【高校野球】大分・津久見が32年ぶり夏V OB川崎憲次郎氏が万感「本当にありがとう、感動です」

【高校野球】大分・津久見が32年ぶり夏V OB川崎憲次郎氏が万感「本当にありがとう、感動です」

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  • 更新日:2020/08/01
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津久見OBの川崎憲次郎氏【写真:編集部】

勝つかなと思って、持ち出した卒業アルバムを持ちだして…

高校野球大分独自大会の決勝戦が別大興産スタジアムで行われ、2-1で津久見が優勝を飾った。同校OBでヤクルトのエースだった川崎憲次郎さんがFull-Countに喜びの声を寄せた。自身が高校3年生だった1988年以来、32年ぶりの大分県制覇に感動。地元、母校、後輩たちへの愛があふれ出るメッセージとなった。

試合は午前中から気温の上昇が予想され、熱中症になりやすいという判断から午前10時ではなく、午後5時開始に変更された。初回に1点ずつ取り合い、2回以降は試合は動かなかったが、8回裏に津久見が勝ち越し、そのまま逃げ切った。川崎氏は1988年、大分県大会を制して、津久見のエースとして、夏の甲子園に出場した。その時以来の頂点、喜びもひとしおだった。

――おめでとうございます。

「ありがとうございます! 本当にもう、32年ぶりです。感動ですよ。やっぱりプロ野球とはまた違う、格別な感動がありますね」

――試合はずっとご覧になっていましたか?

「そうですね。(午後)5時15分から開始だったんですが、ネットでずっと見ていました」

――今日の津久見ナインの良かったところは?

「試合途中まで、どちらに傾くか、分からない展開。そこからお互いプレッシャーがあるのか、ランナーは出るけど点が入らない展開が続いて、やっと8回に点が入った」

――勝った瞬間、言葉にならないというお気持ちですか?

「そうですね。やっぱり32年ぶりじゃないですか。今まで2回ほど決勝に行ったんですけど、優勝できず。だから、もう何とも言えないというか……。津久見の市民は野球命なんですよね。そういう土地柄で。とにかく野球が全てなんですよね。野球が大好きで。自分は隣町(佐伯市)の出身なんですけど、いまだに応援もしてくれるし。やっぱり野球に関しては本当に熱いところなんです」

後輩たちにかけたい言葉は「本当にありがとう」

――津久見の皆さんのためにもよかったですね!

「津久見の市民は甲子園に行けなくて、今まで多分元気なかったと思うんですよ。今回も甲子園はないんだけど、優勝が32年前だから……(笑)。今回これだけ待ちましたから。おそらく、街をあげてのパーティーじゃないかと(笑)。僕の電話やLINEもメッセージが殺到してますよ。ずっと返信してますけど、しきれないくらい」

――後輩たちに今、かけてあげたい言葉は?

「本当に『ありがとう』ですね。もしかしたら、勝つかなと思って、卒業アルバムを引っ張り出して見ていたんですよね。卒業アルバムの見開きに、野球のことだけで埋め尽くされている部分があるんですよね。自分たちの時はこうだったなって思いながら試合を見てました」

――32年前はどのような夏でしたか?

「津久見の応援が客席の8割くらいを占めていました。高校野球なのに外野席も解放したんです。津久見劣勢から、最後は勝つんですけど。6回に津久見の4番が2ランを打つんですけど、その時点で2-4で負けているのに、一気に津久見ムードに。あの時の声援というか、地響きみたいな応援が記憶としても、体感としても覚えていますね」

――鮮明に覚えていますね。

「高校生であんな歓声は聞いたことがないので、鮮明に覚えているんですよ。自分の中ではプロの試合も含めて10傑に入りますね。甲子園ではなくて地方大会決勝戦でも、あの感動は忘れないですね。ヤバかったですよ。普通だったら体験できないです」

――甲子園に行かせてあげたかった。

「やっぱりちょっと寂しい気がします。あの大舞台を経験してほしかったなっていうのはある。自分たちが甲子園にいって感動したことをいまだに覚えています。甲子園の土を踏んだら自信にもなるし、自慢になるんですよ。だからできることなら夢を叶えさせてあげたかったのはありますね。どうにかならないかなと。あの土の上に立ったら、絶対人生変わると思いますよ。本当に何とかしてあげたい。練習だけでもさせてあげたいですよね。ここで野球を終える子もいますからね。何か形に残してあげたかったですね」

激闘を終えた津久見ナイン、監督ら学校関係者、そして、地元の皆さんに川崎氏の言葉が届くことを願いたい。(Full-Count編集部)

Full-Count編集部

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