
この記事をまとめると
■ボートレースにはハイドロクラスというカテゴリーがあり古くからスピードを争っていた
■1930〜60年代ハイドロプレーン艇にはフェラーリやアルファロメオのエンジンを搭載する艇があった
■由緒正しきクラシック艇はオークションでも人気があり高値で取り引きされる
F1さながらに争われるボートレースの世界
ボートレースといえば、日本人は真っ先に競艇を思い浮かべるかと思いますが、これがアメリカやヨーロッパになると、さらにヒートアップしていることご存じだったでしょうか。レギュレーションによってクラスは細分化され、F1さながらのレースを展開、ランボルギーニやボルボ・ペンタなどのエンジンを二丁がけしたオフショアレースから、フォーミュラと呼ばれるまさに水上のF1かのようなものまで、さまざまなボートがあるのです。
このなかで、ハイドロクラスと呼ばれるボート(ハイドロプレーン艇)は、日本のボートレースでも使われる比較的フラットな艇底(船体の下面)を持つのが特徴で、このタイプはわりと古くからスピード記録やスプリントレースが盛んでした。

1930~1960年代は、欧米ではモータースポーツが大いに盛り上がった時期ですが、ボートレースも陸上同様にヒートアップした時代。ヨーロッパ各地の湖や地中海沿岸などでは毎週のようにイベントが開催されていたようです。
とりわけ、庶民が陸上からでもその速さに興奮できる速度記録イベントは大人気。そこで活躍したのが、水面を滑空するかのようなスピードを誇るハイドロプレーンにほかなりません。当初は木製の船体に、なんでもいいからエンジンを搭載し、プロペラシャフトを直結というのがネイティブながら、オーソドクスなスタイルとされていました。

が、当時のモータースポーツ同様にエントリーするのはもっぱら貴族とか、大金持ちというのがデフォ。となると、ここに船体スタイリストや、エンジンディストリビューターが活躍するのも当然の流れ。
たとえば、水上機レース「スナイダートロフィー」で有名なマッキMC72のデザイナー、マリオ・カストルディの従弟、アキーレ・カストルディはハイドロプレーンの優れた設計者であるとともに、ボートレーサーとしても人気の的だったとか。

彼はアルベルト・アスカリやルイジ・ヴィロレージといったフェラーリF1のトップドライバーたちとも親交が厚く、自身の船「アルノ」にフェラーリのエンジンを搭載したいとエンツォに懇願。カストルディ一家はエンツォがアルファロメオでレースをしていたころの恩人だったこともあり、これを快諾。なんと、フェラーリにF1初の勝利をもたらしたタイプ375ユニット、すなわち4.5リッターV12エンジンの供給を申し出たのです。
このアルノⅪと名づけられたボートは、350馬力というパワーによって、150.19mph(約242km/h)という記録を打ち立て、しばらくあとにはフェラーリ・クラシケで船体ごとレストアを受けるなど、伝説的な存在となっています。

当然、船にクルマのエンジンを搭載するということでいくつかのカスタムがなされたのですが、大きなものは点火系ディストリビューターをマグネトー式に変更し、同時にプラグ数を24個から12個へと間引いたことでしょうか。

これは、マグネトーのほうが有利な耐水性を持つと考えられての改造ですが、以後ボートレースではポピュラーな点火方式となっていきました。
オークションでは常に高値で取り引きされる
ところで、当時の船体はほとんど木製で、それゆえ各地に腕っこきのビルダーがいたとされています。コモ湖のほとりで14歳のころから造船所で働き始めたエウジニオ・モリナーリもそんなひとりで、マホガニー材を積層させた(当時としては)強化素材をもちいた船体の速さはもちろん、その美しさでもってオークションでは異様な高値がつけられています。
また、モリナーリはレーサーとしても船内エンジンクラスに好んでエントリーしており、1960年代になるとアルファロメオ・ジュリア/ジュリエッタのツインカムエンジンをチューニングして搭載。ほぼ直管のエキゾーストから野蛮なほどの爆音と煙を吐いて疾走するさまは、彼のボートを手に入れてレストアしたオーナーの動画からも堪能できます。ちなみに、水上では陸上の3倍から4倍のスピード感となるため、操縦はかなりスリリングなものとなるそうです。

ここまでイタリア勢を紹介してきましたが、バイエルンのエンジン屋たるBMW製ユニットもまたボートレースで活躍をしていました。
たとえば、第二次大戦中に速さに定評ある巡視船をいくつも設計したクルト・ハーシュは、戦後に造船会社をはじめて、すぐにスピードボートを建造。ベルリンIIIと呼ばれた優美なボートに、コンパクトでハイパワーなBMW321エンジンを搭載したばかりか、トリプルキャブと直管パイプによるチューンアップを施し、6気筒DOHC 1998ccから100馬力を絞り出したといいます。
エントリークラスは不明ですが、この船体はコクピットが凖複座仕様であり、ドイツ出身パイロットが運転しやすいよう左ハンドルとなっているのも特徴です。
アメリカで盛んなシガー(いわゆる大型エンジン2丁がけやジェットエンジン搭載のパワーボート)もダイナミックな楽しさがあるものの、クラシカルな木製ボディのハイドロプレーンには肌で感じるスリルが満ちているように思います。加えて、大昔の野蛮な音と野放図なパワーを発揮するエンジンとの組み合わせは、ロマンチックですらあるでしょう。

なるほど、オークションで当時のボートが高値で取引されるだけでなく、その模型ですら多数流通していること、納得せずにはいられません。
石橋 寛