ベテラン記者コラム 大相撲九州場所番付に残る白鵬のしこ名と、神風さんの引退

ベテラン記者コラム 大相撲九州場所番付に残る白鵬のしこ名と、神風さんの引退

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  • 更新日:2021/10/14
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引退会見を行った、元横綱白鵬の間垣親方(代表撮影)

大相撲で史上最多優勝45度を誇る元横綱白鵬(36)がさきに、東京・墨田区の両国国技館大広間で引退および年寄「間垣」襲名の会見に臨んだ。黒色の羽織姿で、時折、用意していた手元の紙に目を落としながら慎重に言葉を選ぶ表情を間近にみながら、こんな言葉が浮かんだ。

「立つ鳥跡を濁さず」

白鵬の引退の意向は9月27日に師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)を通じて日本相撲協会へ伝えられたが、番付編成を担う審判部による11月の九州場所(14日初日、福岡国際センター)の番付編成会議(29日)で発表された引退力士のリストに白鵬は入っていなかった。つまり、同日時点では現役の扱いとなり、30日の理事会で引退と襲名が承認された。

新番付は前場所千秋楽から3日後の番付編成会議で決められる。それまでに引退届を出し、受理された場合は翌場所の番付には反映されない。引退した直近の横綱鶴竜や稀勢の里は場所中に引退を発表。翌場所の番付からしこ名が消えている。

だが、この手続きから外れると、慣例的にそのしこ名は翌場所の番付に残ってしまう。白鵬のしこ名も九州場所の番付に記載されることになる。

白鵬が引退を決断したのは、6場所休場明けで臨み、全勝優勝を飾った7月の名古屋場所10日目だった。「膝がいうことをきかなくなり、この場所は2桁(10勝以上)勝利が目標だった。10勝を達成して宿舎へ戻り、親方をはじめ部屋のみなさんに今場所で引退させていただくと伝えた」。

その決意は、場所後すぐには行動に移されなかった。白鵬は名古屋場所後に照ノ富士が横綱に昇進したことや、9月の秋場所前に所属する宮城野部屋に新型コロナウイルス感染者が判明したなどの事情で発表がずれ込んだと説明した。

それにしても、適正な時期の引退発表だったのだろうか。熟慮を重ねることは、理解はできる。だが、大相撲の根幹をなす番付を軽んずることは許されない。現在、幕内力士の定員は42人と決まっている。白鵬のしこ名が残ることで、十両からの入幕、ひいては幕下力士の十両昇進にまで影響が連鎖したという見方も十分に成り立つからだ。

歯切れのいい口調で人気のあった元NHK相撲解説者だった神風正一さん(元関脇、故人)は、前頭2枚目だった昭和25年春場所で2横綱、1大関を倒して9勝6敗の成績を挙げた。ところが、翌夏場所は前頭筆頭に止められた。そして、当時、一門の力関係を背景にした番付面の不公平さや不満を理由に同場所途中、突然引退してしまう。

白鵬にとって、九州場所の番付は9月の秋場所を制した横綱照ノ富士と東西に並ぶ最後のものとなるが、有名無実の虚無感はぬぐえない。(奥村展也)

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