エリート証券マンの退職が止まらない!ヤバすぎる証券業界の人材流出

エリート証券マンの退職が止まらない!ヤバすぎる証券業界の人材流出

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/09/16
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社長表彰の常連社員、労組の委員長経験者、海外修練生に選抜された営業成績優秀者……。旧態依然としたビジネスモデルと既得権益に拘泥し、改革に取り組もうとしない状況に痺れを切らした大手証券会社のエリートたちが、近年、IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)に転身し、新たな証券ビジネスモデルの開拓に挑戦しているという。9月16日発売の新刊『証券会社がなくなる日――IFAが「株式投資」を変える』(講談社現代新書)の著者・浪川攻氏が、国内外の証券業界における最前線の動きをレポートする。

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これまでとは異なる人材流出の動き

「野村證券の優秀な若手社員二人が、退職して新たな事業を立ち上げている」

そんな話を聞いたのは、2019年晩秋のことだった。証券業界からの人材流出がトレンドとなっている。ここ数年、業界最大手の野村證券ですら、その手の話は珍しくなかった。したがって聞き流そうともしたのだが、「新たな事業の立ち上げ」という言葉に何かが引っかかった。

新事業とは何か。こう尋ねると、情報を提供した人物はニヤリと笑って答えた。

「大手証券を辞める20代後半から40代半ばのトップセールス層の営業社員を対象とした、転職ナビゲーションサイトです」

あらためて言うまでもなく、もともと中途退職が日常的に発生するのが、証券業界の特徴である。外資系金融会社をクライアントとする、優秀な人材獲得を狙う複数のヘッドハンティング会社が金融業界を徘徊している、という話にも事欠かない。

しかし、「大手証券を辞めた社員が、これから辞めようとする個人向け営業マンを手助けするための転職サイトを立ち上げる」という話は初耳である。率直に言って驚かされた。

そして、こう直感した。証券業界からの人材流出は、新たな段階に切り上がっている、と。

一挙に興味がわいてきた。

いま一度繰り返すが、かねてこの業界では「何年入社組の歩留まり率は高い」などと言われるほど中途退職は恒常化していて、多くの退職者が生ずることを織り込んだ大量採用方式がとられてきた。退職組の中にはヘッドハンティング会社ルートで、外資系を含む別のライバル会社に転職するパターンも少なくない。

ただし、そうした証券業界において、営業社員が「担当する顧客を引き連れて転職すること」は、裏切り行為として長く御法度とされてきた。これは裏返せば、「その業界慣習を守りさえすれば、ご自由にどうぞ」という、転職に対する寛容なカルチャーの表れとも言える。

いや、ここで「寛容」という表現は適さないかもしれない。

厳しい営業ノルマに押しつぶされ、篩(ふるい)から落とされる社員が一定比率、存在することをあらかじめ想定しているからこそ、退職、転職をネガティブに捉えない風土が醸成された、と言ったほうが妥当だからだ。

「会社に見切りをつけた」エリートたち

もっとも、2013年以降はアベノミクスで株式相場が回復するに伴い、一時、証券業界の中途退職は激減していた。

「最近、営業社員に対するプレッシャーが甘いのではないか」

かつてハードセールスで鳴らした証券OBの中には、保有する自社株が大幅な含み損を抱えていることへの不満もあってか、いまは幹部に出世している元部下たちにねじ込んだ人もいるという、"いかにも"な笑い話が流布されるほどに、営業社員が定着化した局面が続いていた。

ところが、である。ここ数年、再び、若手社員の退職が増え出していた。それも過去にはなかった形での再燃である。ノルマに押しつぶされた脱落パターンに代わって、近年は優秀な営業実績を上げ続けてきた若手社員の退職が相次いでいる。いわば、「会社に見切りをつけた」といえる新たな展開である。

大手証券ではエリートコースの代名詞ともいえる労働組合の委員長経験者が辞表を出したり、営業成績で社長表彰を受ける常連社員も退職したり、とにかく、話題は尽きない。

したがって、いかにトップ証券を舞台とした「優秀な若手の退職」といえども、それだけでは興味はそそられなかったのだが、気分は変わった。さっそく、野村を退職した若手二人の話を提供してくれた知人に依頼して、当事者たちに話を聞くことにした。

証券ビジネスの場合、優秀な人材という言葉からは百戦錬磨の「凄腕営業マン」という姿を思い浮かべやすい。脂ぎった押しの強さ、なりふり構わぬ"爺殺し"ぶり、相手の事情など頓着しない図太さ等々である。

