寒暖差で自律神経が乱れ、なんとなく不調の人にも!20分で体験できる禅と音楽のコラボレーション「禅脳」とは

寒暖差で自律神経が乱れ、なんとなく不調の人にも!20分で体験できる禅と音楽のコラボレーション「禅脳」とは

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2022/11/25
No image

日本においてのメディテーションといえば、古くから禅宗のお寺で行われてきた坐禅だろう

新型コロナ下での生活も2年となり、これまでよりストレスを感じて暮らしている方も多いのではないでしょうか? ステイホームでも、一人でもできる、自分を癒したり元気づけたりする習慣をもっていることは、精神の安定や免疫UPにも役立ちます。Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅなどのヒット作品に携わり、アーティストやクリエイターの成功とメンタルの関連性について研究を続けている音楽プロデューサーの中脇雅裕さんの新連載「美しくそして健康に 音楽のあるHappy Life」。第10回は「禅と音楽」です。

【写真】四天王寺の御朱印

* * * * * * *

「禅と音楽のコラボレーション始めました!」

この数年、欧米を中心に〈マインドフルネス ・メディテーション〉を生活の中に取り入れる方が増えています。

メディテーションの方法にはいろいろなものがあり、それぞれ目的も違ったりしますが、概ね、身体面では免疫力のアップ、血圧・血中コレステロール・血糖値の低下、交感神経と副交感神経のバランスを整えるなどの効果、そして精神面では緊張・不安の減少、うつ状態の緩和、ストレス耐性の向上が実証されており、更に脳機能面でも集中力・記憶力の向上が認められ、仕事や勉強で質の高いパフォーマンスを上げることができます。

良いことずくめのメディテーション。そして、日本においてはメディテーションといえば古くから禅宗のお寺で座禅が行われてきました。

三重県津市に1400年以上前に建立されたという禅宗の寺院「四天王寺」。
こちらの54代目にあたる倉島隆行住職の発案で、禅と音楽のコラボレーション「禅脳」というプロジェクトをスタートさせました。

手軽にお寺で座禅をして頂くため、ヘッドフォンから座禅をする手順のナレーションと、リラックスし、且つα(アルファ)波優位になるような音楽が流れます。20分ほどの坐禅体験。とても好評とのことです。

そこで今回は、津市四天王寺倉島隆行住職に坐禅についてお話を伺いました。

No image

津市四天王寺 倉島隆行住職(写真提供◎倉島さん)

中脇 「住職、まずは坐禅の始まりについてお話しいただけますか?」

倉島 「そうですね、さかのぼること、お釈迦様がお悟りを開かれるとき、長い瞑想をされました。12月の1日から1週間ぐらいですね。その中で深い瞑想に入られまして、明けの明星をご覧になってお悟りを開かれた。そういった話から特に坐禅を中心とする我々の宗派では、毎年、お釈迦様に倣って、1週間、特に禅堂に籠りまして、深い瞑想を体験するということを毎年繰り返ししております。
永平寺に行かれると、普段は観光客の方がたくさんいらっしゃって賑やかですよね。でもその期間は、禅堂という坐禅をする場所の付近を通行止めにいたしまして、髭も剃らずに修行に没頭します。ちょうど雪も降ってくるので参拝者の方も少なくなる時期なのですが、その期間を〈接心〉といい、坐禅を特に大事にする時期としております」

中脇 「もちろん食事とかはされるのですよね?」

倉島 「そうですね、食事はしますけれども、坐禅をしながらなので、くるっと向きを変えて、そこで食器を並べて食事をいただく。坐禅を常に忘れない。寝る間もそうですし、朝起きてからずっと24時間、坐禅・瞑想します。つまり、あれこれ考えないといいますか、思考に振り回されずに意識することをやめる、そして体の働きを全て止めてしまうというものが、我々の座禅です。〈ただ座りなさい〉ということです」

