「単純化の技術」から読む、ゴッホが日本人に愛される理由

「単純化の技術」から読む、ゴッホが日本人に愛される理由

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  • 更新日:2021/11/26

世界はもちろん、特に日本で愛されている印象のある画家・ゴッホ。今も「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が東京都美術館で12月12日(日)まで、その後も福岡、名古屋と巡回する。なぜゴッホの絵は日本人の心に響くのか、今改めて検証する。

文=鈴木文彦

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なぜ、こんなにも愛されるのか?

芸術というのは、結局、好きならばそれでいいのであって、好きに理由はいらないといえばそのとおりなのだけれど、ゴッホは日本に愛されている。

有名な『ひまわり』は、存在が確認されている7枚のうち、1枚は日本の実業家、山本顧彌太が1920年に手に入れている。『芦屋のひまわり』と呼ばれるこの作品は、第二次世界大戦時の空襲で焼失していることでも有名だ。そして現在、新宿のSOMPO美術館に、別の1枚があることも、多くの人が知るところだろう。

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1987年3月30日、安田火災海上保険(現:損保ジャパン日本興亜)がゴッホの名画「ひまわり」を58億円で落札。写真=Gamma Rapho/アフロ

日本のゴッホ展は、アムステルダムのゴッホ美術館とならんで最大級のゴッホコレクションを誇る、クレラー・ミュラー美術館所蔵作による大規模展が、1958年に開催されたのが最初。以降は、18年、9年と、それなり間が空いて開催されていたけれど、上記の損害保険ジャパンがひまわりを落札した1987年、その前年、と連続してゴッホ展があり、その後は空いたとしても5年程度、2016年以降はほぼ毎年、日本のどこかでゴッホ展が企画されているような状況が続いている。大規模展ともなると、動員数も40万人を上回るとされる。

さらに、早くは1910年代の白樺派によって、ゴッホは作品のみならず、その生涯も紹介され、ゴッホからインスピレーションを受けた武者小路実篤、柳宗悦などが、ゴッホ神話を形作っていった。その後も言及されることが非常に多い画家で、最近でも人気作家、原田マハの『たゆたえども沈ます』という小説が、ゴッホ、そしてゴッホを支えた弟、テオを描いている。

そんなわけだから、ゴッホは日本ではメジャーもメジャー。生前は、ほとんど作品が売れなかったにも関わらずこの人気、というのも、多くの人の知る逸話だろう。だから筆者がここで何を言おうと「もう知っている」という方がたくさんいることは覚悟の上で、今回はゴッホが愛される理由を、ゴッホの技術から考えたい。

ゴッホの技術:補色

というのは、世界をリードするシャンパーニュ『モエ・エ・シャンドン』の最高醸造責任者であるブノワ・ゴエズ氏にあるとき、好きなアーティストはいますか? と質問したことがあるのだけれど、彼はゴッホ、と答えて、その理由を話してくれた。その評価に筆者は賛同するからだ。

ゴエズ氏はこんなことを言っていた

「ゴッホの作品を支えている、高い技術を忘れてはならない。シンプルで見るものを魅了する作品。それはゴッホの絶え間ない修練の賜物でもある。シャンパーニュもまた、ひとつの作品に至るまでには、何百何千という試行錯誤がある。私が求めるシンプリシティはかなう限りの複雑の先にある」

もちろん、ゴッホの作品は感動的だ。見るものの心に訴えかけてくる。たとえゴッホのドラマチックな人生を、彼の奇妙な人格を知らなくとも、魂を揺さぶられる衝撃が、彼の作品にはあると筆者はおもう。しかし、ゴッホは、それをいきあたりばったりに、あるいは才能のみをたよりに生み出したわけではないはずだ。

というわけでゴッホの技術として、まず注目してもらいたいのが、補色だ。

例えば、『種まく人』は、格好の例だ。この絵画、大きく見ると、画面上が黄色、下が青っぽい色になっているのだけれど、この黄色と青、というのが補色と呼ばれる関係にある。補色というのは、互いの色を鮮やかに見せる色の組み合わせで、例えば、自然界でも真っ赤な花と緑の葉、というのが補色の関係にある。『種まく人』では、全体が黄色と青の補色の関係。そして近くでよく見れば、大地も斑点状に黄色系の色と青系の色が繰り返されている。

