大粒で艶やかで、煮汁の色まで美味しい「大粒栗の渋皮煮」

大粒で艶やかで、煮汁の色まで美味しい「大粒栗の渋皮煮」

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/02

食は人の営みを支えるものであり、文化であり、そして何よりも歓びに満ちたものです。そこで食の達人に、「お取り寄せ」をテーマに、その愉しみや商品との出会いについて、綴っていただきました。第18回はフードパブリシストの高橋綾子さんです。

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私は無類の栗好きである。

栗と名のつくものにはつい手が出てしまう。焼く、蒸す、煮る、何でもござれだ。故に美味しいものに出逢える事もあれば、その逆もあり、当然美味しかったものは“マイ黒革の手帖”と呼ぶ保存ファイルに残してある。

モンブラン、甘露煮、羊羹、甘栗、焼栗……、しかし渋皮煮だけは保存されていなかったのである。

渋皮煮との初めての出逢いは高校1年生。歳をとり弱ってきた祖母が最後かもしれないと東京の私の実家に遊びに来て、どうしてだか記憶にないのだが渋皮煮を作ってくれたのだった。「お、お、美味しい……」、なんなんだ、これは! ほんのりと上品な甘さにしっとりとした食感、栗ご飯や甘栗のホクホクした栗しか食べたことがなく、ましてや渋皮なんて食べるもんじゃないと思っていた私には衝撃的だったのを覚えている。そして言葉通り祖母はもう東京に来ることはなく他界したのだが、私にとって渋皮煮は祖母の味となった。たったの1度しか食べられなかったけれど今でもいちばんだと思っている。

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大粒栗の渋皮煮

母は料理上手ではあるが面倒なことは嫌いなので、せがんではみたものの作ってくれたことは1度もなかった。ま、代々伝わる味じゃなかったってことなのだろうが、私の中では渋皮煮は“あったら買う”リストに追加され、かなりの数を食べてきたと思う。しかしなかなか祖母の味に辿り着けず、今まで“マイ黒革の手帳”に保存されることはなかった。

ないなら作れば良いじゃないかと悪魔の声が聞こえるし、周りの料理上手な皆々さまにも「簡単よ〜」と言われるけれど、渋皮煮に関しては手間がかかるのでまったく作る気がしない。そこは母のDNAを受け継いでしまったのかもしれない。だいたい栗は皮が固すぎる。ひとつ剥くのに一苦労、手を切ってしまうこともあるわけで、渋皮を薄く残すなんておよそできると思えない。そもそも“はじめの一歩”でやる気ゼロなのだ。

丹精込めて炊き上げた完全手作り

おそらくメーカーさんも面倒なわりに利益が少ないからやりたくないんだろうと思う。だからそんなに売っていないのだ。(と、勝手に予想している)

ところが昨年ギョーカイをざわつかせた食の通販サイト「文春マルシェ」で渋皮煮が売っていることを発見してしまった。これを読んでいる皆さまはご存知であろう、自身もかなりの料理上手であり出版界きっての食の達人と、日本全国隅から隅まで歩き、美味しい物を見つけたらど根性で何が何でも口説き落とす伝説の食のバイヤーが立ち上げたのだから、ここで販売している商品すべてが只者ではないことを。

これはもう食べてみなければ!ということで早速注文した私。

到着したこの「大粒栗の渋皮煮」は本当に大粒で艶やかで、煮汁の色まで“美味しい”を物語っている。まずは箸で割って食べてみる。なるほど、しっとりとして中まで味がしみてとっても上品な甘さだ。説明書きには「契約農家さんとの取り決めで一度地面を掃除して、翌朝落ちていた新鮮な栗だけを収穫」とある。さらに砂糖と山の恵みのおいしい水と香りづけの醤油だけで味付けし、じっくりと丹精込めて炊き上げた完全手作りとも書いてある。

そりゃ、美味しいわけだと、もうひと口。ただ手間暇かけているだけではない、食べる人の喜ぶ顔を想いながら作っているだろう懐かしい優しさに包まれるような味わいだ。あぁ、祖母の味にすごく近い。おかげで5粒ずつ小分けされているというのに、あっという間に2袋10粒がお腹に収まってしまった。

ということで、“マイ黒革の手帖”に「大粒栗の渋皮煮」がめでたく保存されることとなり、栗のカテゴリーはコンプリート!!! 「文春マルシェ」を信じてよかった。

おせちでいちばん好きなのは当然のごとく「栗きんとん」。これも実はまだコレ!というものに出逢ってないので、こちらで販売されるのを待つことにしよう。

(高橋 綾子/文春マルシェ)

高橋 綾子

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