
春風亭一之輔・落語家
落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「三寒四温」。
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『三寒四温』。3日寒くて、4日暖かい。で、だんだん春になるらしい。3歩進んで、2歩下がり、人生はワンツーパンチで汗かきべそかき歩くらしい。あなたのつけた足跡にゃ綺麗な花が咲くらしい。ホントかいな? ここんとこ、まるでいいことないけどな。
立春ごろ。久しぶりに地方独演会。場所は熊本。本当は去年の3月のはずだったが1年延期での開催となった。
何年かぶりの熊本空港は改装中で殺風景な内装。「まるでアメリカの刑務所のようだなぁ」と呟いたら、同行の熊本出身・三遊亭ふう丈君が「ホントですねぇ」と相づちを打つ。「行ったことあるのかよ、アメリカの刑務所?」「いや、まだないですねぇ。師匠は?」とふう丈。「まぁ、オレも行ったことないけどね……」。ボンヤリな会話をしつつタクシーに乗る。
会場に着いたが、このご時世お客さんの入りも芳しくないようだ。「ふう丈、ご両親来るの?」「いやー、今回は……。私も実家には帰れずですねぇ」「寂しいなぁ」「ほんとですねぇ」
ふう丈が高座に上がって悪戦苦闘。新作落語『絹子ちゃん』。降りてきて「変な空気にしてしまいました! すいませんっ!」。謝るな。「まかせとけ」。私も自分の独演会だから大丈夫だろうと思っていたが、なかなかしぶといお客さんじゃないか。2時間奮闘し、「オレもすまんかった!」と汗をかきかき高座袖。
昼夜公演のあいまに「熊本城へ行きませんか?」と三味線漫談の林家あずみちゃん。3人でテクテク熊本城へ。「さみい」「さみいですね」「さむいです」「この道やったとですが、おかしか」地元のクセに熊本城への道を間違え方言の出るふう丈。
なんとか到着。温かいものでも飲もうかと思ったが売店が休業中。唯一コロッケ屋さんが開いてたが、コロッケは残り二つ。ジャンケンで負けたうえに先輩なのでおごらされた。コロッケを頬張る2人を引き連れ天守閣に向かうと「緊急事態宣言のため閉門致します」……どうにも熊本に着いてからいいことがない。
諦めかけて歩き始めると、宇土櫓という建物の前に出た。「おー!」。3人で歓声。「ここは踏ん張って壊れなかったんですよね」と案内係のおじさんが話し掛けてきた。なるほど。3人で記念撮影。加藤神社に行き、巫女さんから節分豆を「たくさんどうぞ」と頂いた。豆をつまみながら夜の部へ。今度は陽気なお客さん。ありがとうございます。打ち上げも出来ないので、ホテルの部屋でふう丈の恩人・馬肉料理『上妻亭』さんから御差し入れ頂いた米焼酎をひっかけていい気持ちで就寝。
朝、空港へ向かいながら「『誉の陣太鼓』ってお菓子、お好きですか?」とふう丈。餡子のなかに求肥の入った太鼓型のお菓子だ。「ふつうかな」「空港に『陣太鼓ソフト』ってのがあってこれがバツグンにうまかです!」。『陣太鼓ソフト』、めちゃくちゃ美味い。おかわりしようとしたら「おなか冷えますよ!」。2人から止められた。これから熊本来たら必ず食べよう。
ちっちゃないいことが後半立て続けにあった熊本の旅。東京に帰ったらまた「三寒」かな。そのうち春になるなら仕方ない。また行くよ、熊本。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。YouTube 「春風亭一之輔チャンネル」ぜひご覧ください! アーカイブもいろいろあります
※週刊朝日 2021年2月26日号
春風亭一之輔