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フィンセント・ファン・ゴッホ

『種まく人』

制作年 1888年6月17-28日頃

種類 油彩、カンヴァス

寸法 64.2cm×80.3cm

所蔵 クレラー=ミュラー美術館

一般的に、青は暗い色、黄色は明るい色と僕らは認識するとおもうのだけれど、黄色が強くなれば、その絵は印象的にも明るいものに、青が強くなると不穏に感じやすい。『種まく人』は、明るいイメージが勝るだろう。一方で、『悲しむ老人(「永遠の門にて」)』などは、むしろ悲しみや不安が強くなる。

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フィンセント・ファン・ゴッホ

『悲しむ老人(「永遠の門にて」)』

制作年 1890年5月

種類 油彩、カンヴァス

寸法 81.8cm×65.5cm

​所蔵 クレラー=ミュラー美術館

ゴッホは、赤と緑も多用している。この色の組み合わせには、一種の不安定さがあり、ゴッホは、アンバランスな心理を表現する際に、この色の組み合わせを絵の中に忍ばせている。これは、ぱっと見てわかる作品もあれば、細部に、その組み合わせが隠されている場合もある。

ただ、いずれにしても、この補色を発見すると、なぜ、ゴッホの作品をみて、自分が明るい気持ちになったり、不安な気持ちになったりしたのかが、わかるかもしれない。そうしてそこに、画家の意図を読むことができるのだ。

ゴッホの技術:色を混ぜない

続いてのゴッホの技術が色を混ぜないこと。これは、さらに2つの技へと派生する。

たとえば、『夜のプロヴァンスの田舎道』。この絵画は、短い線の集合体だ。ベタッと塗られたところがない。現在のテレビやコンピューター、あるいはスマホのモニターが、拡大していくと赤と緑と青の点の組み合わせ、というのと似たように、ゴッホは、鮮やかな色を、パレットの上では混ぜずに、そのまま使っていることが多い。さらに、油絵の具を、油であまり伸ばさない。

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フィンセント・ファン・ゴッホ

『夜のプロヴァンスの田舎道』

制作年 1890年5月12-15日頃

種類 油彩、カンヴァス

寸法 90.6cm×72cm

所蔵 クレラー=ミュラー美術館

こうすることで、色がくすまない。ゴッホの絵画は全体が非常に鮮やかに見える。

また、粘性の高い絵の具を画布の上に、ほとんどそのままのせている場合、そもそも油絵の具という物質の質感が残る。結果的に、画面は平滑ではなく、場合によって光の角度によって、ツヤの出方がことなるし、また、平滑ではない、ということは、画家の動きが、そこに残る、ということでもある。ゴッホ以前の画家でも、たとえば、ドラクロワとかジェリコーとかいった画家の作品には、画家の筆のあと、筆致が確認できるものがあるけれど、ゴッホの場合、さらに色が鮮やかなため、この筆致が際立つ。

結果的に、これを見るものは、描いた画家の存在を、否が応でも意識することになる。人がこの絵を描いたのだ、という感覚が、絵画と見る人の間に人間同士の関係をつくり、迫力が増す。

色を混ぜないことからうまれる技の2つ目が、いわゆる渦巻状のタッチ。色を混ぜない、ということは、中間色は、混ぜる前の絵の具を、画布に散らすことで表現することになるのだけれど、この時、ゴッホが画布の上に置く色の点は、むしろ短い線になっている。

これが、まっすぐで明瞭な場合もあれば、やや長い、あるいはとぎれとぎれに続いて、うねるようになる場合もある。このうねる線によって、あたかも風景は動いているように見える。風景が動くということは、そこに風が吹いていたり、時が流れていたり、生命が存在する、ということではないだろうか。つまり、そこに、この絵画のもととなった風景を見ている画家が感じられるのだ。

こうして、色の使い方で、絵画に描かれている題材と同じか、それ以上に、それを描いた人、ゴッホがゴッホの絵画には現れる。そして、ゴッホの絵画に画家を感じるためには、物語や描かれている場所の知識、それを描いたときのゴッホの状態を知る必要はかならずしもない。ゴッホの技術は、もっと、本能的な、あるいは、日常的な我々の感性にうったえかけてくるものだ。

複雑の先にある、単純。これが結局、文化的背景を共有していない我々日本人に、このオランダ人画家が愛される理由ではないかと筆者はおもうし、また、この画家が、日本の浮世絵に大いに影響を受け、訪れたこともない日本を愛していた、というのも、もしかしたら、人間としての根源的なところで、私達の祖先とゴッホも、感情を共有した、のかもしれない。

鈴木 文彦

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