出来栄えにりんたろう監督もびっくり!―劇場版「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版 初日舞台挨拶オフィシャルレポートが到着

出来栄えにりんたろう監督もびっくり!―劇場版「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版 初日舞台挨拶オフィシャルレポートが到着

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  • 更新日:2022/01/15
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劇場版「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版「公開記念テイキング・オフ!イベント」より (C)松本零士・東映アニメーション

1月14日より全国7館の劇場で公開がスタートした劇場版「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版。同日には都内で初日舞台挨拶イベント「公開記念テイキング・オフ!イベント」が開催され、りんたろう監督と、アニメ評論家の藤津亮太さんが現代によみがえった本作の見どころや、1979年公開当時の制作秘話を語りました。そのオフィシャルレポートをお届します。

劇場版「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版「公開記念テイキング・オフ!イベント」より

【「銀河鉄道999」ドルビーシネマ版 初日舞台挨拶オフィシャルレポート】

松本零士により1977年から連載開始後、TVアニメとして放送され最高視聴率22.8%を記録するなど、日本中にSFブームを巻き起こしたアニメ史に残る名作「銀河鉄道999」。

1979年に公開された劇場用長編アニメーション第1作目の劇場版「銀河鉄道999」が、鮮明な映像と立体音響による最新の上映システム「ドルビーシネマ版」として、全国7館の劇場で公開がスタート。

1月14日(金)に本作の公開を記念した初日舞台挨拶イベント「公開記念テイキング・オフ!イベント」が都内で開催され、監督を務めたりんたろうと、アニメ評論家の藤津亮太が登壇。公開当時の制作秘話などを明かした。

登壇したりんたろうは「遥か遠い昔に無我夢中で飛び乗った列車で、銀河の果てまで旅して、今ここの地球という惑星に戻ってきました」と挨拶。

ひと足先にドルビーシネマ版の本作を鑑賞した感想を聞かれ「蘇ったなって感じですね。当時の僕はとにかく、音楽や耳から聞こえてくるものとか、そういう体感を感じられる作品がやっぱり映画だなと思っています。新しい技術でできあがった本編を観て、臨場感がすごいですね。特にSFにはドルビーシネマが向いているので、観るというよりは体感していただきたいです」とコメント。

続いてトークは、印象的な演出についての話題に。りんたろう監督作品の特徴とも言われる"透過光"を使った演出に「本当にこだわりましたね!」と語るりんたろうは「当時の2Dアニメーションっていうのは、何も使えないんですよ。だから、光も星もライトの光も全部手描きでそれらしく見せるんです。それだとやっぱり本当の光を感じないんですよね。

それで僕はある時、テレビシリーズで星空を特別に見せたいと思ったんですけど、やり方もわからなかったんです。その時ふと思いついたのが、黒のラシャ紙に針で穴を開けて撮影台の上に置き、撮影室の明かりを全部消して下からバックライトを当て、上にあるカメラに脚立で登ってファインダーで覗くという方法。

フレアが出て完璧に星の光になるんです。その時に『これだ!』と思ってやったのが最初でしたね。それから、透過光という演出が誰にも知られるようになっていきました」と、当時革新的な技法で作り上げた苦労と秘話を明かす。

「銀河鉄道999」はテレビシリーズを経て劇場版が制作されているが、劇場版では主人公・星野鉄郎の年齢が10歳から15歳に引き上げられ、青春映画として作られるという独特のアプローチがされている。

この経緯について「東映の当時の社長が、少年から青年までの層を狙うアニメーションを作りたいと言っていたことがきっかけです」と明かすりんたろう。「そういう意図のもとで松本零士さんも含めて話し合い、テレビシリーズの『銀河鉄道999』とは違った少年を主人公にして、青春ものにしたいという思いがありました」という。

さらに「劇場版はテレビシリーズの延長戦というわけにはいかないので、主人公の鉄郎の設定を変えるくらいのことをしないと成り立たない。脚本でも"少年の旅立ち"というのを意識してもらいました」と当時を振り返る。

これを聞いていた藤津は「あの当時、僕も子供の読者・視聴者でしたが、鉄郎が10歳から15歳になったということの意味って、今あらためて観ると本当に大きい意味があったんだなと思います」と感慨深い様子を見せていた。

また、本作はりんたろうが長編アニメーションとして初めて手がけた作品。「最初は長編アニメを作るなんて思ってもいなかったですし、お手本もないので、どう作っていいのか分からなかった。しばらく悩みましたが、最後はやけくそで、自分のスタイルで作ればいいと思って時間割だけ考えてやりました」と大変な苦労があった。

「その時に頭の中にあったのは、中学生くらいからずっと観てきたフランス映画やイタリア映画とか。そういうものが頭の中にチラチラあってそういうスタイルで自分勝手に作りました」と、少年時代に観た数々の映画が大きく影響したと語る。

続いて、りんたろうを支えた制作スタッフとして美術を務めた椋尾篁や作画監督の小松原一男についての話題に。「映画はどうやっても、監督一人ではどうにもならない。やっぱり皮膚感覚が同じ人と共同で作らなきゃいけない。アニメーションの場合は作画監督、美術監督、撮影監督もいるが、特に絵を作るこの二人の感性がもの凄く重要で、僕にとっては欠かせない二人でした」というほど、彼らの存在は大きかったそうだ。

そうして生み出された本作は、1979年に劇場で公開されると大ヒットし、一大ムーブメントを巻き起こした。当時の印象についてりんたろうは「初めての経験で、新聞でも騒がれたんですよ。松本零士さんと一緒に乗りましたが、999号が実際に走ったんですよね。とにかく全てが初めての経験でした」と振り返った。

最後に本作の上映を楽しみにしているファンに向けて、「僕も今回ドルビーシネマの企画を聞いて、『え!? そんな40年前の古いものやるの?』って思いましたが、今回あらためていろんな人の努力で非常に映像も綺麗になって掘り起こされ、音も非常に迫力あるサウンドになることで『本当に蘇ったな!』と思います。43年前から戻ってきた浦島太郎みたいなものですが、開けてみたら玉手箱のようでびっくりしました。なので、とにかく楽しんでいただければ嬉しいです」と呼びかけ、イベントは幕を下ろした。

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