配車アプリのグラブも、話題の「SPAC」上場が登場した本質的理由

配車アプリのグラブも、話題の「SPAC」上場が登場した本質的理由

  • JBpress
  • 更新日:2021/05/03
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(写真:ロイター/アフロ)

このところ米国市場でSPAC(スパック、特別買収目的会社)を使ったIPO(新規株式公開)が話題だが、一部から不透明性が指摘されており、米証券取引委員会(SEC)が是正に乗り出している。確かにSPACの中に信頼性の低い銘柄があるのは事実だが、こうしたスキームが登場してきた背景には産業構造の大きな変化がある。こうした事情を抜きに単に規制だけを加えても本質的な解決にはならない。(加谷 珪一:経済評論家)

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グラブがSPACを用いた上場を選択した理由

SPACを使った上場が特に注目を集めたのは、アジア全域に配車アプリのサービスを提供するグラブ(Grab、本社はシンガポール)の上場だろう。同社は、数カ月以内に米NASDAQに上場すると発表したが、直接上場ではなくSPACとの合併という特殊なスキームを採用している。

SPACというのは、上場時に株式市場から資金を調達して、近い将来(2年以内)に未上場企業を買収したり合併することを目的に作られた会社のことである。SPACは上場時には基本的に何もせず、買収や合併の対象となる企業が出てくるまで待っている。対象となる企業を見つけた時には、当該企業と一体化することで、事業会社への変貌を果たす。グラブの場合には、米投資会社のアルティメーター・キャピタルが設立したSPACと合併することで事実上の上場を果たし、一方、SPACは配車アプリの事業会社になる。

では、なぜグラブのような企業は一般的な直接上場ではなく、SPACを用いた上場というスキームを選択するのだろうか。

最大の理由は手続きの簡便さである。

株式を市場に上場するためには、取引所あるいは引き受けを行う証券会社の厳しい審査をクリアする必要がある。上場企業として十分な透明性を確保できるよう、社内体制も整備しなければならない。

投資家は上場企業にごく普通に投資をしているが、投資したお金が正しく使われている保証はない。それでも投資家が安心して株を買えるのは、上場企業であれば厳しい審査をクリアしているので、一定の信頼性があるというコンセンサスが得られているからだ。

ただしもちろん審査に通ったからといって、企業が不正を行わない保証はない。実際に一部の上場企業は粉飾決算を行っているので完璧とは言えないが、上場時の審査というのは、ひとつの担保として機能している。

SPACも上場企業なので、審査は行われているものの、SPACは上場した時点ではお金を持っているだけの、ある種の「空箱」であり、一般的な事業会社と比較した場合、審査は簡素にならざるを得ない。大人数の社員を抱え多数の拠点で実務を行っている企業と、ペーパーカンパニーとでは、上場審査に大きな違いが生じるのは当然だろう。SPACを使った上場が選択される理由はまさにここにある。簡便な手続きで上場したSPACと合併すれば、通常の審査のプロセスを経ないで上場したことと同じになるので、成長を急ぐ企業にとっては好都合なのだ。

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フィリピン・マニラでタクシーを予約する配車アプリ「グラブ」の画面(2016年7月22日、写真:ロイター/アフロ)

似たようなスキームは以前から存在していた

実はSPACという形式ではなくても、既存の会社を活用して事実上の上場を果たすスキームは以前から存在していた。経営が傾いた上場企業に大口で出資を行って支配権を握った上で、成長している企業との合併や買収を行うというやり方である。

審査をすり抜けることを主目的にすれば、それはスキームの悪用ということなり、そうした企業は市場関係者の間では「裏上場」などと呼んだりされるが、最終的な判断基準は程度問題である。

例えばPC大手のレノボは、もともと中国科学技術院からスピンアウトした中国のベンチャー企業だった。当時、中国の証券市場は十分に整備されていない状況だったので、同社は香港にも会社を設立し、香港の企業を最初に上場させ、最終的には中国法人と統合することで現在の体制が出来上がっている。

著名投資家のウォーレン・バフェットは、バークシャーハサウェイという企業を通じて投資活動を行っているが、同社はもともと繊維企業であり、業績が悪化したところをバフェット氏が資金を投じて支配権を獲得。投資会社に変貌させた。同社は未上場の企業を丸ごと買い付けることがあるので、場合によってはSPACに近いスキームと見なすこともできる。

結局のところ、SPACそのものに問題があるのではなく、その目的や透明性が担保されているのかという実務面での信頼性がカギを握る。

そもそも、単なる空箱を上場させることは原理的に不可能であり、投資家がそれを認めているのは、SPACの運営者を信頼しているからである。SPACの運営者は実績のある起業家や投資家というケースが多く、十分な実績を持つ人が、自らの資産を投じて作った企業であれば、相応の結果を出してくれるという期待値で成立している面がある。

だが、一部のSPACについては不透明性が指摘されており、このままSPACの乱立が続けば投資家が損失を抱えるケースも出てくるだろう。また、SPACとの合併で上場した企業が、十分なパフォーマンスを上げられなかったり、体制の不備が指摘されるような事態となった場合には、当然のことながら市場の信頼を失う。

実際、SECはSPACの株主に付与される新株予約権について会計基準の見直しを表明したほか、SPACが公表した業績見通しに虚偽があった場合、摘発が行われる可能性があると警告を発している。

産業構造の変化が背景に

もし、投資家の信頼が十分に得られないと判断されれば、何らかの規制が行われる可能性が高いだろうが、それだけで済ませてしまっては、本質的な問題解決にはならない。近年になってSPACを使った上場が急増していることには明確な理由が存在しており、この部分を抜きに議論はできないからである。

かつて成長企業への投資はVC(ベンチャーキャピタル)という特殊な投資ファンドがほぼ独占していた。ベンチャーキャピタルは、創業間もないベンチャー企業を見つけ出して育成し、ある程度の時間をかけて市場に上場させていた。当時のベンチャー企業はあくまでベンチャー企業であり経済の主役ではなかったが、ITを中心とした急速なイノベーションの進展が状況を変えた。

UBERやグラブはその典型だが、近年の著名ITベンチャー企業は、ベンチャー企業であると同時に、すでに世界経済を揺るがす力を持った巨大企業としての側面を持ち合わせている。ユニコーンと呼ばれる大型のベンチャー企業には、ケタ外れの資金が集まるようになり、小さい企業を時間をかけて育てていくという従来の常識は通用しなくなった。

極限のスピードで事業を成長させ、必要となる巨額資金を市場からスムーズに調達するためには、上場についても最短距離で実施する必要がある。つまりSPACというスキームが多用されることになった背景は、社会のIT化によってイノベーションが加速しているという産業構造の変化があるのだ。

本来であれば上場企業というのは、経験の浅い投資家でも安心して取引できる企業であるべきだが、産業構造の変化がそれを許さなくなった。仮にSPACに問題が発生し、何らかの規制を加えたとしても、時間の進みが速くなっているという現実がある以上、似たようなスキームが登場してくる可能性が高い。

テクノロジーの急激な発達によって、企業の成長や資金調達の常識が大きく変わっているという現実を前に、どうすれば投資家を保護できるのか議論していくことが重要である。産業のパラダイムシフトというのは、単に企業の技術だけにとどまるものではなく、企業のあり方や成長速度、そして資金調達のあり方も変えてしまうものだという視点が必要だろう。

加谷 珪一

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