中脇 「思考を止めることで、何が起きるのですか?」

No image

四天王寺の本堂

倉島 「永平寺では1週間くらい続けて座禅をします。自分自身の体験なのですが、3日4日過ぎてくると、残りが何日かをカウントを始めてしまうのです。私はドイツの接心にも参加させていただいたのですが、それは2週間、坐禅をずっと続けるものでした。夜寝る時も横にならずに坐禅しながら眠ります。それを座睡といいます。食事もギリギリまで自分の最低限の量、一口二口だけで済ませます。
つまりもう、生産性のものを全部止めてしまうのですが、やはり最初の1週間は頭の中の思考がもう波のように、荒波のように押し寄せてきて、感情の起伏も激しくなったりしますが、それが1週間を過ぎると凪の状態になってきます。感応道交(仏と人、教える側教えられる側の気持ちが通じること)といいますか、本当に自然と一体になるといいますか、木々とか鳥とか周りにある環境と自分の呼吸がそろってくる感覚になり、本当に深い海の中にいる様な落ち着いた境地に入りました。それは実践を通じて体験したことです」

中脇 「そういったことを、我々のような素人が経験するのは難しいですね」

倉島 「いや、上手な先生がいらっしゃるとその世界に導いてくれますよ」

マインドフルネスと坐禅

中脇 「そうですか。その上手な先生は何を教えてくれるのですか?」

倉島 「実は、禅宗の修行では何も教えてくれなかったのですね。〈ただ座っていなさい〉と放り投げられるといいますか。こういった感情を持ったらどうすればいいのだろう……などはマニュアル化がされていないものですから、掴むのに非常に時間がかかります。お寿司屋さんが師匠の技を盗むまで何十年かかるといいますが〈背中だけ見ろ。余計なことは聞くな。見て盗め!〉そういう世界ですね。しかし私はスリランカの瞑想の先生に瞑想法を教えていただきました。例えば歩き方をゆっくりにする、つまり日常の所作をちゃんと深く観察しなさいと。〈ヴィパッサナー〉つまり〈見る〉ということですね。自分の一つ一つの所作・動きや五感の変化を丁寧に観察を続けると、2週間座ったときと同じような境地が得られると気づきまして、長く座れば良いという訳ではなく、しっかりと導いてくれる先生、達観されている先生に教えていただき、それを素直に受け入れることが今の時代に合ったトレーニング方法だと思います」

中脇 「マインドフルネスと坐禅は、普通の人には同じものではと思ってしまいます。マインドフルネスは〈今、今このときを意識する〉。それが呼吸を意識することだったりします。それと今の話は同じようなことをおっしゃっていると思うのですが?」

倉島 「マインドフルネスと坐禅の違うところは、やはり指導者・先生の在り方だと思います。マインドフルネスはとりあえず誰でも、一人で始められるものですね?」

中脇 「そうですね」

倉島 「自分でマインドフルネス瞑想をしているときは良いと思うのですが、日常生活に戻ったときに、結局また以前と同じような悩み苦しみ・雑念にとりつかれてしまい、社会生活とマインドフルネスが自分自身の人生において、ちゃんとリンクしているかを気付けるかは甚だ疑問に感じています。〈俺はマインドフルネスやってんだよ!〉と、かえって我が強くなってしまって、人格形成において何が正しいのか指導者がいないと誰も導いてくれないケースなどもあるのではと」

中脇 「なるほど。では禅宗の中で坐禅をすることの目的は何なのですか?」

No image

四天王寺正門

倉島 「やはり、自分が〈仏である〉という認識を24時間持ち続ける。24時間〈仏である〉と意識できると、自分の身体作法、心だけじゃなくて体も所作も全てが仏であると認識しながら生活を送る。これが究極の禅寺のトレーニングだと思います」

中脇 「自分が〈仏である〉という意識は、つまりは他人も〈仏である〉と意識することになりますね」

倉島 「そうですね。ですから我々僧侶はお互いに道や廊下ですれ違う時は合掌で拝み合うのが作法なのですけれど、これは年齢関係なく、お互いに仏であるということで丁寧な合掌をするのです」

中脇 「なるほど。それを意識するために座る。それを実感するために座るのですね」

倉島 「その柱がしっかりしていないと、いくら小手先のテクニックでいろいろな枝葉を伸ばそうとしても、やはりそこには何も宿らない、実らないというのが坐禅を中核とする禅宗の所以だと思います」

