厳しい先生に「ひと聞き惚れ」した恋は、始まっても終わってもいない

厳しい先生に「ひと聞き惚れ」した恋は、始まっても終わってもいない

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2022/08/06
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わたしがふったということでもなければ、彼にふられたということでもない。

そもそも、わたしたちは"恋愛"という類では、なんの物語も始まっていなかったのかもしれない。

だが、この物語は、わたしのひと目惚れから始まる。

いや、ひと聞き惚れ、と言った方が正しいか。

恋人を「好きではなくなった」。自分でもわからない、私の感情

◎          ◎

彼はわたしの教師であった。

わたしたちが受ける授業の担当の一人で、授業も課題も、めっぽう厳しいという噂が流れていた。

当時、わたしは彼の担当外であり、噂しか耳に入ってきてはいなかったのだが、学生時代、勉強から悉く逃げていたわたしにとって、それらから逃れられている状況はむしろ都合が良かった。

だから、彼のことなんて気にも留めていなかった。

転機は、誰かの「寂しい人なんだと思うよ」という一言であった。

もはや誰が言ったのかも記憶にない。

ただ、その一言だけが頭に響いていた。

刹那、わたしは彼のことがとても気になった。

昔も今も、寂しい人や物に惹かれる性分で、ハッピーエンドよりアンハッピーエンドの小説や映画、歌ばかりがお気に入りに追加されていくわたしにとって、彼が寂しい人なのだとしたら、好きになるのはなにも不思議なことではなかった。

それから程なくして、わたしも彼の担当する授業を受けるようになる。

厳しいと聞いていた授業も、集中して受けていれば全く問題はなく、時々くだらないギャグが飛んでくるくらいに、彼は砕けた授業を展開していた。

ただし、そのギャグを誰一人として笑うことがなく、最悪な雰囲気ではあった。

わたし一人を除いては。

◎          ◎

ただ、彼を知りたかった。そして、わたしも彼の世界に入れて欲しかった。

見かけたらすかさず話しかけに行った。

彼の授業だけは絶対に真面目に受けて、お決まりのギャグも真面目にウケた。

彼の課題だけは、絶対にサボらなかった。

彼は、わたしが一時期熱中していたことのすごい先生で、一緒にやりたい!と懇願して付き合ってもらったことがあった。

その時に、こっそり電話番号をくれて、自分が溶けてなくなってしまうんじゃないかと思うほど、嬉しかった。

彼に会いたくて、彼が顧問をしている部活の公式戦に赴いて、彼が本気になって大声で応援しているのを見て、嫉妬して号泣したこともあった。

さらに、彼はわたしの父親と親交のあった方とも知り合いで、父親の話を聞いてもらうこともあった(父親についての詳細は「不自由はない生活。でも、私を愛してくれるのは、私しかいなかった」で語っている)。

「娘を愛していない父親なんていないよ」

そう言われたのをすごく覚えている。

それはあなたが愛のある人生を送ってきたからなんだろうね。わたしの父親はきっと違うと思うの。

でも、嬉しかった。この人には愛があるってわかったことが。

特に、教師と教え子という、禁忌だったから。

「恋愛として好き」という思いをどこかで封印していた。

だが、わたしが彼に恋焦がれていたのは、周囲にも確実に伝わっていた。

後輩には「先輩たちは絶対なんかあるって思ってました」と言われ、先輩には「大好きだもんね〜」と揶揄われる程に。

また、同級生らは彼のことを裏であだ名で呼んでいたが、わたしはただの一度もあだ名で呼んだことはなかった。

皆と同じように、軽率に、あだ名で彼を呼ぶことなどわたしにはできなかった。

それくらい、彼のことが好きだった。

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でも、ここで結論を言ってしまうのだが、わたしにとって、この物語はここが一番の盛り上がりどころであった。

あとは、ゆっくり、ゆっくり降下していく。

授業の担当が彼から変わったタイミングで、そっけなくされるようになってしまった。

それからは、ひたすら彼を追うだけの日々だった。

教員部屋のそばに自習席があり、毎日通って、そこから出てくる彼を待ち伏せしたり(一応、勉強もしていた)。

校舎の一角にある自習室の、あの席に座ると、教員部屋の出入り口がよく見えた。

そのため、そこを陣取って、彼が現れるのを血眼にして見つめていたり。

学生生活は彼一色だったと言っても過言ではなかった。

だから、何も伝えないで終わりにする、ということに躊躇いがあった。

でも、付き合いたいと思っていたわけでもなかった。

思いは手紙にしたため、卒業式の日に渡した。

別に読んでくれなくてもいいと思った。伝えたいけれど、伝わらなくても良い気持ちだった。

だから、家で読んでくれと念を押したし、その後は燃やしてくれとも頼んだ。

答えは返ってきていない。

何もないということは、ある種、ふらられている同然ではあるけれど。

でも、それでいい。それがいい。

わたしは、この物語を、始まってもいなければ、終わってもいないということにしていたいのかもしれない。

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彼は実にプレイボーイなのだ。

別れ際に「ちゅーする?」と言ってきておいてしないし、簡単に手を握ってくるし、「あいたいなあ」なんて優しくて穏やかな声で呟いてくる(もちろん卒業後の話)。

ねぇ、それ、誰にでもやっているんでしょう?

今では、たまに連絡をとってみるくらいの仲で、わたしたちは丁度良いところまで落ちて、着地したのだと思う。

もう、2人きりで会うことはないだろう。彼は独り身ではあるようだが、いろいろな事情があるみたいだし、なにせ定年したおじいちゃんなのである。

実父よりも長く生きているのだ。

そしてわたしには、心から愛している恋人がいる。

その人には誠実でいたいし、心配もかけたくない。

だから、今度こそ始まるということもない。

もう、あの日々の中で抱えていた、焦がれるような思いはない。

教師と教え子だったということ、父親と娘のようであったこと、年齢の壁があったこと、プレイボーイと付き合ったら気がもたないだろうこと。

あるいは、そんな風に思っていたのはわたしだけで、彼にとってはその他大勢の中の1人だったということ。

そして、わたしにはもう、大切にしたい、しなければならない人がいること。

ふった理由か、ふられた理由があるとしたら、たぶん、そんなことだろう。

でも、どうしようもなく大好きだったのも事実で、今も彼を思っていることには変わりない。

だからわたしは、彼の幸せを願っている。

【厳選】恋人の条件は「内面」だけ?文系の私が飛び込んだSEの世界で得たものは…6月に読まれたエッセイ

千凪-Sena-

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