愛する息子の日々の営みを重ねて...我が家の新聞『夕陽日報』

愛する息子の日々の営みを重ねて...我が家の新聞『夕陽日報』

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2022/06/30
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【前回の記事を読む】母「息子が消えていくようで…」統合失調症の子と生きる覚悟

夕陽日報

スケッチブックに書いた絵日記を我が家の新聞『夕陽日報』と名付け、その後も拙い絵と文で書き続けたのは、次のような理由からです。二男が見てくれて、帰るきっかけになってくれたものだから。これなら二男が反応してくれて、私と話せるのではないかと思ったから。

でも一番の理由は、過去も今も消し去ったような二男に、「あなたは、今日はこんな暮らしをした……。昨日はこんなふうだった……。後ろには、暮らしが残っているよ……」と、二男に自分の一歩一歩を感じてもらいたいからでした。

読む力が弱っているので、視覚なら叶えられるかもしれないと考えました。二男は、回復の是非も分からぬまま、高くて厚い壁の向こうへと、一日一歩進み始めました。言葉が出なくても、私たちが不安になる行動でも、「活動できたらいい」と口癖のように言った夫の言葉のように、彼の周りには毎日毎日の営みが確かに刻まれていきました。このことを『夕陽日報』は教えてくれます。

初めて買い物をしたかごの中身、黙って遠くへ行ってしまった日、何かに心奪われたような場所、初めて笑った日の出来事、初めて一人で津のデイケアへ出発した後ろ姿、初めて聞いた鼻歌の一節、気分転換と言って外に出た雪の翌朝……。その日見つけた小さな驚きは、知らぬ間に私自身を励まし、心の波を鎮めてくれていました。

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『夕陽日報』は我が家で三年間続きました。その間の私たちの様子は、三六冊のスケッチブックと、家族会の会報に載せていただいた次の記事(一部加筆修正)から窺えます。

「冬が過ぎて……春になって……もうすぐ春が終わるな……」

津の病院へ向かう車中で、息子がふと言った。運転していた私は、言葉を返しながらもたったこれだけの言葉に、心がほっこりして軽くなっていったのを覚えている。

彼が故郷に戻って以来、何度も何度も通院する車窓から、サザンカが咲き、桜が咲き、ムクゲや夾竹桃が咲き、稲穂や山の色づきを目にしたのであろうが、二度目の冬が去り夏の足音がする頃になって、初めて季節の移ろいや時の経過を口にしたからだった。

私は、ずっと息子の症状を理解できず行く先を案じていた。なぜ止められなかったかと悔やみ、生き生きした過去の姿を思い出して嘆き、親だから何とかしたいのに何もできないと悲しんだ。そんな辛さは出してはいけないという気持ちまで顔に出して。

そんな時(二度目の初冬)に私たち夫婦は家族会に出会った。出会った人たちは優しく前向きだった。温かい居場所だった。会に参加した後、「大きなものに身を任せよう。今日を生きて、明日を思おう」という気持ちが起こってきた。今から思えばこれが私の大きなスタートラインだったのだろう。

けれどもスタートラインに立てたからと言って、スタートできたわけじゃない。大きなものって何だろう? 身を任せるってどうすることだろう? と、もがいていた。

戻ったり立ちつくしたり横にそれたりしながら、「二男は、過去の全て─楽しかったことも嬉しかったことも、頑張ったこと・誇れることまでも全部─消さなくては生きられないのだな」と思い至った時、私はハッとした。「いやそうじゃない!『自我も理性も感情も全て壊せば生きられる』という動物的本能が、あの子のいのちを守ってくれたのかもしれない!」と思ったのだ。

とても乱暴な表現だが、「あの子は死んだのだ。そして私たちに三番目の子が授かったのだ」と腹に落とし込んだら、「今の息子と生きるのだ」という現実が見えてきて、少しだけ今日が明日につながった。

中村 俊郎・眞知子・潤

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