理想の老後は「誰かの父の役割」を引き受けること?丨映画「マイ・インターン」

理想の老後は「誰かの父の役割」を引き受けること?丨映画「マイ・インターン」

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/03/18

職業人としても親としても役割を果たし終えた後の人生を、「老後」と呼ぶ。

長い老後を迎え、これまでのしがらみに捉われず、新しい人生を再スタートさせたいと思う人は、少なくないだろう。もっとも経済的問題や健康問題、あるいは家族の問題がクリアできれば、の話だが。

『マイ・インターン』(ナンシー・マイヤーズ監督/2015)は、多くの人が抱える厳しい現実に片目を瞑り、引退後のシニアの生き方を理想的なかたちで描き出したコメディ映画だ。〝おじさんのファンタジー〟そのものと言ってもいい、いささかご都合主義な展開だが、示唆に富む要素も散りばめられている。

70歳の新人と30そこそこの上司

ベン・ウィテカー(ロバート・デ・ニーロ)は、長年勤務した電話帳制作会社を退職した悠々自適の70歳。離れて住む息子家族がいて、妻亡き後は一人でさまざまな趣味にトライしてきたものの、今ひとつ満たされない気持ちを抱えている。

ある日、女性向けファッションの通販会社のシニア・インターン募集を見つけたベンは、IT用語と格闘しながら自己PR動画を制作して送付。面接の結果採用され、張り切って出社することになる。

ベンを演じたロバート・デ・ニーロ(2015年、『The Intern』UK Film Premiereにて)/ Getty Images

広々としたオープンスペースに最新の事務機器が並び、思い思いのスタイルで若い人たちが働く自由な気風の会社「アバウト・ザ・フィット」の描写は、2015年当時のベンチャー企業のイメージが満載だ。

人気ブログがきっかけでここを立ち上げた社長のジュールス・オースティン(アン・ハサウェイ)は、多忙のため自転車で社内を移動しながらテキパキと仕事をこなしている。

70歳の新人と30そこそこの上司、コンサバ・スーツの紳士とラフなファッションの若者たち。ノートパソコンの置かれた各自のテーブルに並べる小物にまで、世代や価値観の違いが現れる。実に“新旧のギャップ”の明快なプロローグである。

残酷なのは、若い面接官がベンに「10年後の夢は?」とセオリー通りの質問を投げる場面だ。「80歳の?」と聞き返され慌てて質問を取り消す面接官。ジュールスは、部下キャメロンの勧めで自分の直属になった親子ほど歳の違うベンをどう扱ったらいいかわからず、とりあえず待機を命じる。

シニア枠で採られただけで特に仕事も与えられないこの老人が、このあと、時代の先端を体現するような職場でどんな役回りを果たすのか、「古さ」と「新しさ」のギャップはいかにして埋められるのか?……が、このドラマの見どころだ。

「新しさ」の中の不安定さと、「古さ」の中の真実

まず浮かび上がってくるのは、「新しさ」の中の不安定要素である。急成長した会社「アバウト・ザ・フィット」の斬新で勢いのある見かけとは裏腹な側面が、最初からちらほらと顔を出しているのだ。

相手を見てない面接官の質問もその一つだが、もっと象徴的なのは、誰もが無造作に余分な物を置いてカオスと化しているデスクだ。また、社長のジュールスは、キャメロンから会社の問題を列挙され、苦言を呈されている。
そんな中ベンは、誰も片付けようとしないデスクを見かねて一人で片付ける。さらに、郵便物配布の女性を手伝ったり、ジュールスの上着に飛んだ醤油の染み抜きをしたりと、人がやらない雑用をこなすようになる。

プライドに捉われないベンの人柄の良さを表すと同時に、人をうまく使えないこの会社の未熟さも示すエピソードだ。

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「アバウト・ザ・フィット」の社長、ジュールスを演じたアン・ハサウェイ(2015年、『The Intern』UK Film Premiereにて)/Getty Images

このあたりから、ベンに体現されていた「古さ」が、ただ古いだけではない魅力的で貴重なものとして描かれ始める。彼の地味な気遣いや会話の中のちょっとしたウィットは、徐々に周囲の若い男性社員との間の壁を取り除き、恋愛相談を持ちかける者まで出てくる。場から浮いていたオールドファッションも、カッコいいものとして憧れの対象になる。

「クラシックは不滅だ」「ハンカチは貸すためにある」など数々のベンの名言は、「古さ」の中の真実として若者に新鮮に響く。さらには、会社専属のマッサージ師であるフィオナ(レネ・ルッソ)との、なかなかいい感じの出会いも生まれる。

思い切って飛び込んだ右も左もわからぬ再就職先で、文化が違い過ぎて話が通じないと思っていた若い同性たちに一目置かれ、自分と年齢の釣り合いそうな美しい“熟女”ともお近づきに……。現実ではまずありえない話だ。よくもまぁこんな都合のいいストーリーをしゃあしゃあと描くものだと逆に感心する。

フィオナ登場のややセクシュアルなシーンで、ベンが若者たちと無言のうちに相通じ合う、女性から見ると「おやおや、早速ホモソーシャルが築かれてますねぇ」といった場面など、夢見る熟年男性向けのサービスがきめ細かい。

