現代のタブー「感染症ムラ」の真実<ジャーナリスト 倉重篤郎>

現代のタブー「感染症ムラ」の真実<ジャーナリスト 倉重篤郎>

  • ハーバービジネスオンライン
  • 更新日:2021/02/21
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千和 / PIXTA(ピクスタ)

◆安倍一強でも歯が立たない

安倍晋三首相時代、よく我々は「安倍一強」などと書きたててきたものだが、その一強でも歯が立たなかった組織があった。それが「感染症ムラ」である。

昨年5月のことである。アベノマスクや全国一律休校、家でくつろぐミスマッチ動画の配信など、当時の安倍政権には数々のコロナ対応での失態があったものの、まだまだ退陣の兆しはなかった。それどころか、1年延長を決めた東京五輪のためにも何とかコロナ封じ込め作戦を強化せんと従来対応をレビューした。その結果俎上に上げたのがPCR検査の拡大・増強であった。

安倍氏本人が「検査プロセスに目詰まりがある」とその原因を指摘した上で、厚労官僚に検査を増やせ、とはっぱをかけたことがあった。当時厚労省は、感染者とその周辺にいた濃厚接触者を追いかけるクラスター追跡を封じ込め戦略の主軸としており、検査対象を広げることには極めて消極的であった。検査拡大で必然的に生じる軽症、無症状感染者が、医療現場をひっ迫させるのを恐れていたからだ。無症状者を野に放っていても感染爆発にはつながらない、とタカをくくっていた面もあった。

だがしかし、「一強」からの指示である。それなりに対応しなくてはならない。通常の役所であれば幹部が汗をかいて首相の意を体して動くであろう。そうでなくても、それなりにやったふりはするに違いない。ところが、驚くべきことに厚労官僚たちは、真逆に動いたのであった。

彼らが当時作った説明資料が残っている。「不安解消のために、希望者に広く検査を受けられるようにすべきとの主張について」と題したもので、「検査数を拡大すると疑陽性が増え、医療資源を圧迫し医療崩壊を招くことになるし、偽陰性を生むことで感染を拡大させる危険性が増大するので、医師や保健所によって必要と認められた者に対して検査を実施すべきだ」と書いてある。首相がどう言おうと、基本は検査慎重路線を継続せよ、との裏指令であった。この内部限りの資料を用いて、官邸中枢と一部有力国会議員に対し、ひそかに首相指示の火消しに回っていた、というのである。

裏切りの構図を暴いたのは、元朝日新聞主筆・船橋洋一氏率いるシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアチブ」が組織したコロナ民間臨調「新型コロナ対応民間臨時調査会」(小林喜光委員長)が昨年10月に出した調査報告書だ。関係者数十人にヒアリングした信ぴょう性の高い資料である。安倍氏もこれを読んで初めて自分の指示が末端に届いていないことを知ったのではないか。

◆なぜPCRを増やさない?

それにしても、厚労省はなぜかくまでPCR検査を忌避したのか。

偽陽性、医療崩壊懸念が彼らの表向き理由だ。だが本質は別だと指摘するのが上昌広・特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長である。上氏によると、理由は3つある。

第一に法制上の問題だ。現行感染症法が検査対象を濃厚接触者に限定している点である。この条項をエッセンシャルワーカーら無症状感染者にまで広げるよう改正すればこのネックはなくなる、というのだが、厚労省は頑としてそれに応じない。「検査を特定の組織、団体だけで利権化しようという動機があり、人災に近い」というのが上氏の解説だ。

第二のネックが当時の専門家会議、今で言えば感染症分科会の存在だ。そのシンボルとも言うべき尾身茂氏(独立行政法人地域医療機能推進機構理事長)の発想に限界がある、という。つまり限られた検査資源の有効利用が重要であり、検査資源のベースそのものを拡大していこうという構えがない、というのである。

第三が、感染症ムラのデータ利権と予算利権の温存である。検査数が増えれば国立感染症研究所(感染研)の処理能力を超え、民間検査への依存が強まり、その結果感染研のデータ独占体制が崩れる。「1日に何万件もの臨床検体を取り扱い、事務手続きや会計処理をするのは、民間検査会社でなければ不可能だ。検査希望者が増えれば、やがて感染研ではコントロールできない状況になる」という。また、それは結果的に、検査関連・周辺予算を一手に握っていた感染症ムラの予算利権をも侵食することになる、というわけだ。

ちなみに上氏は厚労省が検査に慎重な理由としてPCRの精度を挙げていることについて「感度が低ければ、繰り返し行うのが、『ネイチャー』にも発表されている世界的な常識だ。仮に3割エラーが出るとして、2回PCR検査を受けて、エラーとなる確率は9%、3回受ければ1%以下になる。疑陽性者も何度も検査することで、正確なことがわかる。どんどん検査すればいい」と語る。

