稲垣吾郎×二階堂ふみ「手塚治虫・禁断の問題作」を語る

稲垣吾郎×二階堂ふみ「手塚治虫・禁断の問題作」を語る

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/20
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映画「ばるぼら」から読み解く、 ニューノーマル時代のアートの楽しみ方

稲垣吾郎さんが20代半ばだった1999年、手塚眞監督の映画『白痴』が公開された。『白痴』は、「人間は生き、人間はおちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない」と書き、戦後の混迷した日本に大きな衝撃をもたらした坂口安吾の「堕落論」の姉妹編とも言われる小説だ。安吾の戦時中の体験をもとに、新聞社に勤める青年が隣家の娘を連れ、空襲の中を逃れていくさまを描き、「映像化は不可能」とされていた観念的な物語を、監督は、鮮やかに映像の中に昇華させた。その時脳裏に焼き付いたビジュアルは、稲垣さんの“美の礎”になっているという。

それから20年近い歳月が経った2018年。稲垣さんのもとに、「手塚眞監督が、父である手塚治虫さんの“禁断の問題作”とされている『ばるぼら』が映画化することになった。主演の美倉洋介を演じてもらえませんか?」というオファーがあった。

稲垣 僕は、グループでデビューする以前に、実はお芝居の世界に先に足を踏み入れているんです。……具体的にいうと朝ドラですが、CDデビュー前に映画にも出演させていただいていて、当時から映画の現場は「ずっとやっていきたいな」と思えるような、強烈な引力のある場所でした。お芝居の楽しさとか、新しい自分を常に引き出してくれたのが映画だと思っていて、観るのも演じるのも好きなんです。

お話を頂いたのは、大きな事務所を離れて環境が変わって、新しいスタートを切っていた頃。今までの自分とは違う、観てくださる方の期待を、いい意味で裏切ることができるような作品になりそうだという期待感があって、「これはありがたいお話だ」と思いました。撮影監督がずっと大好きだったクリストファー・ドイルさんで、共演が二階堂さんだと伺って。断る理由がなかったです。

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Photo by 杉浦 弘樹(foto)

二階堂 いままで、ミューズのような役をさせて頂いたことはあったのですが、今回は、“ミューズ”というか、芸術家の願望の象徴のような役だったので、正直、最後まで“ばるぼら”という役柄について理解はできなかったです。「よくわからないな」と思いながら撮影して、結局最後までよくわからなかった(笑)。でも、今思うと、そこで自我を持たなかったことが良かったのかもしれません。もし自我を持ってしまうと、それを保てなくなったんじゃないかと思います。本当に、「まな板の上の鯉」みたいな状態でした。

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Photo by 杉浦 弘樹(foto)

稲垣 実はさっきその話を聞いたんですが、僕としてはかなり意外でした。撮影3日目ぐらいには、「迷ってます」というようなことをおっしゃっていて、「言われてみれば僕もそうだ」と思っていた。でも、まさか最後まで全部そういう感覚だったなんて。

ただ、僕としても今思うと、そうやって迷いながらやっているからこそ、ばるぼららしくて、幻想的に見えたのかな、と。迷いながらやっていることが魅力的に映る女優さんて素敵じゃないですか。たぶん、二階堂さんは子役のように、動物のように、欲なく演じていたんでしょうね。だから、お話を伺って僕は、「なるほどな」と思いました。彼女は、ばるぼらにしか見えなかったし、僕はそれに引っ張られたというか、巻き込まれたというか、翻弄されたというか(笑)。結果として、それがよかったんだと思います。

地位や名声や性欲に引きずられる男

稲垣さん演じる美倉は、異常性欲に悩まされている耽美派小説家で、芸術家としての悩みを抱えながら、成功し名声を得るが、やがてそれを失い破滅していく。二階堂さん演じる“ばるぼら”は、アルコールに溺れ、都会の片隅でフーテンとして存在する美女。美倉は、彼女との出逢いによって、新たな小説を捜索する意欲が湧き起こり、美倉にとってばるぼらは、芸術家を守るミューズのように感じられた。

