自主映画を40年以上支援し続ける「PFF」の信念

自主映画を40年以上支援し続ける「PFF」の信念

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2021/09/15
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東京都中央区京橋の国立映画アーカイブで開催されている「ぴあフィルムフェスティバル」。今年で43回目の開催となる (編集部撮影)

コロナ禍で映画業界は、厳しい状況が続いているが、多くの人が参加する「映画祭」も同様に逆風が続いている。

そろそろ秋の映画祭シーズンとなるが、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021」「山形国際ドキュメンタリー映画祭2021」「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021」といった国内の著名な映画祭はオンラインを中心とした開催にすると表明している。関係者はエンタメの灯を消してはいけないと、できる形を模索し続けている。

そんな中、若手監督の登竜門と呼ばれる映画祭として長年親しまれている「ぴあフィルムフェスティバル」(以下、PFF)が今年も9月11日から25日にかけて東京・京橋の国立映画アーカイブで開催されている。

自主制作映画展が前身

映画祭の醍醐味といえば、「人との出会い、映画との出会い」が挙げられるが、PFFはコロナ禍でもその部分は大切にしている。PFFの荒木啓子ディレクターは「絶対にスクリーンで上映することはやめない。自分の作った映画をパソコンの画面でしか観たことがない人も多い中、見知らぬ人たちと一緒に映画を観て、いろいろな反応を知ることができるというこの特別な状況を体験してもらうことこそが映画祭の使命」と語る。

そもそも、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」の始まりは1977年。映画、演劇、音楽の総合イベントとして、ぴあが東映大泉撮影所で開催した「第1回ぴあ展」内の「自主製作映画展」がその前身だ。

1981年の第4回映画祭からは名称を「ぴあフィルムフェスティバル」に改め、それからおよそ40年にわたって活動を続けてきた。開催は今年で43回目に達する。1976年スタートの「湯布院映画祭」(大分県)と並び、日本で現在も続く映画祭の中では、非常に長い歴史を持つ。

中でも、新しい才能の発見をテーマとした自主映画のコンペティション「PFFアワード」は、メインプログラムのひとつだ。

「PFFアワード」には、昨年までの42回の開催までに、2万3358作品の応募があり、702作品が入選している。応募資格はジャンル、年齢、性別その他一切制限なし。PFF入選監督の中には、黒沢清、塚本晋也、園子温、李相日、成島出、佐藤信介、石井裕也をはじめとした、日本映画界を代表する映画監督の名前がズラリと並ぶ。これまで160名を超えるプロの映画監督を輩出するなど、その実績は折り紙付きだ。

その間、応募者の撮影環境も大きく変わっていった。最初の頃は、応募作のほとんどが8ミリフィルムで占められていたが、1991年にビデオ作品の受け付けを開始してからはフィルムの応募は減少。今ではほとんどがデジタルビデオ作品なっている。2017年からはスマホで撮影した映画の応募もみられるようになった。

今年は前年を上回る489本の応募があり、うち18本が入選した。入選作のうち25歳以下の作品が12本で、49歳の作品もあった。

才能の育成を目指す取り組みも行っている。毎年のPFFアワード受賞者を対象に、自分たちの作りたい映画企画の提出を受けつけ、そこで選考されたクリエーターを対象に、企画開発から一般公開まで、プロの映画作りを一貫して体験することができる「PFFスカラシップ」がそれだ。これまで25本の映画を制作。『二十才の微熱』(橋口亮輔監督)、『運命じゃない人』(内田けんじ監督)、『川の底からこんにちは』(石井裕也監督)など、注目を集めた作品も数多い。

2020年からは、PFFアワード入選作品をオンライン視聴できる機会を拡大するなどオンラインにも力を入れており、今年は「DOKUSO映画館」に加えて、「U-NEXT」でオンライン配信(9月11日~10月31日)されている。

プログラム上映にもこだわり

PFFは、そうしたPFFアワードなどのコンペティションだけではない。「PFFアワード応募者が刺激を受け、さらに面白い映画を作るために知ってほしい映画や映画人」を紹介する目的で、国内外の多彩な映画を集めた「招待作品」や「特集上映」も映画ファン注目のプログラムとなっている。

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日本でも劇場公開された、ナワポン・タムロンラタナリット監督の『ハッピー・オールド・イヤー』 ©2019 GDH 559 Co., Ltd.

