「一億総評論家の口コミ時代が到来」 50年前に“SNS時代”を予見した大宅壮一とは何者か

「一億総評論家の口コミ時代が到来」 50年前に“SNS時代”を予見した大宅壮一とは何者か

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/22

作家の三島由紀夫が死去して、この11月25日で50年を迎える。三島は自衛隊にクーデター決起を呼びかけたのち自決して、社会に衝撃を与えたが、その3日前の1970年11月22日には、評論家・ジャーナリストの大宅壮一が70歳で亡くなっている。

大宅は生前、大きな事件があるたびに的確に評してみせただけに、11月28日の葬儀では「三島事件について、大宅氏が生きていたらどんな表現で、どう評価しただろう」との声がしきりにささやかれたという(※1)。

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大宅壮一 ©文藝春秋

大宅壮一ノンフィクション賞や、大宅壮一文庫などにその名を残す大宅だが、残念ながら、いまではあまり著作は読まれてはいないのではないか。それでも、『実録・天皇記』(※2)や『炎は流れる』といった作品は電子書籍にもなっていて、いまも入手しやすいし、最近では、短い時評を、彼の三女で評論家の大宅映子の解説をつけてまとめた書籍(※3)も出ている。

それらを読むと、現在の人権感覚やジェンダー観からすると首をひねるような表現もあるとはいえ(もちろん大宅には差別の意図はなかっただろうが)、その後の状況を予見するかのような箇所も少なくない。

テレビを双方向的なメディアととらえた「先見の明」

代表的な例としては、1958年に書かれた「『一億総評論家』時代」という一文(※3)が挙げられる。

大宅はその前年に、「一億総白痴化」という言葉で、質が劣り、刺激ばかり過剰になるテレビの悪影響を表現していた。しかし「『一億総評論家』時代」では、テレビには悪い面だけでなく、視聴者が自分でも考え、意見をまとめるチャンスを与えた面もあると評価したのだ。

マスコミも新聞や雑誌しかなかった時代には、一方的に押しつける面が強かったが、テレビの登場により、人々はそこで得た情報を、批評的に受け止めるようにもなった。それを大宅は「一億総評論家」と呼んだのである。双方向なメディアとしてテレビをとらえたことに、先見の明を感じる。

大宅の死後に登場したインターネットは、「一億総評論家」的状況をさらに加速させた。「口コミ」もまた大宅の造語だが、ネットに投稿された一般ユーザーのレビューを参考に商品やサービスを選ぶことも珍しくなくなった現代は、まさに口コミの時代といえる。

予見的な言葉といえば、ほかにも、終戦から7年後の1952年に書かれた「血と迷信」と題する小文(※3)には、《新憲法や新皇室典範で天皇の譲位を認めていないのは、人間天皇の最少の基本的人権さえ認めないものである》という一文が出てきて、ハッとさせられる。

天皇に関しての‟タブー”にも切り込んだ大宅

天皇に関しては、大宅の活躍した時代のほうが、いまよりよっぽどタブーがなかったのではないかと感じるところもある。同じく1952年に出版された書き下ろし『実録・天皇記』では、天皇家の血筋が絶えないよう、いかに引き継がれてきたかを詳細に調べることで、戦前において天皇権力の根拠とされた「万世一系」のウソを暴いてみせた。

このあと60年代には右翼テロがあいつぎ、マスコミでも天皇に対するタブーが強まる。そう考えると、『実録・天皇記』はあの時代だから成し得た仕事なのかもしれない。

大宅自身は、反天皇主義者でも、天皇主義者でもなかった。若いころには、マルクス主義に傾倒したこともあったが、どこか醒めてもいたようだ。

ある事件で検挙されたときには、特別高等警察の刑事から「きさまは得体の知れないやつだ。右か左かはっきりしろ」と言われて、「あなたのほうで決めてください。じつは、僕自身にもよくわからないんですよ」と答えたという。以来、彼は、いかなる主義主張にも同調しなくなった。

戦時中から終戦直後にかけて「文筆的断食」と称して農耕生活を送ったのち、世の中が少し落ち着き出すと著述活動を再開する。世の中では民主主義と共産主義がブームになるなか、彼は再出発にあたって、《厳正中立、不偏不党、徹底した是々非々主義で押し通すこと》にした(※4)。

非イデオロギーを貫き、平衡感覚を保ちながらも、独特の視点と表現で、日々登場する人物や社会現象の本質をずばり突いてみせた大宅は、マスコミの寵児となる。新聞、雑誌、そして放送と引っ張りだこで、「マスコミの三冠王」とも称された。社会党委員長・浅沼稲次郎は「カラスの鳴かぬ日はあっても、大宅壮一の声を聞かない日はない」と言ったとか(※5)。

大宅はいわば、現在の文化人タレントの先駆けであった。それは本人もはっきりと自覚していた。『中央公論』1955年5月号に寄稿した「無思想人宣言」という文章で、彼は自分の立場を、ラジオの野球解説のタレントになぞらえながら、次のように説明している。

