昨年準優勝コンビ・かまいたちが語るM-1秘話「100回推敲したネタを本番直前に捨てた」

昨年準優勝コンビ・かまいたちが語るM-1秘話「100回推敲したネタを本番直前に捨てた」

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2020/11/22

お笑い界最大のイベント『M-1グランプリ』も準決勝まで進み、25組にまで絞られた。昨年、本大会で準優勝し、快進撃が止まらないコンビが結成17年目を迎えるかまいたちだ。

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今年、『かまいたちの机上の空論城』や『かまいガチ』など待望の冠番組がスタート。2月に開始したYouTubeチャンネルの登録者数は約66万人と、その勢いはとどまるところを知らない。テレビ、ネットとメディアを縦横無尽に駆け回る彼らが目指すものとは?

◆市場原理にそってギャラアップを狙ってます(山内)

――一昔前は芸人にとって「売れる=テレビに出る」でしたが、かまいたちさんはテレビにラジオ、YouTubeに加えて、TwitterTVなど多角的に活動していますね。

山内:僕らは、やれる分の仕事は、全部やらせてもらう主義なので。

濱家:テレビでもネットでもラジオでも、基本的にはやってることは全部同じですから。テレビではカットされる部分がカットされないのがYouTubeみたいな感じで。

――YouTubeは、2日に一回は動画をアップしています。いつ撮影しているんですか?

濱家:本当に時間はないです。移動中のタクシーや営業先でも、隙あらば動画を撮影してるような状態で。でも、結成当時からずっと「寝る間もないほど忙しくなりたい」と思っていたので、苦ではないですね。

山内:忙しくすることで密かに狙ってるのが、ギャラアップです。オファーが殺到しないとギャラは上がらない。それが市場原理。オファーを受けるだけ受けて、「もうスケジュール的に無理です!」となったとき、ようやく「これだけギャラを出すんで」と言ってもらえる日がくる。

濱家:それ大事! そのために、今いろんなところに出てます(笑)。

山内:だから、どのメディアに出るか、あまり気にしてないです。もしYouTubeで月に1億円もらえるなら、YouTubeを主戦場にしますよ。そのときは、まずラジオを真っ先に切り捨てます!

濱家:おい、あかんやろ!

◆「絶対売れる」と言われて売れなかった11年前

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――おふたりは関西でたくさんのレギュラー番組を持つ売れっ子芸人だったわけですが、東京でも手応えをつかんだ出来事はなんでしたか?

山内:やっぱり’17年のキングオブコント優勝と’19年のM-1グランプリ準優勝が大きかったです。関西でいろいろロケ番組なんかやらせてもらってましたけど、それも関西の賞レースでタイトルを取ったから。だから、「全国区を目指すなら、全国区の賞レースを取らなあかん」と思ってたんです。

濱家:僕らは特に一芸があるわけでもないし、ひな壇で目立つタイプでもない。名刺代わりにタイトルを取らないと誰からも目を向けてもらえないとわかってたんで。

――実は’09年にも『ふくらむスクラム!!』で一度東京進出を果たしていますよね。『めちゃイケ』や『はねトび』を輩出した若手発掘枠で、意気込みも大きかったのでは?

山内:メンバーに選ばれただけで売れると言われていた枠なので、大勢の先輩から「お前ら、売れたな!」と言われたんです。で、蓋を開けたら、半年たたずにすぐ終わりました。そんなんある?って。

――番組が終わったときは、どんな心境でしたか?

濱家:ただただ恥ずかしかったです。「あの番組に出たら、絶対に人生が変わる」と言われてたのに、何もなく終わってしまって(笑)。

山内:でも、僕らがネタを作っていたわけじゃないから、僕らがスベったという感覚はそこまでなくて。

濱家:ほとんどネタには絡めてなかったもんな。

山内:それでも「絶対、大丈夫」って何度も言われて信じてましたけどこのとき「“絶対”はないんや……」と思い知りました。

濱家:ただ、この番組のディレクターさんに「ポップにしたほうがいい」と言われて、コンビ名を鎌鼬からひらがなに変えたのは正解でした。

◆キングオブコント2回戦落ちで目が覚めた(山内)

――そんな挫折を味わいながらも、自分たちのネタで’17年にキングオブコント優勝を勝ち取りました。もう一度全国区にリベンジしようと思ったきっかけは?

