コロナ禍でまたぞろ忍び寄る〝日本型ポピュリズム〟の影

コロナ禍でまたぞろ忍び寄る〝日本型ポピュリズム〟の影

  • WEDGE
  • 更新日:2021/01/19
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1930~40年代と現代の類似性が高いことが指摘されることが多くなってきた。何かにつけてすぐにこうした例えを持ち出すのもどうかと思うところもあるが、今般は、やはりかなりの程度それが当たっている点があることは否定できないであろう。一方で、議会制民主主義や言論の自由などの「自由民主主義」を否定した「全体主義」体制の政治が世界のあちこちで行われ、それがある程度の成功を収めているように見られる。

2020年の流行語大賞にもなった「3密」や「STAY HOME」。コロナ禍で「スローガン」が世にあふれている (nidwlw / ke/iStock / Getty Images Plus)

他方で、議会制民主主義体制をとる国では大衆に対するマスメディアなどの操作を通じたポピュリズム政治が盛行し、そこからも議会制民主主義=自由民主主義に対する懐疑が広まりつつあるように見られるからである。

中国が、新型コロナウイルス感染症の発生地であると見られながらあっという間に感染者を抑え込んだとされ、海外に対して断然優位に立ったことは大きく、それに対して米英などの欧米諸国がいまだに多くのコロナ感染者に苦しめられていることはそうした事態を象徴的に示しているといえよう。

30~40年代、ヒトラーのナチスドイツやムッソリーニのファシスト党のイタリア、スターリンの共産党支配のソ連など多くの国で全体主義政治が行われ、それが成功したと見られ、英米仏など議会制民主主義国ではなかなか経済が回復せず大きな苦境に見舞われ、ここから結局は第二次世界大戦に至ったという史実がこの危機感に説得性を増している。

とくに、当時ドイツでアウトバーン建設などにより経済が回復し大量の失業者がなくなり、ソ連でも5カ年計画が成功して国力が増強しているように見られたことは大きい。そこから経済成長の活発な現在の中国のことを思い浮かべる人も少なくないようだ。

30~40年代と違う点として、当時はマスメディアがポピュリズム形成の大きな要因であったが、現在はSNSなどのソーシャルメディアの過激な主張がこの傾向を助長し、事態はいっそう悪くなっているという見方もある。

そうした中、冬を迎え、最近あらためて新型コロナ感染者の数が増えており、この先を憂慮する人も多い。我々はこうした事態に対し、今後どういう態度で臨めばいいのか。これを考えるために、ここでは新型コロナの問題が大きくなって来た2020年春以降のことを思い起こし、そこから30~40年代との類比性という視点に絞って問題点を考察していくことにしよう。

春から欧米の多くの国でロックダウンのような事態が続いた中、従来、「緊急事態宣言」のようなものを率先して出す人のように見られていた安倍晋三前首相は、意外にも大分遅く4月になって「遅きに失した」と報じられる中でそれを発出した。さらにその後、「人との接触機会を8割減らすように」ということも言われた。

その背後には、政府の専門家会議のメンバーが何度もマスメディアに出てきて、「対策がなければ42万人が死亡する」という数字を出したということがあった。新型コロナは未知の感染症だったため、当時の混乱は致し方なかったとしても、この衝撃は大きく、各メディアはどれもこれを大きく報道。とくにテレビのワイドショーの報道はすさまじく、連日のように欧米の惨状が映し出され、「2週間後には東京もこうなる」としきりに言われたのだった。

それからは、営業店舗への嫌がらせや感染者・医療従事者へのいじめと差別といった「自粛警察」とも言われた恐ろしいまでの過剰同調事態が続いたことは周知のことだろう。その同調圧力のもとに異論と懐疑の声は打ち消されていったのである。

「新しい生活様式」は 近衛文麿首相時代にもあった

こうして見ていくと、思い起こさざるを得ないのが戦前の30~40年代における近衛文麿首相時代のことである。

40年春、ナチスドイツ軍は電撃戦でフランスはじめ欧州大陸を席巻、イギリスも陥落寸前という報道を全てのマスメディアがすると、国内では急速に近衛を首相に担ぎ出し、英米派を追放・新体制を作る動きが世論の大勢となっていった。有名な「バスに乗り遅れるな」ということが言われ、あっという間に第二次近衛内閣が成立、日独伊三国同盟締結、大政翼賛会へと進んでいったのである。

有名な大政翼賛会というのはすべての政党が自ら解党し日本に政党がなくなったので仕方なく近衛は作らざるを得なかったというものであった。それは上から強制的に既存の政党を解散させ、無理やり作り出したものではない。詳しくは拙著『戦前日本のポピュリズム』(中公新書)を読んでもらうしかないが、日本では、欧州(世界)の大勢という外からの大きな力で作られたマスメディア・世論の同調圧力にはトップですら容易に抵抗できず、綱領も何もない大政翼賛会という「衛生組合のごときもの」を作らざるをえなかったのである。

