
何かの値を求めるとき、ざっくりとした答えを求めるべきか、正確な値を求めるべきか。このような疑問を持つことはあまりないかもしれませんが、いきなり正確な値を求めることが難しい場面は多々あります。
今回は、数学者たちは、どのようにより細かい値を求めるために努力してきたのか、そしてその発想とはいわば真逆の「フェルミ推定」について紹介していきます。
円周率や地球の大きさの「正確な値」を求めて
より精度の高い答えに近づくため、人間は様々な値を求めてきました。数学の技術を活用して徐々にその値を正しい値に近づけていった話は非常に興味深いものです。
ここでもいくつかの例を取り上げていきましょう。まずは代表的なものとして「円周率」の値です。
円周率とは簡単に言えば「円周の長さは直径の何倍か」を表す値です。古くから、円周率は「直径の3つとすこし」であることが分かっていました。円形の対象物に対して紐やメジャーなど活用しうまく測れば「3.15くらい」であることまでは求めることができます。
測るのではなく計算をしてより細かい値まで求めた最初の人物として有名なのはアルキメデスです。彼は「多角形を円に内接させる」という方法を使って、円周率は約3.1408から約3.1429の間であることを求めました。
小数第2位までは正確な値、というのは現代の私達からすれば全然まだまだ、と思えるかもしれません。しかし、アルキメデスの得た値は正96角形を使った、非常に丁寧で大変な工程を経て求められたものです。

正96角形(わかりやすいように頂点に印をつけています)
16世紀にルドルフ・ファン・コーレンという数学者が、正4611686018427387904角形(「2の62乗」角形=約461京角形)を用いて、円周率を35桁目まで正しく計算しています。より正確な値を目指していくことの大変さが伝わってくることでしょう。
その後、円周率を求めることができる計算式が発見され、さらに先の桁まで値を求められるようになりましたが、そこまでの過程には私たちの想像を絶する地道な努力があったのです。
円周率を求める数式については過去記事『2000年間も数学者を苦しめた「3つの難題」挑戦してみませんか?』(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67576) で詳しく解説しています。
地球の大きさを正確に測るには
はじめて地球の大きさを測った人物もこのような地道な努力を重ねました。紀元前3世紀に、天文学と数学に長けた学者エラトステネスが太陽を利用した方法で地球の大きさを測ります。
エジプトのシエネ(現在のアスワン)で夏至の正午に太陽がちょうど真上にくることに気づいたエラトステネスは、シエネの北にあるアレクサンドリアで夏至の正午に太陽が見える角度、そしてシエネとアレクサンドリアの間の距離を使えば、地球の大きさを求めることができることに気が付きました。
たとえば、シエネからアレクサンドリアまでの距離が1000キロメートル、アレクサンドリアでの太陽の傾きが6度だった場合、1000キロメートルを360÷6=60倍した6万キロメートルが地球の大きさ(1周の長さ)となります。

