
「『サイエンスZERO』20周年スペシャル」取材班 サイエンス激動の時代を捉えるため、日本のサイエンス各分野の著名な研究者に「サイエンスZERO」の20周年(3月26日(日)夜11:30~ NHK Eテレ)を記念し、この20年の研究を振り返ってもらうインタビューを行いました。そこでどの研究者からも飛び出してくる驚きの言葉や知見、未来への警鐘とは―。
研究者の中で、最も多くスタジオにご出演いただいたのが「日本で最も有名な天文学者」とも言われる国立天文台上席教授の渡部潤一さんです。「月」「木星」「土星」「冥王星」「小惑星」「彗星」など専門の太陽系天文学を中心に、「系外惑星」「重力波」「地球外生命」などあらゆる分野の天文学について、誰にでも分かりやすい言葉でその魅力を語っていただきました。
「宇宙を知ることは人類を顧(かえり)みること」と語る渡部さんですが、宇宙の謎が解き明かされるにしたがって「私たちの文明は子ども」だということに気づかされるとも言います。渡部さんにこの20年の天文学の驚くべき進展の価値、そして宇宙を研究する意味について語り尽くしていただきました。

国立天文台上席教授の渡部潤一さん/NHK提供
20年で最大の発見は「アインシュタインからの宿題『重力波』」
―天文学の20年振り返って、最もインパクトがあった出来事はなんですか?
なんといっても一番は、2016年の「重力波の発見」です。すぐにノーベル賞を受賞しましたし、物理学、天文学にとって非常に大きなインパクトでした。重力波の存在と検出はアインシュタインが100年前に予言した最後の宿題のようなものでした。
「重力波」というのは『時空のゆがみ』が波のように光速で伝わる現象ですが、「超新星爆発」や「ブラックホール合体」など、“宇宙のビッグイベント”が起きたときに発生して、地球と太陽の距離に対して、わずか水素原子1個分程度伸び縮みする、というものです。そのごくわずかな揺らぎを捉えるのは非常に難しかったんです。
国立天文台では世界に先駆けて重力波の検出に取り組んでいて、1980年代から三鷹キャンパスの地下に、長さ300mの重力波検出装置「TAMA300」を作って実験をしていました。近くにスタジアムがあるのですが、そこでコンサートが始まると、その振動の影響で実験ができなくなるほど、「世界一感度の高い地震計」とも言われていました。それが岐阜県神岡にある重力波望遠鏡「KAGRA」(※1)の開発につながっています。

重力波望遠鏡「KAGRA」 画像提供:東京大学宇宙線研究所
※1「KAGRA」岐阜県飛騨市の大型低温重力波望遠鏡。長さ3キロメートルの2本のトンネルの間にレーザーを往復させて高精度で重力波を観測する装置で、LIGO、Virgoなどと共に世界的な重力波検出器ネットワークを構築することを目指している。
「ブラックホール同士の合体」「中性子星同士の合体」で重力波を観測
世界で最初の重力波検出は、「ブラックホール同士の合体」によるものでした。KAGRAが完成するよりも早くに、アメリカの「KIGO」とヨーロッパの「Virgo」という装置で観測されましたが、KAGRAグループのメンバーも一部、国際プロジェクトの一員としてその論文の著者になっています。
それに続き、「中性子星」という非常に密度の大きい恒星同士の合体による重力波が発見されました。これは可視光でも見えるはずだと、「すばる望遠鏡」も通常の観測をやめて、すぐに望遠鏡を向けました。すると、その観測の結果から、宇宙の謎の一つが解明されたんです。
実は、鉄よりも重い元素である金や銀などは、超新星爆発で作られると考えられていたのですが、超新星爆発だけでは、今宇宙に存在する重元素の量を説明できませんでした。
それが、この中性子星合体でも作られることが確認されたのです。このことで、宇宙空間に相当の量の重元素が発生する理由が解明できました。今まではシミュレーションなど、計算でしか考えることしかできなかった宇宙の成り立ちに迫る発見が、すばる望遠鏡による可視光の観測などで解明できたことは、大きな喜びでした。

