「ちょっと一杯だけ、飲んでいきませんか?」と上島竜兵さんが...東高円寺の居酒屋で“竜兵会”にお邪魔した日のこと

「ちょっと一杯だけ、飲んでいきませんか?」と上島竜兵さんが...東高円寺の居酒屋で“竜兵会”にお邪魔した日のこと

  • 文春オンライン
  • 更新日:2022/05/14

5月11日、お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが死去したことが明らかになった。上島さんは、トリオのフロントマンとして先陣を切って熱湯風呂に落とされたり、熱いおでんを食べさせられたりしながら、体を張って笑いを作ってきた。

【画像】「竜兵会」のメンバーに囲まれて、笑顔の上島竜兵さん

芸人は、世の中に広く知られるギャグやネタが1つでもあれば売れっ子になれる。そんな中で、ダチョウ倶楽部はこれまでに数え切れないほど多くのギャグや芸をヒットさせてきた。その功績だけでも、彼らは間違いなくお笑いの歴史に名を残すだろう。

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上島竜兵さん ©文藝春秋 撮影・宮崎慎之輔

ダチョウ倶楽部のギャグや芸の多くは、誰もが知っている定番ネタになっているため、「大いなるマンネリ」と揶揄されることもあるが、改変の余地がないほど完成されたものだということでもある。

上島さんの「かわいげ」が笑いを生んだ

「ケンカからのキス」も、「どうぞどうぞ」も、ダチョウ倶楽部の定番ネタは誰もが真似したくなるし、真似がしやすいものでもある。見る人の手に届きやすいフォーマットの集団芸を彼らは発明してきた。

そんなダチョウ倶楽部の定番ネタは、細かい技術の積み重ねと、大オチを務める上島さんのキャラクターによって成り立っていた。フリの段階では上島さんが感情をむき出しにして怒ったり暴れたりするが、どこか抜けているところがあってかわいらしく見える。最後に繰り出される上島さんのリアクションやコメントが面白ければそのまま笑えるし、面白くなければ、それをほかのメンバーや芸人がイジって笑いに変えられる。

上島さんの中にある「かわいげ」の埋蔵量が尋常ではないからこそ、何がどうあっても最後に笑いに着地することができるのだ。

「竜兵会」誕生のきっかけ

そんな上島さんは後輩芸人にも愛されていて、「竜兵会」という組織のリーダーを務めていた。組織と言っても、実態はただの飲み会だった。年に何度か馴染みの居酒屋で酒を酌み交わし、他愛もない話をするだけの集まりだった。

そんな「竜兵会」が注目されるようになったきっかけは、人気番組『アメトーーク!』で大きく取り上げられたことだ。さらに、これをきっかけの1つとして、竜兵会の一員である有吉弘行さんがどん底からはい上がって奇跡の大ブレークを果たしたことで、「竜兵会」の存在はさらに広まった。

後輩芸人に愛された“情けなさ”

もともとは、上島さんが同じ事務所の後輩芸人たちと番組で共演した際に、彼らを誘って飲みに行ったことが始まりだった。

ダチョウ倶楽部以外の若手芸人は当時、あまりテレビの仕事もないような状態だった。上島さんは彼らに酒をごちそうして、先輩らしいところを見せようとしていた。後輩芸人たちもはじめは緊張した様子で上島さんの話を聞いていた。

ところが、何回も集まっているうちに、少しずつ関係性が変わっていった。上島さんはメンバーで唯一の売れっ子であるはずなのに、場をうまく仕切ることもできないし、面白い話をすることもできない。むしろ、酔いが進むと後輩である土田晃之さんをつかまえて、「俺はこれからどうしていけばいいんだ!?」と泣き崩れることもあった。

そのように上島さんの情けない一面が見えてくると、後輩芸人たちは徐々に上島さんの変なところを遠慮なく指摘するようになっていった。時には厳しいツッコミをいれたりすることもあった。そうやって後輩に生意気な態度をとられても、上島さんは気にせずにどっしり構えていた。

芸人同士の集まりはほかにもあるが、竜兵会に特徴的なのは、表向きには厳しい上下関係が見えないということだ。後輩たちは、予定があれば平気で上島さんの誘いを断ることもあるという。「上の人の命令は絶対」というような体育会系の組織ではない。

弱みを見せられる“器の大きさ”

でも、竜兵会には独自の団結力があり、いざというときにはまとまって力を発揮することができる。有吉さん、土田さんをはじめ、劇団ひとりさんなど、竜兵会からは売れっ子芸人が数多く輩出されている。

上島さんは酔っぱらうと気の利いたことも言えないし、土田さんや有吉さんに比べると器用にしゃべれるわけでもない。ただ、そんな彼らの愛のあるイジりを全身で受け止めて、いつでも堂々としているのが上島さんの偉大なところだ。自分の弱みを見せられるのも、それだけ上島さんの人としての器が大きいからだ。

実際、有吉さんの再ブレークのきっかけになった「毒舌芸」は、この竜兵会でのやりとりを通じて密かに磨かれていたと言われる。上島さんに冗談でわざと失礼なことを言ったりするのも、一線を越えると本気で怒られてしまう。そうならないように、ギリギリ笑いになるラインを見きわめる訓練をしたことで、有吉さんの毒舌芸が精度を増していった。竜兵会がなければ、今の有吉さんの地位はなかっただろう。

土田さんも有吉さんも、テレビに出ているときには上島さんのことを悪く言ったり、冷たく突き放した物言いをすることもあるが、実際には深い尊敬の気持ちがあるのだということが言葉の端々から伝わってきた。

「ちょっと一杯だけ、飲んでいきませんか?」

実は、私も今から10年ほど前に、一度だけ「竜兵会」にお邪魔して、上島さんと飲みの席でご一緒させていただいたことがある。雑誌の企画で、今は閉店してしまった東高円寺の居酒屋・野武士で行われる「竜兵会」の飲み会の様子を取材したときのことだ。その場にいたのは上島さん、肥後克広さん、デンジャラスの安田和博さんという顔ぶれだった。

彼らが酒を飲みながら座談会形式で話をして、取材が一通り終わった後、ライターの私が上島さんに声をかけられた。

「ちょっと一杯だけ、飲んでいきませんか?」

あの人懐っこい笑顔でそう言われて、断れる人がいるだろうか。「それでは一杯だけ」と、お言葉に甘えてお付き合いさせていただいた。酒の席でも上島さんはテレビで見るイメージとほとんど変わらず、器が大きく温かみのある人だった。どこか哀愁を漂わせているようなところもあり、大人の男性としての魅力にあふれていた。

竜兵会の後輩芸人たちは、上島さんのことを「太陽様」と呼んでいたという。言い得て妙とはこのことだ。太陽はただそこにあればいい。それだけで植物は育ち、動物は生き生きと活動して、大地は豊かになる。

上島さんというお笑い界の太陽を奪われた私たちの喪失感は、そう簡単には埋まらないだろう。上島さんが師と仰いでいた志村けんさんの突然の死から2年あまり、偉大なコメディアンがまた1人、この世を去った。

心よりご冥福をお祈りします。

(ラリー遠田)

ラリー遠田

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