「寿退社」はいまや死語。言霊と流行語を考える

「寿退社」はいまや死語。言霊と流行語を考える

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/01/13
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時代の言葉は数限りなくある。生き残るものもあれば、歴史のかなたに痕跡すらとどめないものもある。「24時間働けますか」や「寿退社」は、いまや死語である。

言葉は世相を映すといわれるが、昨今の流行語の一部には、どうもピンとこない。どこか作為性やわざとらしさを漂わせているからだ。「働き方改革」や「女性活用」である。

まずは「働き方改革」。確かに、生活環境や技術進歩に伴うライフスタイルの変化が、働き方の改善を要請していること自体に異論はない。夫婦ともに仕事を持つのが当たり前の世の中で、保育を社会的に分担し、家族との時間を大切にする仕組みを整備することは大切だ。リモートワークが勤労者の負担を軽減し、業務遂行の効率化につながるのであれば、これも大いに結構だ。

気になるのは、改革の柱とされる「ワークアンドライフ・バランス」である。

過剰労働はやめて仕事と私生活のバランスを取ろう、という意味である限り、当然の事理だ。しかし、どうも最近の風潮は、仕事は好ましくないことで、プライベート時間こそ価値あるもの、ととらえているような印象が強い。

かつては、モーレツ社員に敬意が表されるほどに仕事優先社会だった。休みにも仕事を忘れないサラリーマンは偉い、といった感覚があった。江戸時代までさかのぼると、年間の休みはお盆とお正月くらい、奉公人にいたっては年二日程度しか休日がなかったそうである。生活上やむをえなかったにしても、日本人は勤労を美徳と考えていた。

他方、西洋人は、歴史的に仕事を懲罰と意識してきたようだ。パンドラの箱から出てきた災厄の一つが労働だった。アダムとイブが禁断のりんごを食べてしまった罰として、人間は勤労を強いられることになった。プロテスタンティズムはこれを修正したが、欧米人の人生観には、仕事=悪の感覚が通奏低音として流れているような気がする。

しかし、欧米人でも仕事を生きがいとする人々は少なくはない。半面、日本にも古来、遊民階級という表現がある。人によって仕事観や人生観が異なるのが当然で、何やら突然、独立宣言のようなノリで「仕事はいかん、休みなさい」などと叫ばれても、仕事人間には迷惑である。価値観の多様化が喧伝されているのに、一方的なライフスタイルを、国を挙げて強要するような風潮には違和感しか感じない。

怖いのは、「汝、臣民在宅せよ」とのご託宣を真に受けて生活する人々と、これこそ好機と猛烈に仕事に打ち込む人々との生活水準に、大きな格差が生じかねないことだ。ワークアンドライフ・バランスの響きに酔っているうちに、いつの間にか、ピープルズ・インバランスを生み出さないことを願う。

「女性活用」は二重の意味で問題だと思う。

そもそも長い人類の歴史のなかで、女性はまるで活用されなかったかのように感じさせる。古今東西、男性上位時代が長く、女性は社会全体のヒエラルヒーで下位に置かれていたことは間違いない。現代でもなお女性差別が存在することは残念ながら事実である。これらは早急に改めなければならない。しかし、差別と活用しないこととは別物である。

歴史上、女性君主は相当数存在したし、実業や芸術文化の世界で活躍した女性もかなりいる。それゆえ、女性を「活用」しようという発想そのものに、男たちの「上から目線」を感じてしまう。

ここで問題なのが、女性が担ってきた家事労働の重要性を認めない態度である。

育児や家事の大変さは経験して初めてわかる。伝統的な主婦の仕事は、それこそ24時間、決まった休み時間などない重労働だ。それなのに、金銭的評価はほとんどゼロ。専業主婦は、外で仕事をもつ女性より価値が低いとすらいわれかねない時代のムードである。

家庭の仕事は、家族経営という難儀なマネジメントだ。それをまるで無価値のごとく扱うことは、それこそ連綿と人類を支えてきた女性たちへの冒涜(ぼうとく)だと思う。ワークアンドライフ・バランスで家族の時間を尊重するというなら、女性活用ではなく男性活用というべきだ。

日本は昔から言霊の国といわれてきたが、はやり言葉は、はやるから口端にのぼるとは限らない。波及力の強い発信源が、意図的に流布させることもある。その言葉が言霊を発するとき、人心は混乱しかねない。情報の受け手としては、返す返すも用心深く構えたいものだ。

川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。日本証券業協会特別顧問、南開大学客員教授、嵯峨美術大学客員教授、海外需要開拓支援機構の社外取締役などを兼務。

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