山内:一番は’15年のキングオブコントで2回戦敗退したことです。それまで第1回から7年連続で準決勝まで進出してたのに、その年だけ急に2回戦で落ちたんですよ。

濱家:平たくいえば、舐めてましたね。見抜かれたんだと思います。

山内:僕のなかでは準決まで行ってギリ芸人やってますって言えるラインだと思ってるんです。だから、ずっと準決まで行ってた俺らを落とすわけないやろって。

濱家:2回戦で落ちるって素人さんと一緒。プロを名乗っちゃいけない。最高に恥ずかしかったです。

山内:それ以来、意識を変えまくりました。まず、大会に向けて練習する量がめっちゃ増えた。

濱家:ふたりともサボりたがりの面倒くさがりなので、ネタ合わせもポイントだけ確認する程度やったんです。でも、それからは毎日ネタ合わせするようになりました。

――そのかいあって、2年後にキングオブコントで優勝。’19年にはM-1で準優勝しました。

濱家:実は山内は’18年のM-1の時点で、「思い切りできたから満足」と終わりにするつもりやったんです。でも、僕は自分の間も表情も声のボリュームも納得いかなかった。「もっと山内のおもろいところを引き出せたし、まだまだ俺らのおもろさが伝わってないんじゃないか?」と悔しくて、山内に「もう一回出たい」と直訴したんです。

山内:正直、「面倒くさいなあ」と(笑)。ただ、やるからには納得したいので、大会が近くなると、舞台で毎回M-1でやるネタばかりやっていました。微調整しながら、一日10回は同じネタをやったり。

濱家:一緒にいない時間はLINEで台本を直し合ってました。寝る時間以外は、ずっとネタのことだけを考えてましたね。

◆1%でも納得できないネタを舞台にかけたくない(濱家)

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――そこまで試行錯誤を繰り返すと、途中で「どれが正解なのか?」がわからなくなることも?

山内:めちゃくちゃ迷います。だから直前になって、用意したネタを捨てることもあって。準優勝したときの「一度もトトロを見たことがない」というネタも、実は準決勝の11日くらい前までは別のネタで勝負しようと思ってたんです。でも、そのネタのウケがいまいちな気がして、急遽「トトロ」に切り替えたんです。

濱家:その捨てたネタも、M-1のために3~4か月かけて、それこそ第100稿くらいまでいってるネタだったんですけど。

――それを完全に捨てるんですか!?

山内:ネタ墓場には相当送り込んでますね。でも、やっぱり自分たちが納得できるかどうかがすべてです。若手の劇場ではウケるけど、NGKではウケない。大阪ではウケるけど、東京ではウケない。そういうばらつきのない、どこに出そうが必ずウケるというのを一番大事にしてます。練習量や技術は他の人が上の可能性がありますけど、納得できるかどうかは自分たちだけのものなので。

――「面倒くさがり」どころか、超ストイックじゃないですか。

山内:いやいや、怠惰を求めた末に勤勉に行き着いているだけです。最初に頑張って、ささっと大変なことは終わらせたい。でも、結果的にM-1で準優勝したことで劇的に環境が変わりましたね。キングオブコント優勝でそれなりに売れたつもりでいましたけど、もう一段階上の世界があった。ほんま、濱家の言う通りにしてよかった(笑)。

◆「千鳥さんに追いつきたい」という欲が出てきた

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――一段上がったことで冠番組も始まりましたが、とても初の冠とは思えない安定感があります。

山内:僕らは、幸運なことに早いうちからNMB48さんと共演する番組のMCをやらせてもらっていたんです。アイドルだから芸人相手よりもいろいろ大変で、そのおかげで鍛えられた部分はあると思います。

濱家:大阪の芸人は大阪と東京の2回売れなあかんと言われますけど、若手でも場数を踏めるのが大阪のよさだと思いますね。

山内:大阪でロケを年間300本くらいやらせてもらって。地獄のようなロケもたくさんありましたけど、その経験が、今に生きてます。

――大阪のロケで実力をつけて、東京に進出して冠番組を持つというのは、先輩芸人である千鳥さんに近いイメージがあります。

濱家:千鳥さんの存在はデカいです。この間、ノブさんにお話を伺う機会があったんですけど、それこそストイックにめちゃくちゃ考えてはって。「これだけすごい人が、まだどん欲に物事を考えてる」というのが衝撃で。それに比べたら、俺なんか何者でもない。でも、衝撃を受けた分、「この人に追いつくには生半可じゃ無理や。けど、やっぱり追いついて追い越したい」という欲も出てきました。

――トップがあぐらをかいていてくれたら、楽なんでしょうけれど……。

濱家:ダウンタウンの松本さんも今なお新しいコンテンツを常に生み出していますよね。トップの人たちがそうなのに、俺らみたいなのが一個一個の細かいことに気づいて、能力を上げる努力をせえへんかったら、今の立場なんて一瞬で消えますよ。だから、一生死ぬ気で走り続けます。

山内:若手もバンバン出てきてるんで、そこも引き離しにかかりたいですね。そのためには、キングオブコントとM-1の審査員……いや、審査委員長をやりたい!

濱家:審査委員長に辿り着くには、まず審査員が全員後輩にならなあかんから、どんだけ時間かかんねん! まぁ、がんばろ(笑)。

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【Kamaitachi】

山内健司(’81年生まれ)と濱家隆一(’83年生まれ)からなる関西出身のお笑いコンビ。共に大阪NSC26期生として入学し、’04年にコンビを結成。関西で多数のレギュラー番組を持ちつつも、’18年に東京進出。多数のテレビ番組出演のほか、ネット上でも活躍

取材・文/藤村はるな 撮影/ティム・ギャロ スタイリング/嶋岡 隆(Office Shimarl)

※11/17発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』より

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