日本のAI第一人者が教える「取るべき戦略は3つのステップだけ」

日本のAI第一人者が教える「取るべき戦略は3つのステップだけ」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/09/19

半世紀にわたるソフトウェア産業史の末、生成AIに沸く2023年の世界。

恩師と教え子であり、ビジネスパートナーでもあるAIの旗手、東京大学大学院教授「AI戦略会議」座長の松尾豊とPKSHA Technology代表取締役の上野山勝也が現状認識を語る。

松尾豊(以下、松尾):この半年ほどで、生成AIに関しては「どうやって使えばいいか」「どう変わっていきそうか」などが相当見えてきました。研究も盛り上がっているし、どんどんサービスが生まれる状況は楽しいですね。

上野山勝也(以下、上野山):自分たちの会社でも20種類の「AIアシスタント」をつくりました。そのエージェントが社内のネットワークを動き回って対話し、社員がいろいろ試して何が起こるかというプロジェクトを続けています。

松尾:AI関連のスタートアップが起業する例も国内で増えていて、いいことだと思います(編集部注:東京大学発のスタートアップは過去10年でおよそ300社が創出、近年では本郷地区にAIスタートアップによるエコシステムが形成されている)。チャンスだらけでこんなに面白い時代はない。むしろ、やり切れなくて困るぐらい。

上野山:まさにそんな感覚ですね、無限に新規事業を思いつきますから。ただし、世間がもつ大きな誤解は、生成AIが最終成果物だと認識されていることです。「結果」ではなく、結果を劇的に変えるための「つなぐ道具」ととらえるべきです。

松尾:僕はある講演で「日本で今後数兆円ぐらい投資できる産業は、医療と金融と製造業ぐらい。そことAIを結び付ける必要があるし、うまくつなげられる可能性は十分ある」と話しました。その後、聞いていた人から「これからAIの新産業が現れると思っていましたが、自分たちの業界に関係あるとは。ようやく目が覚めました」と。生成AIはとっつきやすいから本当は誰でもやれるし、そこから大きな付加価値につなげていくこともできると思います。

経営者は「本丸」のステップ3を目指せ

上野山:企業の人に向けて、松尾さんはどんなことを言うのですか?

松尾:ChatGPTがわかりやすいから、経営者にとっても「生成AIは親しみやすい」と伝えます。でも自分たちの業界がどう変わっていき、そのなかで自社がどう動いていくかにピンとこない人は多いです。最終的には、DXや業務改革の話につなげて「AIで組織を変える」「新しい付加価値をつくる」ところまでたどり着かなくてはいけない。経営者がちゃんとステップを進んでいけるかが大事です。

上野山:ゴールまでのいくつかの段階を指南するわけですね。

松尾:ステップ1は「ひとまずChatGPTを使ってみてください」。次が、組織内の文書を検索可能にして「会社の情報を踏まえてChatGPTが答えられるようにしましょう」という2番目の段階です。それを「なんとかGPT」というかたちで、「うちも生成AIをやっています」と宣伝する会社も増えていますね。

上野山:でも、本質的にはさらに踏み込んだ改革が必要になってくる。

松尾:もちろん、そこで終わってはダメです。3番目は、企業内で複数のアプリケーションをつくっていくステップです。場合によっては、独自のファインチューニングモデル、あるいはLLM(大規模言語モデル)をつくってもいいかもしれない。上野山さんがやられている「社内でAIエージェントが動き回っている」という例は、だいたいステップ2から3にかけての取り組みですよね。ステップ3になると従来のDXにおける開発やシステム開発に近いので、だいぶ規模が大きなプロジェクトになります。

上野山:それをやり遂げれば大きな業務効率化なり、新しい事業の構築なりにつなげられるでしょう。
松尾:生成AIをめぐる変化のスピードがこれだけ速いなか、ほとんど世界の動きと遅れずに日本がついていけている現状は過去にありえなかったすごいことです。しかし、それが最終的に売り上げや利益、付加価値に結び付かないと当然ながら意味がない。「ChatGPTでブレストができます」「問い合わせ対応ができます」という話から始めるのはいいのですが、もっと大きな変化につなげないといけないし、それこそ日本の企業がグローバルで影響力をもてるぐらいまでにビジネスを変えていかないと。それができて初めて大きな価値になるということです。