“イケオジ”を完璧に演出するベンの顔

こうした中でしばしば見られるのが、ベンの「やれやれ。ま、仕方ないね」と「ああ、いいんだよ。わかってる」の間にあるような、微苦笑だ。この顔は年季が入っている。言ったら角の立つことを呑み込み、何事にもやんわり“受け”の姿勢で応じつつ、年長者としての余裕とユーモアをなくさない。そんな“イケオジ”を完璧に演出する顔である。

もちろん自然と浮かぶ笑みではない。人間70年も生きて社会で揉まれてくれば、自分よりずっと若い人に対し、こういう酸も甘いも噛み分けた円熟の極みの顔の一つや二つ、苦もなくつくれるようになるのである。

しかし観客からすると、ロバート・デ・ニーロという俳優の過去の役柄の印象として、「ニコニコしたままの顔でいつ銃をぶっぱなすかわからない」といったかすかな不穏感があるため、好々爺然としたベンの笑みに、どこか落ち着かない気分になるのも事実だ。

「古さ」と「新しさ」の相互理解

人が見過ごしがちな物事へのベンの観察眼の鋭さは、ジュールス付きの専属ドライバーの飲酒場面を発見する場面でも発揮される。そもそもアル中気味のドライバーを気づかず雇っているところに、この会社、ひいてはジュールズの不安定要素が如実に現れている。
彼に替わってドライバーを引き受けたベンは、ジュールスの送り迎えをする中で、必然的に彼女のプライベートを垣間見ることになる。

自分のために仕事をやめ家事・育児を一手に引き受けてくれる優しい夫と可愛い一人娘に恵まれ、仕事に全力投球する若き女社長。それは一見、成功した現代女性の理想のライフスタイルのようだが、一皮めくるとキリキリした綱渡り感が伝わってくる。

常に張り詰めていて人に相談することの苦手なジュールスは、自分を気遣うベンを一旦は敬遠するものの、次のドライバーがあまりにひどかったため再度彼を呼び戻す。一連の出来事によりジュールスは、ベンのコミュニケーション能力だけでなく、実務的な能力も評価せざるを得なくなる。

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ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイ(2015年、『The Intern』UK Film Premiereにて)/Getty Images

前後して、「古さ」と「新しさ」の相互理解も描かれる。ジュールスの残業に合わせ、フィオナとのデートも返上して会社に残っていたベンのところに、ジュールスがピザを持ってきて二人で食べる場面だ。この社屋が実は、昔自分の働いていた電話帳会社の工場だったことを語るベンの言葉を通し、ジュールスはキャリアを積んだ職業人としての彼を初めて意識する。

パソコンやスマホが行き渡った現在、電話帳の需要はもうほとんどない。けれどもそれは長い期間、この社会に根を下ろし支えてきた。それはベンの人生そのものだ。

ベンもまた、ジュールスに助けられて初めてフェイスブックに登録する。互いの文化や背景を知り情報を交換する、離れた世代間のコミュニケーション。社会人としてはずっと先輩でも、最新情報には疎い年配者を安心させてくれる、ほのぼのシークエンスだ。

しかしここまでするかと感じるのは、「尊敬する人物は?」の質問に「ジュールス」と即答するベンのストレートさである。お世辞でもごま擦りでもなく、家庭を持ちながら仕事に邁進する女性を素直にリスペクトする。こういうてらいのない生真面目さがなくては、若い女性の信頼は得られないのだ。

“おじさんのファンタジー”が集約されたシーン

後半は、ベンの懐の深さと落ち着き、対するジュールスの浅慮と余裕のなさの対比が明らかになっていく。

社長に評価されてないと嘆く秘書のベッキーをうまくアシストして感謝され、アパートを追い出されて当面の住処のない若いインターンの男を家に居候させ、着実に職場での信頼を固めていくベン。

一方のジュールスは、口うるさい母に読まれたくないメールを誤送信してしまい、その“危機回避”をベンと彼の周囲の若い男性社員で担うことになる。この件をめぐるドタバタはドラマ中、もっともバカバカしいコメディ味に溢れていると同時に、ジュールスがついにベンに全幅の信頼を置く契機となる。

日頃の疲れからか盛大に酔ったジュールスが路上で「1分だけ」とベンにもたれかかり、ベンが黙って胸を貸してやっている図は、既に単なる上司と部下ではない。もちろん仕事を度外視した男女の関係でもない。頑張り屋で肩肘張ってきた娘が束の間、後ろで見守ってきた父親に甘える姿だ。“おじさんのファンタジー”はこのシーンに集約されていると言えよう。

この構図は、出張先のホテルでジュールスが夫の浮気を告白し、それを偶然見知っていたベンが受け止めてやるシーンで繰り返される。彼の励ましに押され、ジュールスは公私の行き詰まりを突破するべく、全力で当面の課題に立ち向かっていく。

一気に縮まった距離感を安易に詰めることなく、しかし頼りにされていることは意識して必要な言葉だけをしっかり届ける……これもまた、多くの経験を積んできた紳士だけになせる技である。

初めての環境で新たに父的な役割を発見した70歳。実の子や孫ではなく、子ども世代や孫世代の人々とこんな風に関わることができたら……と思う熟年男性は多いのではないだろうか。

連載:シネマの男〜父なき時代のファーザーシップ
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