仏のあり方

中脇 「我々一般の者が〈自分が仏である〉という認識を持つことは具体的にはどういうことなのですか?」

倉島 「永平寺で修行中に禅師様というトップの方が104歳でいらっしゃったのですが、その禅師様が皆さんによくお話されていたのが〈朝3分でも5分でもいいから仏壇にお線香1本まっすぐ立てなさい〉と。〈まっすぐお線香を立てて仏様と自分の鼻筋がぴっと揃うようにして、姿勢を正して1日を始めてくださいね〉というお話をされておりました。私はこれはすごい教えだと思うのです。〈私は仏ではない。私はそんなふさわしくない〉ということではなくて、仏と鏡写しで自分も姿勢を作って、お線香をちゃんとまっすぐ立てるという行為をコツコツコツコツと続けていく。そのコツコツと愚直に続けていくというその習慣がやがて仏を形成していく。自覚するしないは関係なく、その資質があるなしに関わらず、その価値観がこうなった、ああなったではなくて、コインには裏と表がありますが、どっちが表とか裏とかではなくて、仏とピタッと合わさった状態を作っておく、つまり、仏として行動していくという、そういう考えがすごい教えだと思ったのです」

中脇 「すごく分かりやすいお話でしたけれど、それで我々一般人も、例えば〈仏である〉という意識で坐禅をするとして、その仏というのはどういう状態をいうのでしょうか? 例えば我々は良くないことを思ってしまったりするわけですよね(笑)。なかなか仏を自覚できないように思います」

倉島 「おっしゃる通りです。一口に仏になると言っても、私たちはいわゆる欲望に負けたりしますよね。欲望が全くなくなって、すごくいい人になる、というと軽いですけど、これが非常に今の時代は難しいですね。
やはり良い指導者・先生を見つけることが大切なことだと思います。道元禅師も〈ちゃんとした先生に会えないなら修行などしないほうが良い〉と仰っています。つまり〈自分で勝手に坐禅したり、自分なりのトレーニングを好きなようにやっていても難しいよ。まずは良い先生を見つけなさい〉と。これ音楽の世界も一緒ですよね。何も習わずに自分で音楽をはじめて、才能が開花する事はなかなかないと思うのです。ちゃんとした師匠がいたり、導いてくれる人のもとで、自分のテクニックを構築していくからこそできる。花開くというのか、才能を引き出してもらったりとか。仏教の世界においては仏になるべき船の漕ぎ方を教えてもらわないと、勝手なことばっかりでもやっぱり目的地のとこには行かないというのは、昔から言われていることです」

中脇 「一般の人がそれを知ろうと思ったら、先ず、良い指導者・先生につくことが大切だという事ですね」

倉島 「そうですね。いい先生を探すことをすることは大切なアクションだと思います。例えば坐禅会もいろいろなところでやっていますし、YouTubeでも情報は探せます。インターネットでもWeb坐禅をやっていたりします。そういったところからでも〈この人が自分の先生だな〉っていうような出会いを見つけていただければ良いと思います。昔から雲の水と書く〈雲水〉という修行僧は、各所を回って良い先生を探す旅をしていました」

中脇 「そういうことなんですね。我々一般人は、例えば坐禅会とかに、それがリアルでもWebでも参加していく中で〈この人に自分の先生になって欲しいな〉そう思える方を見つけて師事していくことで、仏のあり方みたいなものを学んでいけるという事ですね」

倉島 「おっしゃる通りです」

中脇 「人それぞれの相性もありますよね」

倉島 「実際そうなんです。相性はありますので、嫌だなと思う人のもとではやらないほうがいいですよ(笑)」

中脇 「そうですね(笑)。今回〈禅脳〉というプロジェクトに協力させていただいたのですが、やはりそういう意味では、住職はお寺に行くというきっかけを作りたいということなのですね」

倉島 「はい。先ず、いきなり坐禅というとやっぱり、足が痛いとか、背中を棒で叩かれるのでは、とかですね、何かネガティブな印象を持たれる方も多いと思います。昔は社員研修などで新人を鍛える、みたいな意味合いもあったかと思います。しかし時代が変わってきましたし、精神性を高める上においての本格的な坐禅を始めるきっかけとして、この〈禅脳〉を一度トライして頂きたいと思っております」

