資本主義社会においてバランスを取るべき「3つの効率」

資本主義社会においてバランスを取るべき「3つの効率」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/04/08
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資本主義が、富める者と貧しい者の格差を広げたことは、誰もが認めるところだろう。この資本主義に、20年前に警鐘を鳴らした人物がいる。

イギリスのピーター・ドラッカーと称される、欧州を代表する経営哲学者、チャールズ・ハンディだ。彼の普遍的な人生哲学をまとめた『THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』より、資本主義社会においてバランスを取るべき”3つの効率”について紹介する。

※本稿は『THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』(かんき出版)より一部抜粋・編集したものです

◆3つの効率のどれを重視すべきか?

「効率」が意味するものは必ずしもひとつではない。

経済ジャーナリストのロバート・カトナーは、著書『すべて売り物:市場の美徳と限界(Everythingfor Sale: The Virtues and Limits of Markets)』(未邦訳)で効率には3種類あると述べている。彼はその3つを、影響力は大きいがまったく異なる3人の経済学者の名前をとって、「スミス的効率」「ケインズ的効率」「シュンペーター的効率」と名づけた。

「効率」の議論というと、たいていは価格が持ち出され、適切なものが、適切な場所で、適切なコストで生産されているかという話になる。これがアダム・スミス的効率であり、われわれにもっとも馴染みが深いものだ。

それとは別に、ケインズ的効率というものもある。こちらは雇用のポテンシャルを十分に生かせなかったときに生じうる経済的な損失に焦点をあてている。この視点に立つと、スミス的効率が上がっても意味がない。それどころか、害をなす恐れもある。局地的な効率の向上を求めれば、職を失う人が増えるからだ。

第二次世界大戦時のアメリカでは、スミス的効率の概念はほぼ無視され、なりふり構わず利益を上げることが企業に許された。そしてその結果、4年もしないうちにGDPは50パーセント近く上昇し、20年ぶんの経済成長を強制的に遂げることになった。

経済学者は、スミス的効率とケインズ的効率を対立させたいと考えるが、この2つに本当に必要なのは、両者の共存を認めてくれる概念的な枠組みだ。

ここにシュンペーター的効率を加えると、事態はさらに複雑になる。ヨーゼフ・シュンペーターは、成長の原動力はテクノロジーであると説いたが、それと同時に、テクノロジーへの投資には余分なリソースと長い停滞期が必要になることも明言していた。

スミス的効率を求めすぎると、そういう余白の部分が狭まる。それに、株主は自分の取り分を手にするタイミングは早いに越したことはないと考えるものなので、テクノロジーの発展のために利用できる資金はほとんど残らない。

生産量や購買量を個々に変化させても市場への影響が存在しない競争状態のことを「完全競争」と呼ぶが、完全競争の下では、誰もが費用対効果を高めてより安くしようと競い合うので、たがいに自滅しかねない。潤沢な資金がなければ、自分の分野で頭ひとつ抜けることは難しい。

創造性という観点に立つと、職場にはシュンペーター的効率が存在すると誰もが思いいたるのではないか。

創造力には少々のいいかげんさが必要になる。何もかもきっちりとしていたら、実験の余地は生まれない。コストを徹底的に抑えつけていれば、新しいことや新しいやり方を試すのに使えるお金はない。日々の業務を詰め込みすぎていれば、考えるための時間を容易に確保できない。実験をする余裕を生むには、少々の弛緩がどうしても必要になるのだ。

ドイツの中小企業は「ミッテルシュタント」と呼ばれ、価格競争に反発していることで知られる。彼らは価格を高い状態に保ち、自分たちが得た利鞘を投資にまわすことで、テクノロジーの面で業界を牽引している。

日本は輸出分野では価格競争を挑んでいるが、国内市場では非価格競争を展開し、1990年代あたりまでアメリカの4倍のペースで成長を遂げていた。

こうしてみると、「競争力のある価格が市場での成功を支配する」というのは間違いであるとわかる。価格自体を下げすぎると、いずれ競争から脱落しかねない。

経済史の研究者として初めてノーベル経済学賞に輝いたダグラス・ノースは、受賞記念講演で「長期的な成長のカギを握るのは、配分効率ではなく適応効率である」と語った。

彼が適応効率と呼ぶものは、シュンペーター的効率と同義だ。長い目で見ると、シュンペーターがスミスに勝る。品質は価格よりも重要となりうるものだからだ。ただし、品質を構築するには最初にお金がかかる。

◆効率の追求にはバランスが重要

この3つの効率のバランスがうまくとれた状態を見つけることは、企業経営者の重要な任務のひとつだが、政府にとっても重要な任務である。税や独占に関する法律を制定したり、規制を敷いたりすることで、バランスを変えればいい。

