93年のヤクルトと2020年のヤクルトとの「決定的な違い」

“本当に強かった”1992、93年のヤクルトと2020年のヤクルトとの「決定的な違い」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/01/14

「あの頃のヤクルトは強かったなぁ……」

ここ数年、「1992年、1993年日本シリーズ」に関する取材を続け、昨年11月20日『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)と題して、ようやく発売された。説明不要かもしれないが、ご存じない方のために説明すると、この2年間の日本シリーズは、いずれも西武ライオンズとヤクルトスワローズとの間で行われた。

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当時、黄金時代を築いていた西武を率いるのは森祇晶。一方のヤクルトは「ID野球」を掲げてチームを一気に強化した野村克也が監督を務めていた。92年は西武が、そして翌93年はヤクルトが、ともに4勝3敗で勝利して日本一に輝いた。両年とも、決戦は最終第7戦までもつれ込み、プロ野球史に残る名勝負と言っても過言ではない戦いだった。

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©文藝春秋

当時の西武には工藤公康、渡辺久信、郭泰源の「先発三本柱」に加え、石井丈裕、渡辺智男、新谷博らが顔を並べ、リリーフ陣には「サンフレッチェ」と称された鹿取義隆、潮崎哲也、杉山賢人ら、質量ともに充実した投手陣がそろっていた。もちろん、打撃陣も「AKD砲」と呼ばれた秋山幸二、清原和博、デストラーデを中心に、石毛宏典、辻発彦、平野謙、伊東勤ら強力打線が相手投手陣に脅威を与えていた。

対するヤクルトは「イケトラコンビ」と称された池山隆寛、広沢克己、球界を代表する捕手に成長していた古田敦也、そして勝負強い打撃が売り物のハウエルら重量打線で14年ぶりにセ・リーグを制覇する。投手陣は92年は岡林洋一が、93年は川崎憲次郎が奮闘。圧倒的なコマ不足を補うべく、故障明けの荒木大輔、伊東昭光、高野光らを何とかやり繰りして、「王者西武」に食らいついていたのだ。

この数年間、西武とヤクルトの関係者、のべ50人に当時の思い出を聞いて歩いた。驚くべきことに、ほとんどの人が「あの2年間はどちらが勝ってもおかしくなかった」と語り、その詳細を鮮明に記憶していた。ヤクルト関係者に限って言えば、野村克也をはじめ、古田、池山、広沢、ハウエル、岡林、川崎、飯田哲也、土橋勝征、そして高津臣吾現監督にも話を聞いた。彼らは一様に同じことを口にした。

――あの頃のヤクルトは本当に強かった……。

温故知新、「あの時代のヤクルト」に学ぶべきこと

何度も何度も当時の映像を見て、資料を整理し、当事者たちに話を聞き、あの2年間の激闘を反芻する幸せな日々の一方、2020年、自分の目の前で繰り広げられているリアルペナントレースに目を転じると、目を覆いたくなるような辛い現実が繰り広げられていた。むなしい思いを抱えたまま、神宮球場を後にする日々が続いた。1992、93年のヤクルトと2020年のヤクルトは、あまりにも違い過ぎた。

あの頃のヤクルトと2020年のヤクルトは、一体、何が違うのか? 今後、かつての黄金時代を取り戻すためには、何をしなければいけないのか? 神宮から千駄ヶ谷駅へととぼとぼと歩きながら、僕はそんなことばかり考えていた。現二軍監督の池山隆寛は自信満々に言っていた。

「今から思えば、ヤクルトがいちばん強かった時代だと思うし、自分としても主力として戦えたし、本当に成長できたのがあの2年間でした」

2020年シーズン、全120試合で4番を務めた村上宗隆にも、いつかこんな発言をしてほしいと心から思う。あの2年間は、確かに「名将・野村克也」の本領が発揮された貴重な時間だった。しかし、当然ながらノムさんひとりの力だけでチームを日本一に導くことは不可能だ。あの頃、どうしてヤクルトは強かったのかをきちんと検証することは、現在の低迷状態を打破するためのヒントになるのではないだろうか?

