黒沢清監作『スパイの妻』5つの魅力|キャストの魅力を最大限に活かした秀作

黒沢清監作『スパイの妻』5つの魅力|キャストの魅力を最大限に活かした秀作

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  • 更新日:2020/10/17
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©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

2020年・第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(=監督賞)を獲得した黒沢清監督の『スパイの妻』がいよいよ公開されました。

日本人監督の銀獅子賞の受賞は2003年の北野武監督『座頭市』以来、17年ぶりの快挙です。そこで、今回は注目の話題作スパイの妻の大きな魅力5つをピックアップしていきます。

ストーリーについて

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1940年の神戸生糸検査所、憲兵たちに両腕を掴まれ、恰幅の良い外国人男性ドラモンドが連れ出されます。「容疑は?彼は生糸を買い付けに来ただけです!」と通訳の竹下文雄は抗議しますが、男はそのまま連行されてしまいます。

その後、福原優作が経営する神戸の貿易会社・福原物産に憲兵隊分隊長に任命された津森泰治がやってきます。泰治は再会の挨拶も早々に打ち切り話の口火を切ります。

優作の仕事仲間でもあるドラモンドが、諜報員の疑いがかけられて逮捕されたことを知らされる優作ですが、笑い飛ばしてまともに取り合いません。しかし、泰治は自身の幼馴染でもある優作の妻・聡子のためにも人付き合いを考え直すように勧めます。

社会が戦争への道を歩み始めた中でも優作は妻を主演に映画を撮り、舶来品のウィスキーをたしなむ余裕を見せ続ける人でした。後日、優作「本当に危なくなる前に大陸を見ておきたい」と満州への渡航を決めました。優作は大陸でも映画を撮ると言って、文雄と共に撮影機材を持って満州へと渡っていきます。

優作の帰りを心待ちにする聡子のもとに優作から二週間、帰国を遅らせるという電報が届きます。主のいない福原邸では聡子と泰治がグラスを傾けます。福原家は女中や執事までもが洋装で、ウィスキーは海外からの舶来品という暮らしぶりに世間は厳しい目をむけるようになるだろうと泰治は言います。

船着き場、待望の帰国を果たした優作に抱き着く聡子、その脇を思い詰めた表情の文雄と草薙弘子が通り過ぎていきます。二人と目が合った優作は何かを目で合図します

福原物産の忘年会終わりに、文雄は社を辞め、念願の長編小説の執筆を取り組むことを報告します。忘年会が終わり、片づけを終えた聡子に優作はアメリカに行くかもしれないと伝えます。

アメリカとの戦争は時間の問題という状況での発言に聡子は驚きを隠せません。数日後、女性の遺体が発見されます。女性はあの草薙弘子、優作と共に日本にやって来て、文雄が小説執筆をしている旅館“たちばな”で仲居として働いていた女性でした。弘子と優作の関係を疑う聡子は優作に「やましいことは何もない、僕を信じるのか?信じないのか?」と逆に問い詰められてしまいます。

旅館“たちばな”を訪ねた聡子に対して文雄は「あなたは何もわかっていない」と突き放すように言います。そして、英訳は終わったという言葉と共に優作宛の茶封筒を聡子に預けます。その旅館の様子を遠くから憲兵が監視していました。福原物産でことの真意を訪ねる聡子に対して、優作は人体図と解説が記されたノートを見せ、満州での経験を語り始めます。

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医薬品の便宜を図るために関東軍の研究施設へ向かった優作はペストによる死体の山を見ます。その施設の看護師だった弘子から細菌兵器の人体事件の事実を聞かされた優作は、ノートを証拠にして、国際政治の場で告発すること(=スパイ行為)を決意したのでした。聡子は自分が「“スパイの妻”として蔑まされることをどう思うのか?」と尋ねますが、「不正義の上に成り立つ幸福は受け入れられない」と優作は決意を変えません。