スミス的効率である配分効率だけにとらわれていては、物価は下がるものの低成長と高失業が続き、最終的にはその結果として生み出せなかったもののツケを払わざるをえなくなり、価格が上昇する。スミス的効率にかかるコストがそれによって生まれる利益を上回らない場合は、それに対抗する仕組みが市場に必要になる。

労働市場を例にあげよう。市場に任せきりにすると、スミス的効率によって賃金や労働者の数は減り、不平等が増す。さらに悪いことに、スミス的効率を競い合えば、状況の改善に必要となる研修や再教育に使える余剰資金が残らない。競争力が低い人は取り残されて、さらに競争力が低くなる。

最低所得者層の息の根を永遠に止めたくないなら、最低賃金の設定、学習のための資金の確保、労働組合の強化、研修のための支出の義務づけなど、緩衝材となる何かが必要だ。昔からの喩えにもあるように、「ブレーキがあるから車は速く走れる」のだ。

3つの効率に優劣はない。そして、3つとも現実の問題に直結している。

需要を高めたければ、たとえスミス的効率に反することになっても、まずは就労人口を増やすことで需要を刺激する必要があるだろう。その結果として、コストが増えることを避ける方法は2つ。障壁を設けて他国の競合から産業を守るか、公共事業など経済の非競争部門に限定して刺激策を講じるかのどちらかだ。

新しいテクノロジーへの投資を刺激するには、投資家に対する多額の配当に課税する、あるいは多額の配当を禁じるといった措置が必要になるかもしれない。カトナーの分析によると、そうした策の提案は必ずしも正論の否定にはならないという。

◆闇雲な効率追求の後始末は社会に担わされる

日本の製造業者が考案したジャスト・イン・タイムというシステムにより、在庫にかかるコストが減少した。このシステムを使うと、工場へ部品を運ぶ配送トラックが実質的な倉庫になる。

だが、そのトラックが原因で都市部周辺の高速道路が渋滞するようになり、市井の人々の生活に支障をきたしたため、公金を投じて道路の拡幅や整備が必要になった。製造業者は彼らの改善にかかったコストを国民に押しつけたのだ。

入院患者を退院させる時期を早めれば病院の効率は上がるが、退院した患者の面倒を誰かが自宅でみなければならない。

企業は社員の労働時間や業務内容を増やすことができるし、実際にそうしている企業もあるが、それで社内の効率が改善したとしても、ストレスを抱えたりプライベートの人間関係に亀裂が生じたりといった問題が数え切れないほど生じる。

優秀な子供だけを選別して入学させれば、学校の業績は改善されるが、選に漏れた子供たちの教育を誰かが引き受けねばならないし、教育を受けなかった低所得者層が置かれる状況に誰かが対処しなければならない。

あらゆる開発費の類いを切り捨てて人員を減らせば、誰だって短期的に利益を増やすことはできる。だが、そうしたものの影響を被る人々が払うコストは誰も計算に入れない。

理論上では、何かを生み出すうえで生じたコストは、それを発生させた人にさかのぼって請求することができる。環境汚染をはじめ人々が抱えるストレスや失業については、企業に請求書を送ればいい。病人の面倒をみている地域や家庭は、かかった費用を病院に求めればいいし、子供を選別して入学させている学校には、受け入れなかった子供たちの教育に貢献するように要請すればいい。

だがもちろん、現実にそういうことは起こらない。効率を算出する対象は限定的だ。地域や部署といった特定の集団の経済活動に絞られるため、期せずして生まれたコストの尻拭いは社会全体に押しつけられる。

こうしたコストに対し、経済成長の恩恵を受けるために必要な代償だと考える人もいるだろう。

だが、効率の向上にかかるありとあらゆるコストと、効率向上によるメリットを対比させることはできない。効率向上のための負担が深刻な害をもたらさない限り、どの集団も周囲への影響を顧みずに効率化を優先させる。個々人による自己の利益の追求が、最終的に全体に利をもたらすことを期待したいが、その道のりは平坦ではない。

ずいぶん昔にアダム・スミスが指摘したように、周囲に自らの利己性を許容してもらいたいなら、スミスが呼ぶところの「共感」でもって利己性との釣り合いをとる必要がある。だがあいにく、共感を効率に換算する方法は存在しない。

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『THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』チャールズ・ハンディ/著

チャールズ・ハンディ◎イギリスのピーター・ドラッカーと称される、欧州を代表する経営哲学者。世界の経営思想家ランキング「Thinkers 50」のLifetime Achievement Award(生涯功労賞)をヘンリー・ミンツバーグ、マイケル・ポーターに先駆けて受賞した。研究者としての主要テーマは、行動科学の企業経営への適用、経営の変革や組織構造、生涯学習の理論と実践。

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