今回も欧米における圧倒的なコロナの「流行拡大」が日本に大きな影響を与え、緊急事態宣言を安倍前内閣が発出したときには「遅すぎだ」と言われる有様だったことはすでに述べたとおりである。

そして、ナチスドイツの全権委任法などの強力な全体主義体制に比べると、当時の日本の国家総動員法や大政翼賛会は極めて緩いものであった。大政翼賛会のことはすでに見たが、国家総動員法も政党の反対が厳しい中やっと議会を通過させたがザル法で、それを厳しく進めようとする革新官僚の方が警戒され逮捕までされる有様であった。

今回、欧米の強力なロックダウン体制に比べると、日本の緊急事態は非常に緩く国家権力の持っている強制力がはるかに弱かったのと同様であった。

そして、この近衛時代にもその後は上からの強制は弱いのにもかかわらず「贅沢は敵だ」「パーマネントはやめよう」などの標語を他者に身近で強制する人々が現れる自粛時代となっていった。巡察隊が街に繰り出され、人々を検閲し新体制にふさわしい「新しき国民生活」を始めることが言われたのである。この点でも現代とあまり変わりなかった。

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1940年8月の東京・銀座通りに設置された立て看板。標語が多い様子はコロナ禍の現代と同じ雰囲気に見て取れる (KINGENDAI PL/AFLO)

すなわち、ともに政府を突き動かす形で国民の方から緊急事態を作り出し強制が実行されていったのである。戦前の歴史というと、憲兵や警察などの国家権力がいかに国民を弾圧していったかという風に語られることが多いが、(そうした面もなかったわけではないが)史実はそうではなかった面が強かったことを示している。実相は、下からの強力な圧力に抗しきれないままに日米戦争にまで至ったのである。マスメディアは開戦に慎重な東条英機内閣を「何をぐずぐずしているのか」と煽ったものであった。

ここから言えることは,日本ではいつも上からの強権的な圧力よりも下からの湧出する力の方が強いということである。

すでに見たように政党・議会は強く、国家総動員法もやっと通過するというありさまだった。42年には戦争中に総選挙が行われている。37年以来のもので1年延びただけだった。翼賛選挙と言われる不十分なものだったが、翼賛側から推薦されなかったにもかかわらず、当選した多くの議員が、戦後の議会政治の復興にいち早く貢献することになる。

議会政治の母国イギリスで、戦争に勝利したチャーチルが45年の総選挙で落選したことは名高いが、このイギリス総選挙は35年以来の10年ぶりの総選挙であった。議会政治の母国ですら10年も間をおかなければできなかった総選挙を日本では日米開戦後、1年延期しただけで実施したのである。だから、アメリカの知日派の作った、日本に降伏を勧めたポツダム宣言には「民主主義的傾向の復活強化」とあり、実際日本の議会政治は戦後すぐに復興したのだった。

戦前の過ちを繰り返さず 多様性・多元性のある社会を

最初に議会政治の危機ということを言ったが、この歴史に根付いた頼もしい事実から、私は日本の議会政治には憂慮を持ちつつも「希望」を持っている。問題はむしろ下からの同調圧力が強く、そのためポピュリズムに流されやすいことの方だ。

それを防ぐことは難しいが、ここで一つだけ提言を述べておけば、身近から実現可能なこととして異論・多様性・多元性を重視する社会にしていくということがあるだろう。よく言われることかもしれないが、言われるだけで実際の日本社会には真のそれがない。ある集団の内部で異なった意見を言う機会が甚だしく少ない社会なのだ。

例えば、自分の所属する集団が政府与党側か反政府野党側かということが判ると、その集団に所属する人は相互規制が強いためその内部で反対することがほとんどなくなる。集団内での孤立を恐れ異論を言わないのだ。これではいつまでたっても同調圧力が強くポピュリズムに流されやすい体質は変わらないであろう。

我々自身が身近からそれを実行できずに同調圧力やポピュリズムを言説世界でいくら一般的に批判をしても意味がない。コロナ禍と歴史の類比から学ぶ、日本を全体主義の危険性にさらさないようにする方策は、この身近な所属集団への異論を唱えやすくしていくことであり、そこから多様性・多元性のある社会に少しでも変えて行くことであろう。

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■取られ続ける技術や土地 日本を守る「盾」を持て
DATA      狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き
INTRODUCTIONアメリカは本気 経済安保で求められる日本の「覚悟」
PART 1なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く
PART 2狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ
PART 3日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に
PART 4「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ
COLUMN経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを
PART 5合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て
PART 6激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ
PART 7    世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ

◆Wedge2021年1月号より

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筒井清忠

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