そんなことを考えながら、僕は今こうしてキーボードを叩いているのだ。

今はただ、春の訪れを待つのみなのだ

考えられる要因はいくつもある。あの頃の主力選手はみんな若かった。ほとんどが20代で粗削りだけれども、才能に満ちあふれ、勢いづかせたらとどまることを知らない爆発力があった。以下に紹介するのは、92年第1戦のスターティングオーダーだ。

1.飯田哲也(中)……6年目24歳
2.荒井幸雄(左)……7年目28歳
3.古田敦也(捕)……3年目27歳
4.ハウエル(三)……1年目31歳
5.広沢克己(一)……8年目30歳
6.池山隆寛(遊)……9年目27歳
7.秦真司(右)……8年目30歳
8.笘篠賢治(二)……4年目26歳
9.岡林洋一(投)……2年目24歳

最高齢がハウエルの31歳で、広沢、秦が30歳。それ以外はみんな20代なのだ。ちなみに、以下に紹介するのが2020年の開幕戦のスタメンオーダーだ。

1.坂口智隆(一)……18年目36歳
2.山田哲人(二)……10年目28歳
3.青木宣親(左)……11年目38歳
4.村上宗隆(三)……3年目20歳
5.塩見泰隆(中)……3年目27歳
6.雄平(右)……18年目36歳
7.エスコバー(遊)……1年目34歳
8.嶋基宏(捕)……14年目36歳
9.石川雅規(投)……19年目40歳

20代選手は山田、村上、塩見の3人。40歳の石川、38歳の青木、36歳の坂口、雄平、嶋、そして34歳のエスコバー。ベテランの起用が悪いと言っているわけではない。しかし、あまりにも「ベテラン偏重」すぎるスタメンは、長いペナントレースを戦うには、あまりにも不安定要素が大きすぎる。

ベテランを脅かすような若手の不在が改めて浮き彫りになってくる。それを改善するためには、ドラフト戦略や若手育成システムの見直しが必要となってくるのかもしれない。「ドラフト」と言えば、野村監督就任前後のヤクルトのドラフトは神がかっていたことも見逃せない。92年、93年日本シリーズに出場した選手を中心に列挙してみる。

1988(昭和63)年……1位・川崎憲次郎、3位・笘篠賢治
1989(平成元)年……1位・西村龍次、2位・古田敦也
1990(平成2)年……1位・岡林洋一、3位・高津臣吾
1991(平成3)年……1位・石井一久
1992(平成4)年……1位・伊藤智仁、3位・真中満
1993(平成5)年……1位・山部太

川崎、西村、岡林、石井一、伊藤智、山部……、この6年間のドラフト1位の顔ぶれを見ているだけで恍惚としてくるではないか。即戦力投手と大学、社会人野手のバランスの良さ。そして、何というくじ運! 故障のために全員が一堂に会することはなかったけれど、毎年毎年、これだけの有望投手が入団していれば、当然チームは強くなる。

『詰むや、詰まざるや』を執筆しながら、当時のヤクルトと2020年ヤクルトの彼我の差に思いを馳せる日々が続いた。主力選手の若返り、そしてドラフト上位選手の成長は、すぐに結果が出る問題ではない。少なくとも3年、いや5年先を見据えた長期的展望が必要になるだろう。

それは、単純に首脳陣を入れ替えたり、トレードで他球団選手を獲得したり、外国人選手を補強したりといった、短期的方策でどうにかなる問題ではないだろう。数年先を見据えたグランドデザインを描くことのできる聡明な実力者がはたして、球団にはいるのだろうか?

何も手を打たなければ、現状は悪化するだけだ。手をこまねいている場合ではない。山田哲人、小川泰弘、石山泰稚の残留が決まってひと安心はした。しかし、「全員残留」とはすなわち「2020年の現状維持」でしかないのも事実だ。例年にない積極的な補強もしている。今はただ、春の訪れを待つしかないのか? いや、冬来たりなば、燕の春は2021年。こう信じて、今年の開幕を待ちたい。

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(長谷川 晶一)

長谷川 晶一

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