「タレント=その道の専門家」という意味

《ラジオ放送には、アナウンサーのほかに“タレント”と呼ばれているものがある。例えば野球試合の実況を伝えるのはアナウンサーの役目だが、アナウンサーの質問に応じて、両チームの批評などをしたりするのが“タレント”である。“その道の専門家”という意味である。

ところが、今日の社会では、あらゆる面でこの“タレント”が必要になってきている。彼は監督の戦術上の誤りや、審判の誤審などを指摘したりすることはできる。しかし審判の判定に服しないチームに退場を命じたり、審判の誤審を正したりする権能は与えられていない。それでも自分の判断に自信のあるときは、これを世論に訴えることはできる》(※4)

大宅はこれに続けて、自分はプレーヤーにも、審判にも、コミッショナーにも、ただのアナウンサーにもなりたくない、あくまで《“タレント”であることに満足し、許されるならば、生涯それをつづけて行きたい》と書いた。そのうえで《最終のそしてもっとも有力な審判者は、目に見えない大衆だと信じている》と、この文章を結んでいる。

評論家、タレントである自分にできるのはせいぜい誤りを指摘して世論に訴えることぐらいで、世の中を最終的に動かすのは大衆であると、大宅は言いたかったのだろう。

前出の『実録・天皇記』を書くにあたっては、膨大な資料を収集した。神田などで古書の即売会があれば、大宅は、助手役の草柳大蔵(のち評論家)をともなって必ず出かけた。そうして入手した本を自転車の荷台に高々とくくりつけ、都内の八幡山にある自宅まで運んだという(※2)。

集めた資料からは、本で使えそうな部分を原稿用紙に書き写しながら、「血の網」「財産」「天皇屋紳士録」「女たち」などといったユニークな項目ごとに分類していった。書き写すうち、用意した項目に当てはまらないものも出てきて、そのたびに新たな項目がつくられた。

こうした資料収集・分類のノウハウを生かしたのが、大宅の亡くなった翌年、その膨大な蔵書をもとに設立された雑誌図書館・財団法人大宅文庫(現・公益財団法人大宅壮一文庫)である。

「本は読むものではなく、引くものである」

大宅は生前、四角四面なたいそうな全集ものなどには目もくれず、収集対象のほとんどは、日々読み捨てられていく雑誌だった。娘の大宅映子は、かつて自宅に来たことのある人から、大宅が『アサヒ芸能』のような週刊誌を赤鉛筆で線を引きながら読んでいるのを見て、目が点になったと、思い出話を聞かされたという(※6)。

「本は読むものではなく、引くものである」が持論だった大宅は、生前より蔵書を分類して書庫に収め、「雑草文庫」と称して知人に開放していた。遺言にも、文庫の本はマスコミ界が共有して、みんなが利用できるものにしてほしいとの一項目があった。

故人の遺志をどう実現するか、つきあいのあったマスコミ関係者たちが話し合うなかで、東京・駒場の日本近代文学館に買い取ってもらおうとの意見も出た。しかし、多くの者が反対する。最大の理由は、文庫独特の分類法がめちゃくちゃになる、というものだった(※7)。たしかに大宅文庫の件名索引の項目には、「政治・その他」「犯罪・事件」などと並んで、「奇人変人」「おんな」といった大宅ならではと思わせるものがある。

筆者も大宅文庫には日頃からお世話になっているが(賛助会員になるとネットから所蔵雑誌の記事が検索できる)、さまざまなキーワードから雑誌記事が検索できるのは、大宅の分類法がベースにあってこそだろう。

検索すると出てくる各項目には、記事のタイトルや掲載誌・号数などが示され、場合によっては記事の内容について説明が補足されているものもある。人名検索では、同名異人もきちんと区別されているので、利用者は間違いを避けられる。現在では国立国会図書館の雑誌記事のデータベースも徐々に充実し、かなり検索しやすくなってきたとはいえ、くわしさ、確実さにおいてはまだ大宅文庫にはおよばない。

地方在住のユーザーとしては、資料のコピーの配送を依頼すると、日を置かずして送ってくれるのもありがたい。このコロナ禍での自粛期間中には、どこでも図書館が軒並み休館するなか、大宅文庫の資料配送サービスだけは続けられた。これに筆者はどれだけ助けられたかわからない。最後にこの場を借りて、あらためて御礼を申し上げたい。

※1 阪本博志『大宅壮一の「戦後」』(人文書院)
※2 大宅壮一『実録・天皇記』(角川新書)
※3 大宅壮一著・大宅映子編著『大宅壮一のことば 「一億総白痴化」を予言した男』(KADOKAWA)
※4 大宅壮一「無思想人宣言」(『大宅壮一・一巻選集 無思想の思想』文藝春秋)※5 『1億人の昭和史 8 日本株式会社の功罪』(毎日新聞社)
※6 「NEWSポストセブン」2017年9月3日配信
※7 大隈秀夫『大宅壮一における人間の研究』(山手書房)

(近藤 正高)

近藤 正高

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