スタイルに合わせたお寺選び

中脇 「〈禅脳〉はヘッドフォン使って、20分ほど座っていただく手軽なプログラムですが、それで少し坐禅に慣れ親しんでいただいたら、やはり坐禅会に参加するのが良いですか?」

倉島 「そうですね。実は今回そのヘッドフォンを使用する事は非常に意味がありまして、この5年から10年間、スマートフォンのテクノロジーが飛躍的にアップしました。その中で我々の行動原理もスマホが握ってしまったように感じます。坐禅しましょうって言っても、おそらく皆さんすぐスマホのことが気になると思います。そんな気持ちをヘッドフォンをすることでシャットアウトできる。そして短い時間で集中できるという利点があると思っています。今の時代に合ったプログラムです」

中脇 「なるほど。本格的な坐禅に組む入り口としてはとても良いですね。倉島住職としては、マインドフルネスなどをきっかけといたとしても、やはり坐禅会に行くことを皆さまにおすすめしますか?」

倉島 「そうですね。やはり場所の力というのも大きいと思います。ずっとそこで坐禅を組んできた歴史、またその香りなど、五感を通じて入ってくる情報という事でもお寺のメリットは非常に大きいと思います。ですから、実はお寺での坐禅会に参加する方が効率的であるという事をこれからいろいろな角度から検証したいですね。場合によっては脳波なども測り、ストレスケアに効果があることを〈見える化〉し、より具体的にお寺での坐禅の効果を皆さまに納得していただき、その上でお寺に足を運んでいただきたい。それが私の願いでございます」

中脇 「あと、お寺では、お坊さんからいろいろなお話を伺ったり、逆に話を聞いていただいたりする。なかなか今の方は経験がないと思いますが、元々は日本にはそういう文化があったのですよね」

倉島 「おっしゃる通りです。〈駆け込み寺〉という言葉は皆さまも聞いたことがあると思いますが、この駆け込み寺も元々は女性の為のセーフティネットです。かつて、お寺に駆け込んで何とか難を逃れたという女性が多くいたという歴史があります。改めてこの〈禅脳〉という新しい取り組みを通じて、お寺に〈ちょっとメンタルケア行こうかな〉〈心を整えていこうかな〉というふうに来ていただければありがたいですね。

中脇 「元々、お寺というのはそういう役割があるんですよね」

倉島 「そうです。お寺はその時代時代に合わせて建立されて、それこそ寺子屋の時代は子ども達の育成をしたりですとか、役所に代わって住所管理をしたりですとか、時代に合わせてその形を変えてきました。つまり、お寺は長い歴史の中で日本の文化を育んできたのです。今こそ、この〈禅脳〉の音楽を通じて皆さまの今の苦しみや、悩みを少しでもケアできたらなと思っています。

中脇 「先ずはネットなどで近くのお寺を検索し、行ってみれば良いでしょうか?」

倉島 「実際のところ、その宗派によって方法が違っています。深い瞑想に入る方法として、ひたすらにお題目を唱えたりとか、念仏をしたりとか。また作法というのも、宗派によって、またお寺によって変わってきますので、自分に合うところを探して頂けたら良いかと思います。〈念仏が好きだから、浄土宗のお寺行こうかな〉という風にですね、自分のスタイルに合わせてお寺選びして頂いても楽しいと思います」

中脇 「なるほど、良くわかりました。今回はありがとうございました」

倉島 「ありがとうございました」

禅にはとても興味がありましたが、今回の倉島住職とのお話で更に興味が湧いてきました。そこには長い歴史の中で多くの智慧を重ねた深淵さを感じます。
一度、お寺での坐禅も経験してみたいと思います。

「禅脳」はただ今、三重県津市の四天王寺で体験頂けます。
四天王寺HP:https://sitennoji.net/

〇ベッドで音楽マインドフルネス YouTubeリンク

https://youtu.be/8MHxoLUe8fM

前回「日本にはなかった「散歩」。1日30分で身心の健康に対して大きな効果が。音楽を聴きながら行うと自律神経のバランスも整えられる」はこちら

中脇雅裕

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加