2019年10月6日放送「潜入“KAGRA”望遠鏡 天文学革命はじまる!」より
アルマ望遠鏡が捉えた「惑星ができつつある現場」
―今までは捉えられなかった新しい宇宙の発見はほかにもありますか?
2013年、「アルマ望遠鏡」の稼働はそれまでになかった新しい世界を見せてくれましたね。アルマ望遠鏡は電波を捉えること、そして山手線ほどの範囲に多くの望遠鏡を配置することで可視光では見えなかったものを捉えられるようになると同時に、「お月様の上の1メーターのもの」が見分けられるぐらいまでの視力になったんです。
今までボヤッとしていた物がくっきり見えてきて、私が一番感動したのは「原始惑星系円盤」と呼ばれる“惑星ができつつある現場”を捉えられたことです。感動して、「これほんとはシミュレーションじゃないの?」と思ったくらいですね。
というのは、惑星は円盤状のちりの中で元になる塊ができ、その塊が周りを少しずつ吸い込んで大きくなるために、同心円状の溝ができていくと考えられていました。理論天文学者が一生懸命シミュレーションして、「惑星ができていたら溝が見えるはずだ。その溝が何本かあるだろう」と言っていたら、本当にその溝がくっきりと見えて、「今、惑星ができているんだな」と思いましたね。

ALMA望遠鏡がとらえた惑星誕生の様子[原始惑星系円盤] 画像提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tsukagoshi et al.
―アルマ望遠鏡の観測でこれからの期待は?
アルマ望遠鏡は、今、星間空間で「アミノ酸」を一生懸命見つけようとしているんだけど、まだ見つかっていないんです。星間空間、つまり恒星と恒星の間にひろがる空間の密度が高い分子雲には、どこにでも複雑な有機物があるということを証明したいんですよ。
僕らは生命の材料なんていくらでも宇宙に浮いていると思っていて、実際に砂糖の仲間ぐらい、「グリコールアルデヒド」まで見つかっています。だからもう一歩いくとアミノ酸になるんですが、まだアミノ酸までいっていないんですね。それはいずれ見つかるかなという気はします。
ついに撮影!「ブラックホール・シャドウ」の姿
それから、2019年に発表した「ブラックホールシャドウの検出」です。ブラックホールそのものを見たわけではないので、僕らは「ブラックホールシャドウ」って呼んでいるんですけど、真ん中に黒い穴が空いているリング状の光を捉えた画像をご覧になった方も多いと思います。

ブラックホールの姿/画像提供:EHT Collaboration et al., ApJ Letters, 875, L1, 2019
国立天文台の研究者も参加して、世界中の電波望遠鏡でネットワークを作った「イベント・ホライゾン・テレスコープ」というプロジェクトで捉えたもので、周りが明るく見えるのは、ブラックホールによって曲げられた光が我々に向かってきているからです。真ん中にはブラックホールの強力な重力があるので、真ん中はどういう経路をとっても、その部分の光が地球に届くことは絶対ないんですね。実際には電波なんですけど。シミュレーションでこういうふうに見えると予想されたことと全く一致していましたね。
それまではブラックホールの周りを回っている星のスピードや周期からブラックホールの質量を決めていましたが、それはあくまで間接的にブラックホールがあるということを証明したに過ぎなかったんです。やっぱり、直接しかも視覚的に「明らかに何かある」ということが分かるという意味で、非常に画期的な発見だったと思いますね。
渡部さんに聞く「この20年の宇宙の大発見」はまだまだ終わりません。後編『「冥王星」が「惑星」ではなくなってしまったことによって「激怒」してしまった人たち…最新天文学が明らかにした衝撃的な太陽系の真の姿とやがて見つかる「第2の地球」』につづきます。
「サイエンスZERO」20周年スペシャル 3月26日(日)夜11:30 NHK Eテレ