◆利権――旧陸海軍の亡霊

つまり、一強が命じてもサボタージュしてきた背景には、厚労省、感染症ムラの省益、ムラ益護持があった、という解説である。

この種の指摘をするのは上氏ぐらいではないか。厚労省周辺の学者、ジャーナリストからは聞こえてこない。上氏が東大医学部卒の臨床医で、かつて東大医科研に所属するなどムラの内情を知りうる立場にいたこと、その後その世界からはドロップアウトし現体制に何の忖度もない立場になったこと。それゆえの歯に衣を着せぬ、他では聞けない貴重な論評、と私は受け止めている。

では、時の首相の指示をもはねつける感染症ムラとは一体どんなムラなのか。それは、厚労省の感染症対策部門(健康局結核感染症課)と感染研を軸に、「東京大学医科学研究所」(医科研)、「国立国際医療研究センター」(医療センター)、「東京慈恵会医科大学」(慈恵医大)各部門の感染症関連人脈にまで広がった運命・利益共同体である。

その発言力の強さは、当初の専門家会議で言えば、12名のメンバーのうち8人が前記4組織関係者であったこと、その後改組した感染症対策分科会でも尾身氏以下5人が残留したことに表れている。彼らはカネ目でも強い連帯意識、結束感を持っている。20年2月段階で最初に計上されたコロナ緊急対策費総額19・8億円のうち、18・1億円、91%がこの4組織に向けたものであった。

上氏はさらに突っ込んで、これら組織の歴史的ルーツにまで遡る。感染研も医科研も前身は「伝染病研究所」(伝研)という旧陸軍と深いつながりを持った組織にあり、戦後、伝研から分離された感染研の幹部に、陸軍防疫部隊(関東軍防疫給水部=731部隊)の関係者が名を連ねたことがあった。医療センターももともとは旧陸軍の中核病院であり、慈恵医大は、創設者の1人が薩摩出身の高木兼寛・海軍軍医総監であり、名付け親は昭憲皇太后だった。

上氏に言わせれば、感染症ムラは、見事にこの陸海軍の体質を受け継いでいる。その情報不開示姿勢はさることながら、軍特有の自前主義も残存、特にワクチン開発現場に大きな影響を与えている。「現在も、インフルエンザワクチンの製造・供給体制は、毎年、感染研が海外からウイルス株を入手し、数社の国内メーカーに配布、その培養結果を感染研がとりまとめ、最適な株を国内メーカーに配布する。海外企業の参入や国際共同による治験が認められている他の薬剤とは全く扱いが違う。感染研には、その対価として施設設備費や試験研究費という形で税金が投入され、一種利権化している。軍を中心とした戦前のワクチン開発・提供体制が生き残った形で、最も成長が期待される分野で、日本の競争力を停滞させている」という。

この点は舛添要一前都知事も同調する。10年前、舛添氏が厚労相として新型インフル対策の総指揮官を務めたおり、ワクチン対策として国産が1800万人分しかなかったので、海外から4950万人分を買いつけたが、省内からの抵抗はすごかった、という。「感染症ムラの国産優先方針とぶつかった。背景には国内製薬業界との癒着がある」と語る。

◆ワクチン遅れと医系技官

さもあらん。その体質が今のコロナワクチン国際競争での出遅れにつながっている。OECD37カ国のうち32カ国で、世界では80カ国で接種が始まった中、日本ではようやく2月第三週から接種開始である。

ムラを采配する医系技官と呼ばれる人たちにも言及が必要であろう。医系技官とは、医師免許を持つ厚労省のキャリア官僚だ。次官級、局長ポストを1つずつ有する総勢約200人の一大勢力だ。最大の特徴は、医師国家試験に合格しているという理由で公務員試験が免除されている点。膨大な予算と権限を持つ高級官僚になるのに、その基礎能力が問われない仕組みになっている。そのうえ、有為な人材は保険局で健保問題に携わったり、医政局で医師不足対策を担当、二番手以降が健康局や公衆衛生部門、WHO(世界保健機関)や国立感染症研究所、地域厚生局長といった部署に回されたりする。上氏に言わせると「これら2軍プレーヤーたちが感染症ムラの住民であり、コロナ問題の担い手だった。弱いところに難しいミッションが落ちた」とのこと。

ナルホド、日本のコロナ対策の迷走の背景には、この医系技官問題があった。加藤勝信、田村憲久両厚労相もここには手が付けられなかった、というが、霞ヶ関人事ににらみを利かせて来た菅首相としては、せめてこの制度の見直しに手を付けてはどうだろうか。

<文/倉重篤郎>

くらしげあつろう● 78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員。

<記事提供/月刊日本2020年3月号>

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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