ストレスで、すべてが灰色に見え始めた。思いつきの韓国留学から得たものは

ストレスで、すべてが灰色に見え始めた。思いつきの韓国留学から得たものは

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/02/23
No image

わたしが働く理由は、会社を辞めたときに気づいてしまった、”あること”をきっかけに大きく変化した。

私は小さい頃から何事にも熱く、まじめな性格で、自分が社会貢献できる仕事をしっかりみつけようと、就活も、多くの人が3年の中盤~4年の初めに始めるところを、大学2年の初めから始めていた。合計で100社以上の説明会やインターンに参加したノートは10冊にも及ぶ。

そのおかげか、大手の外資系メーカーに就職がきまった。

入社前は、働くのが楽しみで仕方なかった。外資といえば、スタバのカップを片手に海外のクライアントと会議したり、海外出張したり……そんな妄想が広がっていた。そして、誰かの日常を、私の商品で一瞬でも輝かせたいという使命感に燃えていた。

第一志望ではなかった高校の入学式。「決めたのは君自身」校長の言葉が刺さった

追い詰められていたある日、花の色がわからないことに気づいた

だが、現実は理想と程遠かった。メーカーの営業だから、顧客は日本の小売企業だ。小売のバイヤーと英語で話す機会なんてあるはずがない。それにキラキラと説明会で見せられた働き方とは裏腹に、配属一か月もたたないうちに、深夜まで残業するのが当たり前になった。

そして何より、私の成績は厳しい売上目標の達成度で決まる。でも日本の市場は少子高齢化で縮小しているから、これから消費が増える訳がない。消費が減ったのにメーカーの売上が増えるということは、店舗に売れない無駄な在庫を増やしたということだ。そして、その在庫が増えるほど私の評価は上がる。わたしは商品を通して、一瞬でも誰かの一日を輝かせたいと思って入ったのに、やっているのはその逆だと、罪悪感がつのった。

そんな精神的に追い詰められる日々を数年すごしたある日、通勤中にみた生け垣の花の色がわからないことに気づいた。すべてが灰色に見える。ストレスから強い動悸も出始めた。これはいよいよ精神的にやばいと思い、会社をやめた。

やめたあとは一週間くらい、死んだように、床から動けなかった。「私が弱いから、転職がネガティブな日本で会社をやめてしまった」と自責の念、恐怖、後悔が私を襲って、とにかく涙がでた。人の目を輝かせたくてやっていた仕事で、私が目の輝きを失ってしまった。

そんな中でも真面目な性格の私は、体に鞭打って自分のやりたい仕事を探るための行動にでた。シナリオを学んだり、音楽プロデューサーの前で歌ってみたり、ヒップホップ教室で踊ってみたりした。でも、どれもしっくりこなかった。歌手になるには声が平凡だし、シナリオをかく忍耐力はないし、ヒップホップをやるほどイケてない。

ふいに「韓国にいきなさい」という声が脳内に聞こえた

そんなある日、電車に乗っていた時、ふいに「韓国にいきなさい」という声が脳内に聞こえた。

それで、帰宅するとすぐに、韓国の大学に留学の申請をした。あまりにも急な展開だ(笑) 元々、韓国から見える日本や、歴史に興味があったし、私が行くことで、20代の貴重な時間とお金を使っても、相手の国を知ろうとする姿勢を見せたら、いつかどこかでお隣の国同士の関係をよりよくするきっかけになるかもと思った。

1,2か月で留学手続きがおわり、あとは出発を待つだけになった。出発の前に時間があるし、友達に最後に会いたいと思った。

そして、私は気づいてしまった。

「わたし、友達がいないじゃないか」

考えてみると、土日も常に働いていたから、疲れすぎて友達と連絡もできず、そのうち皆と疎遠になってしまったのだ。

そして、毎日一緒にすごしていた会社の人とも何の繋がりもなかった。所謂「プライベートで会社の人と関わりたくない」というやつで、職場からでれば、皆わたしとかかわりたくないんだなあと思った。

あんなに精神を崩してまで働いて手に入れたものが何もない?てか、むしろマイナスじゃないかと、とても空虚な気持ちになった。

誰かの人生よりもまず、“わたしの人生が”輝くべき

留学から帰ってきて、私はまた同じ業界の別会社で働きだした。

転職してからは、虐待を受け攻撃的になった犬が、徐々に心を開いて優しい心をとり戻すように、今の会社に入って私の心の傷は徐々に治癒していった。初めのうちは、「仕事は私に何も残してくれない」という教訓をもとに、絶対に無理をしない!と、無駄に定時ピッタリに帰ったり、休日は携帯を機内モードにして強制的に仕事をシャットダウンしたりして、アグレッシブに自分を守った。しかし、そんなことをしなくてももう攻めてくる敵はいなかった。誰も休みに連絡しないし、辛い仕事もない。

私は日本にホワイト企業があることを知ってしまった。営業だけど、前のように在庫を押し込まなくていいし、困れば助けてもらえるし、残業もほぼない。友達と話す時間もあるし、同僚と社外で会うこともできる。

すると、自然と休みの日に仕事の勉強をしたり、仕事とプライベートの垣根がなくなることに寛容になった。

“何も私に残してくれない”ということに気づいたからこそ、「そんなものに力を注ぐ必要はない」と、「“誰か”を輝かせる」なんて使命感は抜きで、まず「“わたしの人生が”輝くべき」と、力を抜いて仕事と向き合えて、お互いの本質がわかった気がする。

だから、今の私が働く理由は「正直そこまで考えてない」だ。やらなきゃいけないからするし、楽しいからするし、お金が必要だからするし、人のためになりたいからするし、そんな風にゆる~く捉えている。

仕事で何かを成し遂げるべき!こんな目標があるべき!と思っていたけど、今はそこまで燃えなくていいと思うし、寧ろ燃えていない今の方が私は燃えているのだ。心の安定がとれて長期的に安定して働けるから、それが結局、お客さんや会社のためにもなる。矛盾のようだが、仕事なんてしょーもないととらえることが逆に、仕事って良いなと思わせてくれるようになった。

こんな風にゆるく捉える前には、あのピンと張りつめた過去があったことを忘れずに、自分のリズムを大切に今後も働きたいと思う。

【厳選】母の浮気が原因で父が暴力、「家族ごっこ」はいつまで?両親の不和から結婚を考えるエッセイ5選

Rinoa

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加