『昭和猟奇事件大捜査線』第42回「新婚の美人妻の首吊り死体...自殺か、それとも偽装殺人か?」~ノンフィクションライター・小野一光

『昭和猟奇事件大捜査線』第42回「新婚の美人妻の首吊り死体...自殺か、それとも偽装殺人か?」~ノンフィクションライター・小野一光

  • 週刊実話Web
  • 更新日:2023/01/25
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(画像)Mazur Travel/Shutterstock

昭和30年代の冬。北国のI県にあるT警察署U警部派出所に、緊急の連絡が入ったのは午後8時すぎのこと。

「線路向かいの高橋良治さん(仮名、以下同)の家で、奥さんが首吊りをして死んでいるそうです。主人の良治さんが勤め先から帰ってきて発見したらしい…」

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派出所で案内簿を調べると、印刷製版工・高橋良治(26)、妻・佐々木美緒(20)とあり、結婚からまだ5カ月の新婚夫婦だった。

雪が降る中、捜査員が目指した高橋家は、派出所から約500メートル離れた市街地の一軒家。玄関の戸を開けると、障子のガラス越しに、妻の亡骸を前にして、顔を涙で濡らしてしょんぼり座っている良治の姿があった。

「勤め先から帰ってみると、妻の出迎えがないし、靴やオーバーがあるので変だなと思って台所に行ってみたら、隣の泥炭小屋で首吊りをしている姿を見つけました。どうして死んだのか、私には心当たりがまったくありません」

良治はそう言うと声を上げて泣く。

やや遅れて、近隣の医師が到着し、死体の検視が始まった。すると、死体の首にはネッカチーフが強く巻き付けられており、顔の色や頸部の擦過傷、さらに首を吊っていたという泥炭小屋の荒縄の状況などから判断して、これは自殺などではなく、完全なる絞殺死体だと判断された。つまり、首吊りを偽装した殺人事件だったのである。

「何か盗まれているものはありませんか?」

捜査員が夫の良治に尋ねると、彼は茶箪笥の上のハンドバッグを取り出して、中を見ながら言う。

「今朝、妻がおカネは6000円くらいあると言いましたが、他に置く所もないので、盗まれたのかもしれません」

被害者宅に間借りしていた人物

すぐにT署員による捜査が始まる。その日の夜までに集まった捜査結果は以下の通りだ。

○犯人の特定には至らない
○被害現場の近くには、行商人もあまり来ていない
○犯行は、死体の状況などから判断して、夕方以降であるが、吹雪のためバスは午後から全線が止まっている。駅の聞き込みでは通勤、通学者以外の乗降客は見かけない
○旅館の宿泊者も少なく、容疑のある者は見受けられない
○料理屋、飲食店などの客も少なく、容疑のある者はいない
○被害者は用心深く、知らない人を家に入れるようなことはない

以上の点から総合的に判断すると、犯人は土地勘のある人物で、被害者と面識のある人物であると考えられた。

やがて、遠方の県警本部から10数人の刑事、鑑識課員が到着。そこで改めて次の捜査方針が立てられた。

○現場中心の聞き込みの徹底
○被害者と面識のある者の把握と行動捜査
○被害者の家に出入りしたことのある者の捜査
○被害者の家から金銭を借用したことのある者の捜査
○不良、前科者などの行動捜査

そこで改めて死因を解明するため、美緒の死体は大学の法医学教室で解剖され、死因は絞殺であることが確定した。また、犯行現場の検証は徹底して行われたが、犯人特定に繋がる遺留指紋や、その他の証拠物は何ひとつ発見されなかった。

やがて事件発生から4日を迎えた。これまでに浮かび上がった容疑者は全部で11人。しかし、そのうちの10人は、当日の行動からいって容疑が薄く、殺害の理由もない。

そこで最後に残ったのが、2〜3年前にU地方からこの町に移住してきた藤田恭一郎(31)だった。

この男は、3カ月前まで被害者の家に妻と生後1年の長女と3人で間借りをしており、被害者とはよく知っている間柄である。なお、捜査員は聞き込みによって、藤田については、以下の情報を得ていた。

○間借りしていた当時、被害者に2〜3回カネを借りた事実がある
○ある種の義理堅さがあり、約束の日までにカネを返せなければ必ず言い訳にやって来る
○前年暮れの31日に、被害者から現金5000円を借用して、事件の前日に返済することになっているが、まだ返済していないので、犯行当日、言い訳のために被害者の家を訪問する可能性が高い
○当日は仕事に出ないで休んでいる