実際にはそのようなタイプはかつてほど多くはなくなったが、それでも、財務大臣がいまだに証券会社を「株屋」と蔑む程度には存在していて、そのイメージを払拭し切れてはいない。ただし、利害得失がない限り、彼らはきわめて観察甲斐のある面白い傑物で、自然とその話術に引き込まれがちになる。

はたして、これから会う二人はどのような人物なのか。「新たなファンドを組成し、わが国にも投資の革命を起こす」というような大言壮語タイプなのか、それとも、ベンチャー経営者のようにラフな普段着に身を包んだいまどきの若者なのか。

想像を膨らませながら待ち合わせ場所に向かった。

出世コースを歩んでいたのに

東京・大手町のカフェに時間通りに着くと、すでに二人の若者が待ち構えていた。きちんとした身なりで、さわやかな笑顔。それはあれこれと頭に浮かべた人物像のどれにも当てはまらないタイプだった。

この日、出会ったのは平行秀、松岡隼士の両氏である。大学の同じゼミで1年次違いの両氏が2011年、2012年に相次いで野村證券に入社。平氏は新宿野村ビル支店、松岡氏は横浜支店を振り出しに優秀な実績を上げ、その証として、平氏は海外修練生としてロンドンに派遣され、松岡氏は本社ソリューション・アンド・サポート部に異動した。将来を嘱望されている社員の典型的なエリートコースといえる。

ちなみに海外修練生は、優秀な営業実績を上げ続けた若手社員の中から選りすぐられた者にだけ与えられる、1年間の海外研修制度である。一般的な留学制度ではなく、自分の興味ある分野の知見を高めることを目的としている。

一方、ソリューション・アンド・サポート部は全国の営業拠点で汗を流す営業社員たちを支援する本部セクションだ。やはり、すぐれた実績を築いて社内で高い評価を得なければ、その部署には配属されない。

したがって、2019年春、入社9年目の平氏と8年目の松岡氏が揃って辞表を提出するとは、おそらく社内の誰もが予想していなかったにちがいない。しかし、退職するまでの間、悩みを深めていた彼らは、しばしば電話で相談していた。

当初は「野村をこういうようにつくり変えたいね」という会話だったが、次第にその内容は変わっていった。会社任せではなく、「自分たちの力で新たな証券ビジネスが生まれるプラットフォームをつくろう」と。会社を変えるのではなく、「証券ビジネスの根幹を自分たちが変える」という、途方もない決断をしたのだ。

その出発点はどこにあったのか。実は「営業目標の達成はさほど難しいことではない」と言い切る彼らが、日々の営業活動の中で浮かんだ疑問からだった。それはきわめてベーシックであり、したがって、本質的な問題への疑問でもあった。

「私たちの職場では、なぜ、顧客が担当者を選べないのか」

「なぜ、私たちは職場で自分たちの転勤、キャリア、実績数字の話しかしないのか」

職場では「顧客が主語となるような会話はまったくなかった」と二人は振り返る。

現状の証券業界への不信感

これは、言い得て妙なほどに、金融ビジネスの今の病巣を抉り出した表現と評していい。近年、金融庁は「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」を打ち出し、その和訳である「顧客本位の業務」を提唱していた。

そんな概念的なニュアンスより、彼ら二人の言う「顧客が主語となって、顧客が選ぶ」のほうが、圧倒的にわかりやすくてリアリティがある。逆にいうと、

「証券会社が顧客を選び、顧客に何を買わせるか」

「顧客をどう誘導し投資させるのか」

という発想に未だ固執し続けているのが、証券業界の生々しい現実ということになる。

自社の事業計画に基づいて営業計画が策定され、それを達成すべく、本部から営業店、そして、営業店から個々の営業担当者へと「営業目標」が課されている。多くの場合、月次単位で細分化され、さらには週次、日次の営業成績が集計されて、最終ゴールまでのラップレコードの順位付けで営業担当者の尻叩きが行われる。

同じ金融ジャンルの中でも、とりわけ証券ビジネスでは厳しいノルマが業界風土のように定着していて、根性や人情をフル活用した、浪花節的なセールス活動を展開してきた。

上司は「なんとか、顧客にはめてこい」と檄を飛ばし、担当者は「今日は何人の顧客に売り込みました」という表層的な会話が職場に充満する。確かに、そこには顧客を主語とする会話はない。「顧客」は「を」「に」が後につく目的語と化している。

そのような営業スタイルからの脱却を目指して模索する動きは、これまでまったくないわけではなかった。かの二人が在籍した野村證券も、前時代的な営業姿勢を改めようとしてきた一社である。

実際、平均的に見れば、かつてほど顧客無視のセールスはひどくない。「問題を引き起こすようなセールスは厳禁」というルールを掲げる証券会社も現れてきていた。

だが、その一方で、株式の委託手数料、投信の募集・販売手数料で構成される営業目標は厳然として設定されている。その達成へのプレッシャーは、上司のチェックから始まり、人事評価にまで及んでいる。