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(c) 2019『ばるぼら』製作委員会

「ビッグコミック」(小学館)で1973年から1974年まで連載されていたこの漫画の中には、人間に潜む変態性や、芸術と大衆娯楽への葛藤、ユニセックスへの憧れなどのテーマが混在している。手塚治虫のあまりある才能の鬱憤が詰まったこの漫画で、当時、主人公のモデルは手塚治虫本人ではないかと言われていた。

稲垣 監督はずっと、狂気の部分をクローズアップするよりも、「普遍的な愛の物語にしたい」とおっしゃっていました。魅力的な女性との出会いによって堕ちていく美倉という男に共感するのは難しいけれど、40代の男が抱く迷いというテーマは、僕も多少なりとも共感する部分はあるんですよ。

何十年もこの世界で仕事をしながら、大衆的なものとか娯楽的なことをすごく意識して、僕らはずっとやってきた。本当は、「こういうものもやりたいな」と思っていても、一般的に思われているイメージは大事にしなければいけない。特に僕の場合グループで活動していたので、自分の立ち位置を弁えることも大事で。そういうバランスの中で成立している、まるで大企業のようなグループだったと思うし、大きなグループだからこその魅力や楽しさもたくさんあった。でも、たくさんの地位や名声を手に入れていた美倉がこれからの道を思い悩んだことに関しては、「わからなくもないかな」と思いますね。主人公の異常性欲とか、フェティッシュな部分に共感するのはなかなか難しいけれど(笑)。

あ、でもそういう男性の幻想みたいなものも、ゼロではないかもしれない。「こんなミューズが現れて自分を変えてくれたら」と思うことだけなら勝手ですからね(笑)。羨ましいかどうかはともかく、願望なら少しはあるんじゃないかな。かといって、美倉みたいに奇行には走りませんけど(笑)。

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Photo by 杉浦弘樹(foto)

二階堂 私にとって、ばるぼらは本当に難しい役で、共感はしづらかったです。自我とか自意識みたいなものをどこかに置いて、さらに、自分の感情も置き去りにして演じないと成立しない役でした。自我がなければ、撮影は滞りなく進むけれど、置き去りにし続けるのも少し怖かったです。

美倉さんは、きっと何か特別なものを持った人で、そういう人が苦しむ姿を見て、「そこまで生き切りたい」と感じる人もいるのかなと。稲垣さんがおっしゃっていた“誰にでもある心の中の願望”って、解放できたらラクかもしれないけれど、大体の方は解放できないですよね。

稲垣 そこを解放するところが、原作から強く感じられる美倉の“マッチョ感”なのかな。地位や名声や性欲に引きずられていく男って、ある意味70年代的だと思うんですが、そこは、僕が演じたことで、ちょっとマイルドになったかもしれない(笑)。映画は、原作よりは2人のラブストーリーに近くなっているんじゃないかと思います。やっていることは変なんだけれど、美倉とばるぼらの立場が対等、というか。原作よりも映画の方が、美倉が振り回されている。そういう意味では、今の時代に合った「ばるぼら」にはなったのかな、と。

自分に対してはそこまで自由じゃないんです

二階堂 考えてみると、私とばるぼらは正反対のタイプかもしれないです。私は、意外と、自分に対しては、そこまで自由ではない。自由な思想がないわけじゃなく、他者が作った幻想の中で生きているばるぼらを演じる際に、いろんな場面で「恥ずかしいな」って思っちゃって(苦笑)。それって自意識ですよね。今回はなくすように努力しましたけど、やっぱり自意識はあるんです。

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Photo by 杉浦弘樹(foto)

稲垣 ただ、自由にしても芸術にしても、制約があってこそ輝くもの、という捉え方もあるよね。自由や芸術の何に価値を見出すかは、人によって違う。そこが人間の作り出すものの面白いところなのかもしれないな、と僕は思います。

二階堂 『ばるぼら』に関しては、ある意味、描かれている世界がカオスなので、「どう解釈してくれても構わない」という自由度があるような気がします。さっき稲垣さんがおっしゃった、“大衆性”と“芸術”のせめぎ合いの話ではないですが、昔はもっとこういう作品が多かったのかなと思いますね。