上野山:しかし、現実にはステップ1にもハードルがある組織があります。

松尾:そう、ChatGPTが使用禁止の企業も多くあるわけです。「まだ使える仕組みを整えていない」「ガイドラインをつくらないといけないので大変だ」という具合に。やったらいいことが明確なのに、現行のシステムや組織では実際上、やることが難しい。権限をもったトップがリーダーシップを取ってやればいいですが、なかなかそんな具合にも進みません。

変化を阻むのは「古いアルゴリズム」だ

上野山:企業内の人にとって難しいのは、やらなくてはいけない課題が明確でも、古いアルゴリズムが人間を制御してやらせてくれないこと。あらゆる場面で言われる話ですが、新しいアルゴリズムにジャンプできないことが最大の問題です。

松尾:そもそも、世の中の問題は「根っこ」をたどると数えるほどしかなくて、すべての問題がそこから派生しています。例えば、ITベンダーのスピード感に欠ける多重下請けシステムはどの会社にも悪気があるわけでなく、歴史的経緯もあってそうなっています。でも、いまの時代における行動の戦略は単純で「ハイサイクルで試行錯誤の数を増やして、そこからいいものをくんで、悪いものをやめる」ことをやるだけですごく成長するし、スピードは上がります。やったほうがいいに決まっているけれど、既存の仕組みだと障害が多いですよね。

上野山:同じく、企業でデジタルリテラシーが高い人物を登用したいのに、「まだ若いからダメ」みたいな事態になるのも、システムやルールの前提がアップデートされていないからです。

松尾:年齢うんぬんというのも、また根本的な原因のひとつです。外形的なことにかかわらず、優秀な人物を評価して、そうでない人物を評価しなければいいんですよ。本当に簡単なことなのに、それができない。

上野山:デジタルが真っ先に変わって、次にコンシューマーが変わって、最後にシステム側が取り残されてアップデートされないという構造的な問題があります。難しいのは、やはり古いアルゴリズムが強い組織。そこで本来やるべきは人事制度の変革ですよね。人事制度は「いい」と「悪い」を評価するものですが、そのパラメータを変えなくてはなりません。昔の「いい」の基準のままだと、いまの時代の「いい」人は正当に評価される新しい組織に流れやすいです。

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Open AIのサム・アルトマンCEOは、2023年に入り立て続けに来日。4月に首相官邸で岸田文雄首相と面会、同社の日本オフィス設立およびChatGPTの日本語サービス拡充検討を表明した。写真は6月12日、慶應義塾大学三田キャンパディープラーニング協会理事長、ソフトバンクグループスで催された学生たちとの対話集会にて。同大学理工学部の小原京子教授(日本IBM出身)がモデレーターを務めた。

自分ごと化で「勝ち筋」に到達できる

上野山:あらためて生成AIの正体を考えると、これはディープラーニングネットの巨大な進化形です。つまり10年ぐらい前から粛々とAIが進化してきた結果であり、決して一時のハイプ(熱狂)ではありません。「ソフトウエアがAI化していく」という流れは、確定した未来ですから。

松尾:変化する方向も明らかに見えているし、5年、10年前から、その方向に向けてずっと進んでいます。ただ、先に言ったようないろんな障害があって、素早い変化をなかなか起こせない。その障害を一生懸命に取り除きながら「見えている未来の方向」に向かっていると僕は認識していたし、多くの人もそう認識しているだろうと思っていたら、実は「わかっていない人」も多いことに最近あらためて気づきました。その意味でも、もっとかみ砕いてわかりやすく発信しなければと思っています。

上野山:無理もないと思うのが、情報技術やデジタルに専門で向き合う機会が少ない方々は、こうした変化を「点」で見るからです。でも、僕や松尾先生は、テクノロジーの変化を過去からずっと続く「線」で見ている。するとわかるのは、ソフトウエア産業の50年ぐらいの歴史は、インターフェイスの切り替えをずっと繰り返しながら「人間側に近づいてきた」ということです。