容疑がかたまり逮捕状の請求に

そのような藤田について内偵を行っていた捜査員が、彼にまつわる重要な情報を得てくる。パチンコ好きの藤田は、I町のパチンコ店「A」の常連で、事件当日も午後1時ごろにこの店を訪れていた。

その際に、「今、カネを持ってきていないが、夕方返すからパチンコ代200円を貸してくれ」と店員に頼み、その日の夕方5時ごろ、ふたたび同店を訪れ、借りていた200円を支払って帰ったという。

問題は、そのとき藤田の顔に爪で引っかかれたような傷がついており、店員が「顔どうしたの?」と聞くと、藤田は「うん、子供に引っかかれた」と言って、立ち去ったというのだ。

この情報を捜査本部で検討したところ、被害者の後方からネッカチーフで首を絞めた際に、引っかかれた傷跡ではないか。さらに、夕方にパチンコ店の借金を返しているが、そのカネは被害者を殺害して、強奪したカネの一部ではないか、という結論に至った。

これを解明するために、藤田の当日のアシ(行動)と、金銭の収支を徹底的に洗う必要がある、との新たな捜査方針が立てられたのである。

すると犯行当日の午後3時ごろに被害者宅の方向に向かい、白いマフラーを頭に被って歩く藤田を見かけたとの目撃証言が得られた。

さらに彼の収支関係について捜査していた捜査員は、その月の収入と支出を細かく対照したところ、どう考えても収入不明の現金が、2800円も多く支出されていることが判明する。

捜査本部はこれらのことから、藤田の犯行に間違いないと判断し、彼に対する強盗殺人容疑の逮捕状を請求したのだった。

翌日の早朝、捜査員4人が藤田の自宅へと向かう。起きたばかりで顔を洗っていた藤田は、捜査員が示した逮捕状に一瞬驚き、顔面を紅潮させたが、「俺にはなんのことか分からない」と上ずった声で返す。

U警部派出所の取調室で取り調べを受ける藤田は、逮捕時と同じく、犯行への否認を続けた。

一方で、藤田の自宅への家宅捜索を実施していた捜査班は、寝室の押入れを集中して捜索していた。すると、押入れの壁にかけてあるリュックサックの中から懐中電灯が出てきた。

「貧乏人」と罵られて…

捜査員がスイッチを入れてみるが、点灯しない。念のために中の電池を取り出してみると、2本の電池に千円札3枚が巻き込んであるのが見つかる。藤田の妻にそのことについて尋ねると、彼女は言う。

「私は全然知りませんでした。何を買うにも、そのたびに主人からおカネをもらって買うので、私は一銭のおカネも持っていません」

そのため、藤田が犯行で強奪した現金の一部に違いないと考えた捜査員は、この札を押収した。

そうした情報も、直ちに取調官に耳打ちされる。藤田に対し、被害者と彼の金銭貸借の情報、現金の収支状況、彼の当日の足取り、さらに懐中電灯の中から発見された現金について把握していることを提示し、追及していく。すると彼は突然、大きな声で叫んだ。

「ああ、俺は死刑だ!」

目を閉じてやや間を置いてから、彼は自身の犯行を認めると、その一切を自供したのだった。

藤田は通運会社の臨時雇用人として働きに出ていたが、パチンコ好きで、月1万7000円ほどの収入にもかかわらず、パチンコ代に6000円から7000円を浪費していた。そのため、被害者の美緒にこれまで借金をしたことが2〜3回あった。

美緒は期日が来ると必ず返済を迫ってきていたが、その月に藤田は働く日数が少なく、それだけの収入がなかったことから、約束の返済ができなかったという。

「あの日、家を訪問して、返済期日を翌月末まで待ってくれと頼みました。そうしたら荒い言葉で『貧乏人』と罵られたんです」

美緒は周囲でも美人妻として知られていたが、一方で気性の荒い部分もあり、年長者の藤田に対しても遠慮がなかった。

「その言葉にカッときてしまい、思わず彼女が頭に被っていた絹のネッカチーフをはぎ取り、後ろから首を強く絞めて殺してしまいました。そのとき、向こうが抵抗して、私の顔を爪で引っかいたので、頬に傷が残っています」

殺害後、このまま死体を放置していたら、すぐに殺人事件だと分かってしまうと考えた藤田は、隠ぺい工作を図っていた。

「死体を台所の隣の泥炭小屋に引きずっていき、首に荒縄をかけて自殺したように見せかけました。それから茶の間にあったハンドバッグが目に入り、中を見たら現金が6000円以上あったので、それを盗んで逃げたんです」

そのため殺人ではなく、より罪の重い強盗殺人となってしまったのである。

小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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