優作の決意が揺るがないと知った聡子は、優作の目を盗んで証拠を取り出し、泰治に元に向かいます。聡子はノートを差し出し、満州から持ち込まれたことを伝えます。文雄は連行され、取り調べという名の拷問を受け、スパイ行為を認めます。優作を憲兵分隊本部に連行してきた泰治は文雄の自白を告げ、心を入れ替えるようにと言い放ちます。

聡子の裏切りに怒りを募らせた優作ですが、聡子は英訳したノートと人体実験のフィルムはまだ手元に残していたことを伝えます。そして、二人でアメリカへ渡ることを提案します。

密かに亡命の準備を進める二人、聡子の目はいつになくキラキラと輝いて見えました…。

どんどん攻めてるヴェネチア国際映画祭での受賞!!

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少し硬い話になりますが、映画は娯楽か?芸術か?という議論があります。まぁ、両方の要素があるというのが無難な答えなのでしょう。

そんな中で映画の娯楽・ビジネスの面を表すものが興行収入だったりランキングだったりします。一方、芸術・文化としての側面から映画をピックアップするのが映画祭や映画賞だったりします。

ところが、最近は地殻変動が起きていて、そのボーダーラインを超えてきています。

カンヌ国際映画祭であの『パラサイト 半地下の家族』が最高賞のパルムドールを獲ったりしています。その後アカデミー賞を獲り、日本でも大ヒット(年間最大ヒット海外映画になる可能性大です)

なかでも、ヴェネチア国際映画祭のボーダーレス化はすさまじく。過去三年ではギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』そして、昨年があの『ジョーカー』が最高賞の金獅子賞を受賞するというエンタメ化の一途をたどっています。
ちなみに今年の受賞作『ノマドランド』はその後、トロント国際映画祭の観客賞(『座頭市』も受賞歴あり)も受賞と言うアカデミー賞必勝リレーを踏んでいて今年の東京国際映画祭でも上映されます。

『ノマドランド』がかなりすごい評価を受けているので、それに次ぐ評価を受けた『スパイの妻』は並みの二番手ではないですね。アカデミー賞国際映画賞(外国語映画賞)に選ばれるかもしれません。

タイトルロール!スパイの妻!非激情型・進化系蒼井優

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近年、ヒロインの物語を描くことが多くなってきた黒沢監督。

本作『スパイの妻』ではとうとうタイトルにその存在が記されました。

この“スパイの妻”を演じるのが蒼井優。

少し前まで『彼女がその名を知らない鳥たち』『斬、』『宮本から君へ』のような、感情の熱量が大きい“激情型”のキャラクターが続いていましたが、ここへきて『ロマンスドール』や『おらおらでひとりいぐも』そしてこの『スパイの妻』などのように、リラックスした肩の力が抜けた演技を見せてくれます。
普通の場面ではフラットでリラックスした様子を見せているだけにここぞという場面やクライマックスでの感情の高まりがより際立って見えます。

蒼井優は脇に回った時には過去作でもこういう雰囲気を纏っていたのですが、ここへきて主演・ヒロインになっても同じような雰囲気を纏うようになりました。

もともと、演技力と存在感に関しては文句がない俳優なので、あんまり力が入り過ぎると見ている側が疲れてしまうことも…。

そんな中で、『スパイの妻』の蒼井優は非激情型蒼井優・進化系蒼井優の一つの完成形を見ることができます。

本当は何者?二面性こそ、その本性高橋一生

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子役時代から長いキャリアを誇る高橋一生。あの映画、あのドラマにも実は出演していたなんてことが多々あります。

ブレイクポイントは2016年の『シン・ゴジラ』と翌年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」あたりでしょうか?

