
コロナ禍を経て、吉野家に「本質的な変化」が起きている(写真:Ryuji/PIXTA)
吉野家が、2025年2月末までにテイクアウト専門店を、現状の5倍の160店に増やすと日本経済新聞が報じました。 一般に、テイクアウト店舗には店舗の面積や、人手が少なく済むなどのメリットがあるとされますが、筆者は同社に「本質的な変化」が起きつつあると指摘します。
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吉野家は、このところテイクアウト専門店の拡充をしている。もちろん、吉野家はかねて通常店舗でもテイクアウトが可能だった。それがコロナ禍になって、注目をあびた。店内飲食ではなく、デリバリーやテイクアウトによる非接触型の生活様式への変化があったのだ。
吉野家、コロナ前後で大きな変化
コロナ禍前の2019年に吉野家はテイクアウト比率が3割程度だった。それが、コロナ禍がはじまってからは比率が上昇した。時系列で見てみると下記のようになる。
・2019年度:29.7%
・2020年度:45.2%
・2021年度:48.1%
・2022年度:39.4%
・2023年度:37.5%
*なお上記は吉野家ホールディングスの決算年度

(最新の「37.5%」は、24年2月期の中間時点の数字。テイクアウトは女性客からも多く利用されている/編集部作成)
吉野家がユニークなのはテイクアウト専門店を充実させている点だ。これはコロナ禍で消費者に習慣のついたテイクアウトやデリバリーをテコに収益を拡大させるだけではない。未出店の地区へ新規の出店を拡大させる形態になっている。
つまり、人手不足で、好立地の店舗が探しにくいなか、吉野家のビジネス拡大のため、第2のカードに成長しているのだ。
テイクアウト専門店の出店を見てみると、2023年度第2四半期で5店舗から、2024年度第2四半期までで59店舗と相当に伸ばそうとしている。一部の報道では、2025年度末までには、さらに160店舗まで広げようとしている。
なお、吉野家は、先日の発表で2023年度第2四半期の業績が好調であったとしている。既存店の売上高は、吉野家ブランドで110.8%、売上高も112%、営業利益も3.7倍になった。セグメント別で見ても、国内も海外も回復している。
親子丼が好調で、牛丼も肉だく半額際など、消費者への訴求性を伸ばしている。また、吉野家は唐揚げにも力を入れており、先に説明したテイクアウトやデリバリーと掛け算すれば、次なるメイン収益になりうる。
吉野家の決算と、王将との「類似点」
また、吉野家は上記の流れで、先月の決算発表会で、年間業績について当初予想を大きく改善させた。
・売上高:1760億円(当初予想)→1810億円
・営業利益:46億円(当初予想)→68億円
ところで、ここで思い出すのが餃子の王将だろう。同社もコロナ禍でも、強さを見せつけた。テイクアウトの専門口を設け、これまで餃子の王将に行ったことのない消費者も、むしろコロナ禍で来店経験を積んだ。
もともと、餃子の王将は、吉野家とおなじく、1人客が多かった。さらに餃子の王将に多くの根強いファンがいた。これも吉野家と近い。また、餃子の王将では、品足したい人のジャストサイズ展開がうまかった。それもまるで吉野家のサイドメニューのように。
最後の類似点は、売り上げの下落分をテイクアウトで補っただけではなく、その消費体験で同店舗のファンを増やし、コロナ禍収束後も、注文を継続してもらえるよう美味しさに磨きをかけていたことだろう。
では、テイクアウト店舗が消費者にとって良い点はなんだろうか。私は個人的に東京・四ツ谷駅ちかくの吉野家を週に1回ほど利用している。そして、そのほとんどがテイクアウトだ。素早く利用でき、さらに持ち帰って、オフィスで食せる。混雑した店舗に耐える必要もない。
また私はほとんど気にしていないが、コロナだけではなくインフルエンザや風邪も流行している現在にあって、店舗内の人混みに入りたくない人たちもまだ多いだろう。さらに、一度、定着した在宅勤務が根強く、まだまだテイクアウトで業務の傍ら食する人も多いと聞く。
テイクアウト店舗の拡充とそのメリット
次にテイクアウト店舗が出店側にとって良い点はなんだろうか。これは、吉野家も語っているように、出店場所の選定に大きなアドバンテージがある。当然だが、イートインのスペースは店舗にとって面積の多くを占める。それがなくなるのだから、出店の余地が大きく増える。
たとえば、座席が必要な場合は、そもそも出店場所から除外されているケースであっても、接客と調理場所があればいいテイクアウト専門店であれば、これまで検討外だった立地も出店できる可能性が広がっていく。投資の観点からしても、通常店舗よりも少なく済む。ということはフランチャイジーや、フランチャイズオーナー獲得にもつながるだろう。
さらに、現在では、店舗をオープンしたくても、人手が集まらない。逆にいえば、人手さえ確保できれば、店舗をオープンできる時代にある。そのとき、当たり前だが、10人いなければオープンできないよりも、5人のスタッフがいたらオープンできるほうが容易だ。テイクアウト専門店であれば、フロアのスタッフが不要になる。さらに教育も、調理やオペレーションのほうが容易だろう。
何よりも、これまで吉野家に入ったことがない人たちも、テイクアウトなら、と試してくれるかもしれない。実際にテイクアウト店の顧客は新規が大半で、かつ女性客だという。これは、皮肉ではなく、まじめに、女性蔑視の発言で有名になってしまった、同社の汚名を返上するものではないか。
(関連記事:吉野家常務「生娘シャブ漬け」発言がマズすぎた訳)
テイクアウト店の優位性
また、一般論でいえば、テイクアウト店の優位性は次にある。

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・人件費以外の固定費の少なさ。電気代も光熱費もテイクアウト店は少なくて済む。
・立地の柔軟性。固定費が低い、ということは、損益分岐点を下げることにつながる。デリバリーと組み合わせれば、オフィス街、商店街など、多様な選択肢がある。
・ブランディング。テイクアウト店舗で店舗数を拡大することで、ブランディングの向上が可能となる。認知度があがることで、店舗名自体の訴求につながる。
以上だ。
とはいえ、テイクアウト専門店だけが正義ではない。コロナ禍が収束するにしたがって、その場で食したいニーズも当然ながら増加する。
餃子の王将の類似例をあげたが、同店はテイクアウトの選択肢を増やしている。テイクアウト専門店を吉野家が増やすのであれば、出店余地が広がるのは間違いない。
ただ、これからコロナ禍がさらに収束するのであれば、牛丼が“たこ焼き”のようなテイクアウトを前提とする食文化に昇華できるかがキーとなるだろう。
個人的には愛好している吉野家は応援したいところだが、果たしてどうなるか。これからも吉野家に注目したい。
(坂口 孝則:調達・購買業務コンサルタント、講演家)
坂口 孝則