地球の大きさを計算する概念図。6度は地球一周360度の1/60なので、60倍すれば地球一周の長さが求められる
エラトステネスは実際の計測値を元に、地球の大きさを約4万6000キロメートルと算出しています。ただし、当時のエジプトでの長さの単位は地域や時代によって若干値が異なっていたためエラトステネスがどこまで正確に地球の大きさを求められたかについてはよくわかっていません。
とはいえ、実際の地球の大きさは約4万75キロメートルなので、精度としては約17%の誤差です。今より2000年以上前の世界でこれだけの値を得たことは、とてつもない努力の結果といえるでしょう。人類はそこから長い期間をかけて、地球の正確な大きさを求めていきました。
このように、正確な値を求めることは非常に大変であることを踏まえつつ、次は逆にもとから正確の値までは求めない発想についても紹介していきましょう。
ざっくり計算する「フェルミ推定」
突然ですが、99×99はいくつでしょうか。計算が得意な方は、暗算で答えにたどり着けるかもしれませんが、そうでない方は筆算で紙に書いて答えを求めるでしょう。
では、質問を変えて、「99×99はおよそいくつでしょうか」ならばいくつと答えますか。
「およそ10000くらい」と答える方が最も多いはずです。つまり、99を100として、100×100をして「およその数」を求める方法です。99×99=9801なので、その差は199だけ、割合でいうと10000÷9801≒1.02と約2%の違いとなります。正確な値まで求める場合はこの答えは不正解となりますが、日常の様々な場面でこの精度で十分となることは多くあります。
算数や数学の単元でも「概算」として存在するこの手法ですが、さらにこの手法を日常および特にビジネスシーンで応用する発想が「フェルミ推定」と呼ばれるものです。今回はこれにより詳しく踏み込んでいきます。
ちなみに「フェルミ推定」の由来はノーベル物理学賞を受賞した 物理学者エンリコ・フェルミに由来します。フェルミは以下で紹介する計算を得意としていたそうです。
フェルミ推定とは「いくつかの情報をもとに論理的に数量を推定する手法」のことで、その求めたい量が直接調べることができないもののときによく活躍します。フェルミ推定自体は数学の分野というわけではありませんが、欧米では思考力を身に着けるために学校で授業で扱われることもあり、答えにたどり着くためには数学の知識を要するものです。
例題を1つ挙げてみましょう。たとえば、「日本にコンビニは何軒ある?」という問題を出されたら、あなたはどう答えにたどり着きますか?

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コンビニの数をざっくり計算する
なんとなく直感的に「〇〇軒」と答える人もいるかもしれませんが、直感だけではなくいくつかの根拠を元に答えにたどり着くのがフェルミ推定のポイントです。
たとえば、「人が多く集まる都市部には500メートル四方に1軒くらいの間隔である(ような気がする)」という経験上の根拠を活用してみます。つまり、都会においてコンビニは0.25平方キロメートルに1軒はある、という計算になります。
さらに、「田舎にはその10分の1くらいしかコンビニがない気がする」という根拠から、2.5平方キロメートルごとに1軒しかない、という計算ができます。
この経験による概算に加え、「日本における都会と田舎とほんとんど人が住んでいない地域の割合」と「日本の国土面積」があれば計算することができます。都会:田舎:ほとんど人がいない地域の比率を1:9:20(日本において森林が7割、という情報からおおまかに試算)、日本の国土面積を37.8万平方キロメートルとしましょう。
すると、このような式を立てることができます
378000×1/30÷0.25 + 378000×9/30÷2.5=95760
このフェルミ推定の計算結果によると、約9万6000軒あるという結果になりました。実際のデータによると約5万7000軒。だいぶ差があるように感じる方もいるかもしれませんが、フェルミ推定の精度の目安は「桁数があっていればOK(もう少し極端にいうと正確な数の1/5~5倍の範囲で収まれば上々)」ともいわれています。従ってこの計算結果はある程度正確に求められているということになります。
フェルミ推定の面白いところは、答えが1つに定まらない(もちろん1つの値を目指して算出していくことには変わりありませんが)うえに、導出方法も1つとは限らないところです。
先ほどのコンビニの数の計算を例に、他の計算方法も考えてみましょう。日本の面積を基準に求めましたが、人口を基準に考えてみるとこのように求めることができます。
1日1回、日本に住む5割くらいの人がコンビニを利用するとします。都市部のコンビニでは1分に1回くらいのペースでお会計が行われ、田舎では10分に1回くらいのペースでお会計がなされるとすると、都市部のコンビニ利用者は24時間(=1440分)のあいだに1440÷1=1440人、田舎では1440÷10=144人が利用するとなります。都市部と田舎のコンビニの数はそれぞれ同じだと仮定すると1店舗あたりの平均利用者数は(1440+144)÷2=792となり、ここから店舗数を概算すると
120000000×0.5÷792=75757.57…≒76000
となり、先ほど同様正しい答えに比較的近い値を求めることができるのです。
正確な値を求めていくのがよいのか、それともざっくりとした値を求めていくのがよいのかは、もちろん求めたい対象、そして時と場合によって異なります。今回紹介したフェルミ推定は、日常のなかでも使える場面が多いので、ぜひ色々なケースで試してみてください。