井の中の蛙大海を知らず。
私は中学生でインターネットに触れ、はじめてこの言葉の蛙が自分であることを痛感した。
世界は広い。この世には私の知らない人や、彼らが作り出す楽しい世界が夜空の星ほど無数にあるなんて。多感なティーンの私は世界中に散らばる才能の塊が放つ輝きに触れるたび、感激のあまり武者震いした。
狭い世界で単調な毎日を過ごす、変わり映えのない生活。自分と違う世界に暮らす人たちの存在をこんなに近くに感じられるインターネットの力に、私はわずかな脳細胞を焼き尽くすほどの刺激を受けた。私のぼんやりとした夢や理想には、こうしたインターネットの世界からじわりと滲み出たエキスが隠し味として調合されている気がするのだ。
当時私が大好きで大好きで、心酔しているホームページがあった。それがチャレンジ部だ。
https://challenge99.web.fc2.com/
チャレンジ部は今で言うYouTuberの走りのような存在で、頭ひとつ飛び抜けたアイデアと財力で無駄としか言いようのない事案に果敢に挑戦し、その記録をホームページに公開する活動を行なっていた。その活動は当時では斬新かつ衝撃的なものばかりで、今YouTuberがこぞってやっているネタはチャレンジ部で見たことあるやつばかりだった。そんな時代の先駆者、またインターネットの開拓者であるチャレンジ部について今回は語りたい。
(勝手ながらこの記事では敬意を持って、敬称を略させていただくことにする)
まずはじめに私のお気に入りの記事をいくつか紹介しよう。
https://challenge99.web.fc2.com/034.html
https://challenge99.web.fc2.com/023.html
https://challenge99.web.fc2.com/037.html
丁寧でさっぱりとした語り口、秀逸なアイデア、飽くなき探究心、不真面目に真面目な姿勢が紡ぎ出すユーモア、そして他者へのリスペクト。全てがティーンだった私の琴線にブッ刺さった。
これを読んだほとんどの人は「なぜこんなことをするんだ」と笑いの中にわずかな呆れが混ざるだろう。しかし私には分かった。やらずにはいられないのだ。「やってみたい」というアイデアや興味が湧き上がった途端に、それをやらずにはいられない自分に生まれ変わってしまうのだ。
常識を破壊する非常識を行うためには、常識が求められる。人として欠かしてはならない倫理観を基盤に据え、ギリギリの破天荒をやってのける。チャレンジ部のそれは悪ふざけではなく、どこに出しても恥ずかしくない清々しいまでの“おふざけ”であった。
私は暇さえあればチャレンジ部の活動報告を覗きに行き、同じ文章を何度も何度も読み返してはその度に感嘆の声を漏らした。
チャレンジ部のホームページは20年近く立つ今も尚、その存在をインターネットに残し続けてくれている。しかしながら10年ほど前に境に更新がパタっと止まってしまった。「ああ、チャレンジ部は身も心も大人になってしまったんだ」と少し寂しく思ったが、同時に謎の安堵も湧き起こった。
大人になればなるほど、無駄なことに夢中になる時間が減ってゆく。昔は心も体もとびっきりの情熱だけで動いていたのに、今ではすっかりその先にある疲労や面倒臭さだけが強い主張をしてくるようになった。しかし無駄としかいいようの無い人生の余白こそが、未来を彩ってくれると私は思っている。きっとチャレンジ部は活動から遠のき、大人になった今も、当時の思い出を抱えながら違った形で楽しんでいるに違いない。そう思うと私の感じたちいさな寂しさは、また新たな希望として姿を変えるのだ。
今朝の話である。
寝起きにふとチャレンジ部を思い出した私は、数年ぶりにチャレンジ部のホームページを覗きに行った。個人のホームページが十数年も姿を変えずに残り続けているなんてことが奇跡に近い事案であるのは、インターネット老人会に所属する人間の常識である。今も変わらずに存在してくれていることにホッと一安心しながら、当時穴が開くまで読みふけった活動報告のページを開く。
すると信じがたいことに、活動報告の1番下に見慣れないタイトルとNEWの文字があるではないか。
https://challenge99.web.fc2.com/052.html
寝起きのぼんやり頭がこの文字列を捉えた瞬間、即座にフル回転し始める。私はバクバクと高鳴る心臓の鼓動で震える指をなんとかそのタイトルに導いてタップした。
清々しいおふざけをたっぷりの遊び心で包んだ、丁寧で喉越しのいい文体。表示されたページには、紛れもないチャレンジ部その人がいた。
私の目はもうギンギンに冴えた。面白さもさることながら、チャレンジ部が今もチャレンジ部を過去の存在として心に置いていなかったことが嬉しかった。すっかり大人になったチャレンジ部が記事の最後で照れ臭そうに綴った文章からは、片目を瞑って舌をぺろりと出すアイドルのような愛嬌さえ感じる。そうだ。どんなに破天荒なことをやってのけたとしても、どこかに照れや恥ずかしさを抱えている人間味ある姿に共感するのだ。
やっぱりチャレンジ部が好きだ。文章もマインドも、私はチャレンジ部から核のようなものをもらった気がする。
今やインターネットのエンタメといえば動画コンテンツが上位を牛耳る時代である。クリエイターが華やかな映像で視覚や聴覚を直接揺さぶり、刺激を送る。そんな時代の中で今もなお、文章とアイデアでユーモアを届けようとするチャレンジ部の静かな挑戦が、あの頃と変わらず私の胸を熱くさせるのだった。
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ライティング技術 独学中(https://note.com/iwanoricco)
潮井エムコ