福岡5歳児餓死事件、母親を支配した「ママ友」と重なる「統一教会」の恐怖

福岡5歳児餓死事件、母親を支配した「ママ友」と重なる「統一教会」の恐怖

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  • 更新日:2022/09/23
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*写真はイメージ

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

「嘘を重ね慰謝料名目で収入のすべてを交付させるとともに、質素な生活を送るよう食事量の制限を指示し、監視カメラを設置したという嘘などによって母親の碇被告や家族の生活全般を実質的に支配していた」

これは、2020年4月に福岡県篠栗町で5歳の男の子が餓死した事件で、十分な食事を与えないよう母親に指示したとして保護責任者遺棄致死などの罪に問われた、いわゆる「ママ友」の赤堀恵美子被告(49)に、懲役15年の判決が言い渡された判決文の一文だ。今月21日に福岡地方裁判所で言い渡された。母親の碇利恵被告(40)には、すでに懲役5年の実刑判決が言い渡されている。

この判決文の一部を他の言葉に置き換えてみる。

「嘘を重ね寄付名目で収入のすべてを交付させるとともに、質素な生活を送るよう食事量の制限を指示し、“先祖の霊が苦しんでいる”という嘘などによって母親の○○や家族の生活全般を実質的に支配していた」(下線は変換箇所)

まさに、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の問題点を指摘する一文になる。もっと言えば、安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者(41)の判決文に盛り込まれても、おかしくないような文面だ。

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「監視カメラでボスが見張っている」

親族以外の人物、それも「ママ友」が、保護責任者遺棄致死の罪に問われるのも極めて異例だったこの事件。むしろ、カルトの本質が凝縮されたこの事件こそ、統一教会が問われる悪質性を映し出す鏡といえる。

まずは、この事件を振り返る。

5歳の子どもを餓死させた母親の碇被告には、その上にあと2人の子どもがいた。これまでの報道によると、碇被告と赤堀被告は、いわゆる「ママ友」のひとりとして、2016年4月頃に知り合う。ところが、2018年には赤堀被告が「ほかのママ友たちがあなたの悪口を言っている」と嘘の話から「私は味方だ」と碇被告に持ちかけ、周囲から距離を置いた親密な関係がはじまったとされる。

その後、「保護者から子どものトラブルで訴えられた。暴力団とつながりのある“ボス”に仲裁してもらおう」などと架空の話をでっちあげ、碇被告から50万円を詐取。

さらには「お前の夫が浮気している」「浮気調査費用を“ボス”が立て替えている」などと、これまた虚偽の話で碇被告からカネを引き出すと、ついに2019年の5月に離婚に追い込む。その上で「元夫との裁判や慰謝料で今後お金がいるので質素な生活をしなければならない」「慰謝料を多く取るために生活が困窮していると見られた方が有利だ」などと言って、2019年8月頃から碇被告の3人の子どもにも食事制限させるようになった。

その際も「ボスが怒るから食べすぎたらいけない」「12台の監視カメラでボスが見張っている」などと碇被告を脅している。

「ほかのママ友たちは悪口を言っている、私は味方だ」

しかも、2019年11月から碇被告は生活保護を受給していたが、それも赤堀被告に手渡していた。赤堀被告は他にも児童手当など計約200万円を騙し取ったとして、詐欺罪などでも起訴された。詐取した総額は碇被告によると約1300万円になるという。

赤堀被告は、碇被告の預金通帳を預かり、食費も与えず食料は自ら運んで差し入れるなど、家庭の生活全般から食事の量も管理。2020年3月には食事の差し入れが減り、10日間、水しか与えられないような生活の末に、三男で当時5歳の翔士郎ちゃんが重い低栄養状態に陥り、4月18日に餓死した。

判決では、このふたりの関係について、冒頭の一文に「家族の生活全般を実質的に支配支していた」とあるように、「支配」する側とされる側の立場にあったことを認めている。

その関係を構築する入口となったのが、「ほかのママ友たちが悪口を言っている」と、不安を煽ることだった。そして「私は味方だ」と他の「ママ友」を敵視させ、情報を遮断する。

それこそ統一教会が信者を増やすのに、「不幸なのは先祖の因縁だ」「先祖の霊が地獄で苦しんでいる」「供養しなくてはいけない」「このままではあなたも地獄に堕ちる」などと持ちかけるのと同じだ。あるいは、教団の正体を隠して、ビデオセンターと呼ばれる場所に連れ込んでは、ビデオで教義を吹き込み、周囲を「サタン」と敵視して、部外者を遠ざけることとも、変わりはない。

