“従業員の居眠り”が難局を打開? 松下幸之助の「困難との向き合い方」 〈渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)〉

“従業員の居眠り”が難局を打開? 松下幸之助の「困難との向き合い方」 〈渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)〉

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  • 更新日:2022/09/23
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イラスト:松尾達

人生100年時代を生きるビジネスパーソンは、ロールモデルのない働き方や生き方を求められ、様々な悩みや不安を抱えている。

本稿では、激動の時代を生き抜くヒントとして、松下幸之助の言葉から、その思考に迫る。グローバル企業パナソニックを一代で築き上げた敏腕経営者の生き方、考え方とは?

【松下幸之助(まつしたこうのすけ)】
1894年生まれ。9歳で商売の世界に入り、苦労を重ね、パナソニック(旧松下電器産業)グループを創業する。1946年、PHP研究所を創設。89年、94歳で没。

※本稿は、『THE21』2022年3月号に掲載された「松下幸之助の順境よし、逆境さらによし~困っても困らない」を一部編集したものです。

異動先に悩む部下にかけた“意外なひとこと”

経営者は時に常人とは違うところがある。かつてある大手レストランチェーンを経営していたオーナー会長は、夫人からよくこう言われていた。「あなたは経営に問題が起こると、いつも楽しそうね」。

これは経営者特有の気質で、困ったことが起きたり、事態が深刻になったりしたときこそ、解決しよう、何とか乗り越えてやろうという闘争本能が表れるわけで、見事な覚悟だが驚くにはあたらない。

松下幸之助も、「困ったときには困らないような考え方をすればよい」とよく言っていた。

「何を言うとるんだ」あるいは、「やせ我慢だ!」と思う人もいるかもしれない。けれど、これが松下幸之助である。幸之助は本気でそう考えてやっていた。

例えば、こんなエピソードがある。東京営業所の35歳の無線課長が、九州の小倉営業所所長として転勤を命じられたときのことだ。

明らかな栄転だったにもかかわらず、彼の心は湿りがちであり、歓迎せざる実情にあった。というのは、かつての九州は地盤が強かったものの、電化ブームで市場は戦国時代に突入、追われる立場の松下電器はかなりの苦境にあった。

そこへ新所長として赴任するのだ。担当区域は広く、販売から人事まで全職能が自分の肩にのしかかってくる。「大変なとこへやらされるな」という不安も募り、非常に困った心境になった。ところが、辞令を渡すときに、幸之助は彼の不安を見透かしたようにこう切り出したのだ。

「今度はきみ、九州だな。九州は今、状況が悪い。しかし昔はものすごく良かった。それが今は最低の線だ。ということは、これからきみが行って、何かをやれば、やっただけ成績が上がる。一生懸命やっても業績が上がらん場所もある。しかし、やればやるだけ業績が上がるというのは、きみ、いいとこへ行くね、幸せだよ」

これは屁理屈だろうか。いや、そうではない。やればやるだけ良くなる。悪うならんとあればそうなるはずだ。その課長は、「よし、自分もまだ若いのだから、どれだけの仕事ができるか、やってみよう」という気になり、存分に成功できたのだという。

問題の本質は「あともう一歩先」にある

幸之助自身の経営の現場でもこんな対処があった。これは長らく営業所長を勤めた河西辰男氏の証言である。

1952年(昭和27)、オランダのフィリップス社との技術提携により、電球、蛍光灯、真空管など、電子製品の品質はすこぶる向上した。それで河西氏ら各営業も自信を持って販売できていた。

ただ、1つだけ課題があった。それら電子製品に使用するガラスの品質だ。運搬中によく割れる。重役会でも問題になり、担当が品質改善に取り組んだが、成果が上がらない。「困った、困った」と言うしかなかった。

このとき、ある夜半に目を覚ました幸之助は、「待てよ」とこの課題のことを考えると、運転手をたたき起こした。目指したのは自動車部品をつくる高槻工場。

深夜に訪れ、中をうかがうと作業員が2、3人、コックリコックリとまさかの居眠りをしている。機械が途中で空回りしたりするし、品質の面では致命傷である。

これは大変だと工場の状況を調べてみると、仮眠室の暗幕がぼろぼろで、そこから月光が入る状態であることがわかった。幸之助が作業員に聞くと「実は、朝方になると日も差し込み安眠できません」と言う。

品質を悪くする原因の1つは明らかにそれだった。問題の調査を行なった担当は、昼間の現場しか調べなかったのである。

新しい暗幕に取り替えると、電球の品質は不思議と良くなった。作業員の居眠りをヒントに、夜間の作業場でも環境を整え、集中力を高めるという、事の本質を考えた対処であった。そう考えると不思議でも何でもないことだったのである。

河西氏は、「困っても困らない」という言葉を私にこう解説した。「困っても、あわてふためくことなく、何が問題なのか、もう一歩踏み込んで考え、現場で調べること。それが結局、難局打開の方法だということではないでしょうか」。

幸之助が会得した究極の生きるコツ

日本語学者の森田良行氏によれば、日本語には、「成功」を表す語彙は少なく、「困った状況」を表す語彙は多いのだという。それほどに、「困ったとき」は頻繁に訪れ、そこから抜け出して成功に至るのは難しいということだろう。

また、「苦しいときの神頼み」という言葉が表すように、古来、日本人は困難に出遭うと「極めて他力本願な思想になる」という。

それはある種、「人生とは世の中の掟に従うだけのこと」という悟りのような理解のもと、「困ったときは困ったこととして堪えしのぶか、神仏にすがるしかない。だから、『明日は明日の風が吹く』と考えて現在のささやかな幸せに充足するか、それとも『人事を尽くして天命を待つ』とか、『溺れる者は藁をもつかむ』心境で、現実に立ち向かう」(参考:森田良行『日本語をみがく小辞典』角川ソフィア文庫)ということになるのだと。

ただ、幸之助の場合は、少しだけ常人と違うのではないだろうか。幼少のときから「困ったとき」だらけだった彼には、どんな状況にあっても一条の光を見出すような視点・視座があった。

自然の理に逆らわないとは、他力本願に状況に流されるということではなく、様々な経験の中から、自力と他力をうまく使い分けること。いわば幸之助は究極の生きるコツを会得したとも見えるのだが、いかがだろう。

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

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