今年の数ある特集の中でも、荒木ディレクターが特にイチオシだと語るのが、タイの俊英ナワポン・タムロンラタナリット監督の特集上映だ。

デビュー10年で7本の長編映画を発表しているナワポン・タムロンラタナリット監督は、独自の映画手法による軽やかな映画づくりで、国内外からの注目が集まる37歳。長編デビュー作『36のシーン』で釜山国際映画祭ニューカレンツアワードを受賞し、続く第2作『マリー・イズ・ハッピー』はベネチア国際映画祭に出品。4作目の『フリーランス』はタイ・アカデミー賞で8部門を受賞。『ハッピー・オールド・イヤー』は昨年、日本でも劇場公開された。

「彼は今、37歳。日本であれば、一番もがいている頃だと思う。彼は27歳の時に映画監督になりたいと考えたが、チャンスが巡ってこなかったので自主制作で『36のシーン』を撮って、それが世界中の映画祭で注目された。

そんな彼は10代の頃から日本映画を浴びて育っている。是枝裕和さんや河瀨直美さん、岩井俊二さん、北野武さんたちが世界中で評価を得ていた頃。彼自身も日本文化がとても好きで、日本にも何度も訪れている。

映画はとてもクールだし、日本語のセリフだったら、日本の監督の映画だと言われてもわからないと思う。それほど日本映画のスピリッツが彼の中に凝縮されている。ものすごくセンスがいいし、こういう人に本当に出てきてほしかった。この映画を観て、東南アジアなどの映画に対する偏見を取り払ってほしい」と熱をこめる。

海外でもめずらしい、企業が支える映画祭

それ以外にも、ピーター・バラカン氏の解説付きで映画と音楽を楽しむ「ブラック&ブラック」や、映画を志す人のヒントとなるような題材を集めた「PFFスペシャル映画講座」などの特集が行われる。

今年のPFFスペシャル映画講座は、加藤泰監督の『骨までしゃぶる』(1966)上映後に、ジェンダー研究の旗手である、国立歴史民俗博物館・名誉教授の横山百合子氏の登壇も決定。同作を「女子高生必見!」と語る横山氏は、今回のトークで、遊廓や売春の歴史を通じて、映画の背景を解き明かすとしている。

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『メイン・テーマ』など数々の名作を世に送り出した森田芳光監督。今年は生誕70年にあたる ©KADOKAWA1984

また、2011年に逝去した森田芳光監督の特集上映「森田芳光70祭~伝えたい、モリタを~」では、『ときめきに死す』『メイン・テーマ』『それから』『39 刑法第三十九条』を35ミリ上映。石川慶監督や松居大悟監督など、森田監督を敬愛する監督たちによるトークショーなども行われる予定となっている。

この映画祭にはもうひとつ大きな特徴がある。それは、ぴあという企業の支えによって40年以上も続いているという点。現在は、一般社団法人として独立した組織となっているが、企業が創設する映画祭は海外から見ても珍しいケースだ。

PFFを続ける背景には、「ぴあ」の会社の成り立ちが大きい。矢内廣社長が、アルバイト仲間とともに、映画や音楽、演劇、アートなどのエンターテインメント情報を網羅した月刊情報誌『ぴあ』を創刊したのは、矢内氏が中央大学に在学していた1972年7月のことだ。

雑誌には、大手映画館で上映されるメジャー作品はもちろんのこと、旧作を2本立て、3本立てで上映する名画座や、「オフシアター」と呼ばれる自主上映まで網羅していた。当時、そこまでの詳細な情報を掲載する媒体がなかったということや、雑誌を見せると割引になる劇場が多かったということもあり、「ぴあ」は映画ファンの必需品という時代が長きにわたって続いた。

当時は自主映画の作家が自ら情報提供をすることもよくあり、そのつながりがPFFの活動のバックボーンとなったという。

元キネマ旬報編集長の掛尾良夫氏は、書籍『「ぴあ」の時代』 (小学館文庫)の中で、「多くの大学で自主映画の活動が活発化していた。大学で作られた作品が既存の興行網に乗るわけもないが、自治体のホール上映などは広がりつつあった。後にぴあがPFFで自主映画を応援する機運の原点はこのあたりにある」と指摘している。

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2020年から始まった「大島渚賞」は、一般社団法人PFFの主催事業のひとつだ (筆者撮影)

2017年4月には「一企業の活動ではなく、官民を含めた社会全体で事業の継続と発展を支えることのできる環境を整えたい」という思いから、オフィシャルパートナーだった、ぴあ、ホリプロ、日活が中心となって「一般社団法人PFF」を設立。現在は62の企業や団体が参画し、映画祭運営を支えている。それでもPFFは、ぴあのCSR活動として重要な位置を占めており、設立の際には、安定的に運営できることを目的に10億円の基金を拠出している。

入選作品のデジタル保存化すすめる

PFFだけでなく、さらに新しい才能の国際的な飛躍を後押しする「大島渚賞」などの事業を通して、日本の映画文化の底上げを担ってきた。また、日本独自の映像遺産を次世代につなぐためにアーカイブ事業にも力を入れており、過去の「PFFアワード入選作品」のデジタル保存化も推進している。現在は2000年以降のビデオ作品約300本の保存作業を終え、昨年からは1990年代の貴重な8ミリフィルム作品のデジタル化に着手している段階だという。

筆者は以前、PFFのグランプリ経験者である『怒り』の李相日監督に、PFFについて聞いたところ、「そこにあり続ける灯台みたいな感じ」と語っていたことがある。長く続いているからこそ、PFFを故郷とするクリエーターが次々と生まれている。今年はどんな出会いがあるのか、今から楽しみだ。

(壬生 智裕:映画ライター)

壬生 智裕

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