結局、顧客無視、軽視のセールスは会社が命じたわけではなく、あくまでも「営業社員が勝手にやり過ぎたことである」という体裁へと変わっただけに過ぎず、その内実はまったく変わらない。

いわゆる「押し売りセールス」「お願いセールス」「おべっかセールス」であり、顧客からの不平、不満、苦情を誘発しやすいという意味では、以前と同様のままなのである。

そもそも、こうした努力は時代の変化を先取りするものではない。典型的な後追いパターンであり、結果として時代の変化とのギャップを埋めることはできず、むしろ広がり続けていた。

IFA=証券リテール営業の新たな担い手

だからこそ、営業現場の優秀な若手社員ほど、こうした事態に対して疑問を抱き、不信感を募らせた。それに拍車を掛けたのが、金融商品取引法上に規定されている金融商品仲介業、英語だとIFA(Independent Financial Adviser=独立系ファイナンシャル・アドバイザー)という、証券リテール営業の新たな担い手の存在である。

IFAについては拙著『証券会社がなくなる日ーーIFAが「株式投資」を変える』で詳述するのでここでは簡単な説明で済ませるが、証券会社には属さず、自分の考え方に基づいて顧客(個人投資家)に資産形成のアドバイスを行う一方、提携する証券会社から業務委託手数料を得る職業のことである(下図参照)。

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いうなれば、平、松岡の両氏が表現した「顧客が主語になる」可能性を秘めたビジネスモデル、と解釈してもらってかまわない。組織のあり方に疑問を抱く多くの優秀な営業社員がIFAへの関心を高めるにつれ、IFAに転職する動きが強まった。

IFAこそ、「優秀な社員が辞表を提出」という新たなパターンを証券業界にもたらしたともいえる。現に野村證券でも平氏と同様、海外修練生に選出・体験した若手社員の中から、退社してIFAに転ずる人たちが現れている。

証券分野の専門家であれば、いまや、米国ではIFAが巨大証券会社に所属する社員と比肩する存在になっていることを知っている。そして、わが国でもIFAはこの10年間、先駆的な人たちの努力によって、少しずつではあるが徐々に知名度を上げてきた。この5年ほどの間、良質なサービスを提供する一部のすぐれたIFAたちの努力が実りつつあることもまちがいない。

だが、株式投資にあまり関心のない人には、「IFAって何?」と首を傾げる向きのほうが圧倒的に多い。依然としてその社会的な位置は「どこの馬の骨かもわからない新参者」というレベルから抜け切れていない。

おまけに、わが国では「ビッグネームの巨大企業のほうが信用できる」という高度経済成長期の残滓のような観念が根強く残っている。巨大な看板を店先に掲げる「カンバン効果」はやや弱まってきたとはいえ、それでも未だ「カンバンの大きさが知名度の高さ」であり、それを「信用力」と誤解している人が多い。

「ウチのカンバンに傷がつく」などと古典的な発想を曲解しながら捨てきれずにいる、証券会社の経営者もまた多く存在している。

米国では支店長が「どぶ板営業」

そうした中、このたび上梓した『証券会社がなくなる日――IFAが「株式投資」を変える』は、いまや2兆円規模ともされる日本のIFAビジネスを補助線としながら、国内外の証券業界における最前線の動きを追ったものだ。

日本の証券業界がいまも旧来型のビジネスモデルに拘泥している「儲けのカラクリ」とは何か。米国の証券業界を取材・調査した結果についても詳細にレポートしているが、かの国では支店長が「どぶ板営業」している実態、買収や合併が相次ぐ躍動感には、驚くほかなかった。

そんな海外の状況に影響を受けて、新たなビジネス構築のために走り出している4人の証券パーソンの証言も紹介する。思いもよらず起こったコロナ禍をものともせず、「相場の話はしない」「売れる商品でも売らない」などという従来の業界慣習とは大きく異なる姿勢は、今後の投資行動を考える上で参考になるはずだ。

2018年に金融業界が色めきたった「野村買収」情報や、ソフトバンクの株式上場時に起きた「厳しい結末」などを提示しながら、日本の証券業界の象徴ともいえる野村が抱えている課題を指摘する一方、近年、その野村證券を凌ぐほどの勢いで、飛躍的な成長を遂げているネット専業証券業界についても分析した。

現状、SBI証券と楽天証券が勝ち、マネックス証券と松井証券、auカブコム証券(旧カブドットコム証券)が負けたのはなぜか。

次の時代に存続する証券会社の姿を考える一助となれば幸いである。

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