「恐怖」と「救済」の重なり合い

そして、暴力団関係者という“ボス”の存在。自分を窮地から救ってくれる畏敬の存在でありながら、裏切るようなことをすれば、手痛い仕返しが待ち構えるという恐怖が並存する。場合によっては、命の危険にまで及ぶかもかもしれない。それでも、“ボス”の指示に従い、期待を裏切りさえしなければ、これほど逞しい救い主はない。恐怖と救済が重なり合って、ここに服従の関係ができあがる。

統一教会において“ボス”といえば、創始者の文鮮明であることは言うまでもない。もっとも、信者たちは彼を“ボス”とは言わずに、「お父様」と呼んでいる。教団において「お父様」は、「メシア」とされた。

「お父様」の教えに従えば、きっと救われる。先祖を供養すれば、自分も家族もいまの不幸から抜け出せる。だから、いわれるままに高額の壺や印鑑を買うところからはじまって、いまは供養や儀式の対価に高額の寄付をする。

その一方で、信仰をやめたら、地獄に堕ちると教え込まれる。家族がもっと不幸になる。そんな恐怖には堪えられない。だから、もっと教団に寄り添い、近づこうとする。そこにできあがる「支配」する側とされる側の構造。

支配者に魂を奪われた母親に放置された子どもたち

赤堀被告の裁判で、検察側の証人として出廷した母親の碇被告は、こう証言している。

「赤堀の話はリアルで魔法にかかってしまうような気がしました。赤堀から毎日頭ごなしに怒られ、罵声を浴び、1日中正座で謝り、精神的に病んでいましたが、相談するところもなく、自分の中でどうしようもありませんでした」

そして金銭をむしり取られ、子どもを餓死させるという、最悪の不幸に行き着く。母親の碇被告が懲役5年だったのに対して、親族でもない「ママ友」の赤堀被告が懲役15年だったのは、母親に被害者の側面があることを考慮されたからだ。

安倍元首相の命を奪った山上容疑者の犯したことは、決して許されることではない。ただ、その背景に母親が統一教会にのめり込み、家や土地を売ってまで多額の献金をして家庭が崩壊したという、教団に対する恨みがあった。そして、教団と関係の深い安倍元首相へと恨みの矛先が向かった。山上容疑者からすれば、統一教会と赤堀被告は重なるはずだ。

ふたつの事件は、母親が家財を投げ出して子どもを顧みなかったことに不幸がある。そして、5歳の翔士郎ちゃんは命を失い、山上容疑者は人の命を奪う凶行に至った。命を保って生き存えたとはいえ、山上容疑者も5歳の翔士郎ちゃんと同じ不幸を背負ったといえる。

すでに統一教会が生み出す不幸を、日本人の多くが知っている。だからこそ、統一教会と、その関係を疎んじている政治家に厳しい視線が注がれているはずだ。

自民党は教団との関係をどこまで誤魔化し続けるつもりか

「ママ友」の赤堀被告は、裁判で無罪を主張していた。子どもが餓死したのは、母親の責任とも語った。だが、判決では赤堀被告を、不合理な弁解や責任転嫁を繰り返し、「責任に向き合っていない」と断じている。

統一教会は寄付について、高額なものはなく、あくまで信者の意向によるものであって、違法性はないとしている。しかし、そこに高額の基準もなければ、むしろ、碇被告がいうように「魔法」から解けないで寄付をする側とされる側の「支配」の構造があるはずだ。福岡地裁は判決で赤堀被告を「悪質な手口で主導した」と認定している。そして、こうも述べている。

「翔士郎ちゃんの保護が必要なことを認識しながら、その後も碇被告の収入を根こそぎだまし取り、食料の確保を困難にさせたもので、金銭欲や悪意による犯行に酌量の余地はまったくない。幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来を奪ったことは取り返しが付かない重大なことだ」

ここにある「幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来」を奪われたと悲嘆に暮れる統一教会の元信者や、いわゆる「2世」だって、少なくはない。

あらためて問う。このまま統一教会を放置しておいていいのか。

そして、教団との訣別を宣言しながら、自民党とその国会議員は教団との過去の関係を誤魔化して、総括しないままで済ますつもりか。

幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来を奪うようなことが、繰り返されていいはずもない。

青沼 陽一郎

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