「わからない」って思わせてくれるのも教養の一つかもしれないし。そこでピリオドが打たれるわけじゃなくて、そこから始まるものなのかなと。物語であろうと、哲学であろうと、「これってどういう意味なんだろう?」ってことから始まって、調べたり、考えたりすることが教養になる。芸術は、私にとっては一度自分を壊してくれるもの、裏切ってくれるものなのかもしれません。

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(c) 2019『ばるぼら』製作委員会

芸術は優しい。ただ、心地よいとイコールではない

稲垣 なるほどね。僕は、芸術って優しいと思う。「こうだ」って決めつけないから。

二階堂 「芸術は優しい」いい言葉ですね。

稲垣 ただ、「優しい」を「心地いいもの」とイコールにはしたくないですね。心地いいものだけが美しいわけではないから。今って何でも二元論にしたがるけど、僕は、映画のレビューを書くときでも、「こうやって観てください」というのを一番言いたくないんです。何事も、こうだと決めつけない。その余裕があるものが芸術であり、自由だと思う。人との関係性も同じで、僕は、人のことなんてわからないし、わからなくていいというスタンスです。二階堂さんについても、知りすぎないから良かったのかな、と(笑)。

二階堂 大人になって、徐々にですけど、「もしかしたら、孤独って辛いものなのかも」って思うようになって(笑)。その孤独を癒してくれるのって、私にとっては芸術とか文化とか教養なんですよ。結局、人に共感を求めたところで、そこに実態はないですけど、芸術や文化や教養は、目には見えなくても、私の心に何かしらの作用をもたらしてくれるものなので。私の中では、「芸術は裏切らない」という確信めいたものがあります(笑)。

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撮影/杉浦弘樹(foto)

稲垣吾郎
1973年生まれ。東京都出身。91年CDデビュー。2018年4月に公開された主演映画『クソ野郎と美しき世界』(園子温監督、山内ケンジ監督、太田光監督、児玉裕一監督)が2週間限定公開ながら28万人を超える動員を記録。近年では、19年に主演映画『半世界』(阪本順二監督)が公開された。舞台では、べートーヴェンを演じた『No.9-不滅の旋律−』が、好評につき12月13日から2021年1月7日までTBS赤坂ACTシアターで再々上演される。

二階堂ふみ
1994年生まれ。沖縄県出身。2009年『ガマの油』(役所広司監督)でスクリーンデビュー。主な映画出演作に『ヒミズ』(12年/園子温監督)、『私の男』(14年/熊切和嘉監督)『リバーズ・エッジ』(18年/行定勲監督)『翔んで埼玉』(19年/武内英樹監督)『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19年/蜷川実花監督)など。20年3月30日スタートのNHK連続テレビ小説『エール』にヒロイン関内音役で出演中。文筆やカメラマンの仕事にも精力的に取り組んでいる。

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(c) 2019『ばるぼら』製作委員会

ばるぼら
手塚治虫が1970年代に「ビッグコミック」(小学館)に連載し、禁断の愛とミステリー、芸術とエロス、スキャンダル、オカルティズムなど、様々なタブーに挑戦した大人向け漫画の映画化。第32回東京国際映画祭・コンペティション部門の正式招待をはじめ、世界各国の映画祭を巡り、大きな反響を呼んでいる本作が、日本・ドイツ・イギリスの合作でついに日本凱旋公演。異常性欲に悩まされる主人公の美倉洋介を稲垣吾郎が、新宿駅の片隅で美倉が見つけたホームレスのような酔っ払いの少女・ばるぼらを二階堂ふみが演じる。監督は手塚治虫の実子である手塚眞。撮影監督は、ウォン・カーウァイ監督作品の映像美で知られるクリストファー・ドイル。11月20日(金)シネマート新宿、ユーロスペース他全国ロードショー
https://barbara-themovie.com

二階堂ふみさん ヘアメイク/足立真利子 スタイリスト/高山エリ(高は本来ははしご高)
衣装:ジャケット 56,000円 パンツ 39,000円(共にロキト/アルピニスム/ 03-6416-8845) 他スタイリスト私物

稲垣吾郎さん ヘアメイク/金田順子 スタイリスト/黒澤彰乃
衣装:ジャケット 300,000円 シャツ 180,000円 ベルト 参考商品 パンツ 60,000円 ブーツ135,000円 以上、 サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ (サンローラン クライアントサービス/0120-95-2746)

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