ソフトウエアがどんどん人間にとってフレンドリーになってきているのが確定した流れなら、生成AIが決してハイプじゃないことがわかるはずです。特に若い読者にお伝えするなら、いまは明確にアルゴリズムが入れ替わり始めた時代のど真ん中にある。古いアルゴリズムを理解しながらも、好きなことに生成AIを使ってみて実際に体感するアクションを勧めます。

松尾:企業の人は、先の3ステップを参考にやってもらえればいいと思います。国レベルで言うなら、世界中で同時に盛り上がっている生成AIに対して、日本がルールづくりをリードしていくというのはG7での広島AIプロセスのミッションでもあるので、もちろんやらないといけないことです。

でも、国内で僕がずっと言っているのは、日本全体で「GPUの計算リソースを増やさなくてはいけない」ということ。それはまさにAIにおけるインフラ投資であって、国がしっかり支援すべきと思います。あとは、みんながそれぞれで頑張ればいい。よく僕は「日本の勝ち筋は?」「日本人の強みは?」といったことを聞かれますが、基本的には、ハイサイクルで試行錯誤をして、指数的な成長を阻害しないようにするだけです、と答えています。

上野山:いまの問いの「日本」や「日本人」という主語は、すべて「実際にはいない主体」ですよね。そういうあやふやな主語で議論した瞬間、すべてが「他責」になっていく。だから、うちの社内には「デカい主語禁止」というルールがあるんです。「自分はどうしたいのか」とか、せめて「自分たちの会社は」と言うべき。動かせるレバーがない主語で議論したって意味がないですから。

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松尾教授が座長を務める「AI戦略会議」は、2023年5月11日・26日、6月26日とハイペースで開催。議事録も順次、内閣府ホームページ(左)で公開する。G7広島サミットで各首脳が合意した「広島AIプロセス」(生成AI活用の国際的なルールづくりに向けた議論)を踏まえ、AI関連の論点整理も行われた。右は首相官邸YouTubeチャンネルより。

松尾:その通り。自分が動こうと思って問わなくてはダメです。そうではないと、具体的な技術の話にならない。本気でアクションしようとすれば、技術の話だって目に入ってきます。一般論ではない「今日から『自分』は何をつくればいいんでしょう?」という質問をされると僕はすごくうれしいし、力になってあげたい気になります。松尾研究室のメンバーもそんなメンタリティをもっている人が多いから、それぞれ活躍するのだと思います。

上野山:課題を「自分ごと」ととらえるようになれば、個人も、企業も、社会も、それぞれのレイヤーで変わっていくでしょう。例えば、リクルートには「結局、お前はどうしたいのか?」と問う文化がある。個人の行動に落とし込んで「どうしたいか」というWillを聞くサイクルを無限に繰り返す。すると、いやでも「自分ごと化」します。これも組織を支配しているアルゴリズムのひとつですが、それがよくできているからこそ企業が進化し続けているんですよ。

松尾:他人に「勝ち筋」なんて聞いているうちはダメなんだと思いますね。これまでそんなものがあったためしはなかったし、そういう「銀の弾丸」や「青い鳥」がどこかにあるんじゃないかと探す姿勢がナンセンスなのだと思います。繰り返しますが、ハイサイクルに試行錯誤して、いいものにアクセルを踏む。悪いものはやめる。そうして、指数的な成長を黙々と続けていくしかない。そうしているうちに、次の大きな成長のチャンスが見えてくる。

そこでまた、試行錯誤を増やす。そうして変化をいとわずにやっていけば絶対にチャンスがあるし、伸びていくんですよ。私たちが取るべき「戦略」は、実はごくシンプルだと思います。

上野山勝也◎PKSHA(パークシャ)Technology代表取締役。1982年生まれ。ボストン コンサルティング グループ、グリー・インターナショナルを経て、東京大学松尾研究室で博士取得後、2012年創業。未来のソフトウエアの研究開発と社会実装をライフワークとし、人と共進化/対話をする多様なAIアシスタントを累計約2600社に導入。

松尾豊◎東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻教授。1975年生まれ。専門は人工知能、深層学習、ウェブマイニング。スタンフォード大学客員研究員などを経て2019年より現職。日本ディープラーニング協会理事長、ソフトバンクグループ社外取締役、内閣府「AI戦略会議」座長などを務める。

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