整った顔立ちもあって、ストレートなエリートや快活な好青年役のイメージがあるかもしれません。「東京独身男子」や「凪のお暇」、そしてTVCMなどの高橋一生を見ているとそう感じるでしょう。

しかし、その出演作品を見ればどれも一癖も二癖もある二面性の持ち主で、謎めいた役柄が多いことがわかります。

エリート銀行員を演じた『空飛ぶタイヤ』でも“実は・・・”というキャラクターでしたし、『億男』の謎めいた若き富豪役などは文字通り曲者と言えるキャラクターでした。

『九月の恋と出会うまで』や『引っ越し大名』などの高橋一生はむしろ珍しい部類に入るといっていいでしょう。

『スパイの妻』では日本軍の行いを国際舞台に訴え出るというスパイ行為を決意する貿易商という役柄です。幾重にも張り巡らせた計画と、秘密を胸に抱え国外脱出を図ります。

自らの正義ためにあらゆる手段を選び、身近なものの犠牲もいとわない姿は優作・高橋一生の真骨頂と言えるでしょう。

型にはまれば、がっちり決まる東出昌大

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蒼井優演じる聡子の幼馴染で、高橋一生演じる優作とも親交が深い憲兵隊・分隊長津森泰治を演じるのが東出昌大。

この人の演技については、時に堅苦しく柔軟性を欠いた印象を持つことがあります。

一方で、ある枠組み・型にがっちりとはまったキャラクターの時には彼が持つ、その性質が活かされる場合があります。

『寄生獣』の転校生役、『聖の青春』の羽生善治役などがその代表例と言えるでしょう。

彼の持つ硬さがいい方に作用したら、こんなに活きるものかと感心させられます。

大ヒットシリーズとなった『コンフィデンスマンJP』シリーズのボクちゃん役も、素のボクちゃんの時より、何かの役割を担っている時の方が絵になり、説得力があります。

『スパイの妻』では1940年の日本、戦争の色が濃くなる時代の中での憲兵隊の分隊長の津森泰治と言う、これ以上ないほどカチカチに硬い役どころです。東出昌大本人が持つ特質をフルに生かしたキャスティングと言えるでしょう。

特にヒロインの聡子を挟んで自由を体現する優作と、憲兵隊と言う組織に属する泰治が意図的に対照的に見えるような演出になっていることも効果的と言えるでしょう。

ジャンル映画一筋で、世界基準へ黒沢清監督

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『スパイの妻』の黒沢清監督は自主映画からピンク映画、Vシネとキャリアを積み、1997年のサイコサスペンス『CURE』で一躍国際的な評価を浴びます。それ以降、カンヌそしてヴェネチアの常連監督となり、今では、世界的に新作が常に待ち望まれる日本人監督の一人となっています。

映画祭・映画賞の常連となってもホラーやサスペンスなどのジャンル映画への思いは変わらず、フィルモグラフィを見てもほぼそういったジャンルだけで占められています。

『スパイの妻』での銀獅子賞の受賞後にも改めてジャンル映画への愛を語っていましたね。

黒沢清監督は映画の原体験として怪獣映画やホラー映画を挙げていて、現在に至るまで変に社会派になったりせずに、一途なまでにジャンル映画を撮り続けています。

まるでヒッチコックやブライアン・デ・パルマ監督のようですね。

『回路』は『パルス』としてハリウッドでリメイクされ、『LOFT』が日韓合作、『タゲレオタイプの女』が日仏ベルギー合作、『旅のおわり世界のはじまり』はカザフスタンとの合作で全編カザフスタンロケと海外での活躍の場も着々と拡げています。そろそろハリウッドからも本格的にお声がかかりそうですね。

まとめ

『スパイの妻』はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞・監督賞を受賞した作品です。

ただ、映画祭受賞映画について回るような社会派的なイメージやアート系作品というようなイメージからは距離がある映画です。

非情に見応えはありますが、それが過剰な重々しさになっていないのも見やすくなっています。

映画『スパイの妻』はスパイ・サスペンスでありラブサスペンスでもあるため、まずエンターテイメントとして普通に楽しめる映画に仕上がっています。

映画祭の受賞作品として見るのではなく、海外の映画祭で受賞もした一本の娯楽映画として、少しハードルを下げて劇場へお向かい下さい。

(文:村松健太郎)

村松健太郎

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