駅から徒歩1時間の場所に県庁!?57年前、何をするにも不便な場所に移転した理由とは

駅から徒歩1時間の場所に県庁!?57年前、何をするにも不便な場所に移転した理由とは

  • CBC news
  • 更新日:2023/01/29

県庁は、その地域に住む住民にとって欠かせない県の行政機関です。しかし岐阜県庁は、なんと県の玄関口JR岐阜駅から徒歩でおよそ1時間の場所にあるのです。一体なぜ都心から離れた場所にあるのか?徹底調査しました。

【意外な理由】駅から徒歩1時間の場所に県庁が移転した理由を動画でチェック

57年前、岐阜市中心部から田んぼの真ん中に移転した岐阜県庁

2023年1月4日、旧庁舎のすぐ隣に建てられ、半世紀ぶりに生まれ変わった岐阜県庁。地上21階建て、高さ106mで、496億円もの建設費が投じられました。20階の展望フロア「清流ロビー」は、岐阜市内を一望できるほか、名古屋駅のビル群や伊勢湾まで見渡すことができます。無料とあって早くも連日多くの県民が訪れています。

(訪れた人)
「岐阜の全体が見えてとてもきれいでした」

人気スポットにもなりつつある新しい岐阜県庁。しかし、そもそもの“あること”について尋ねると不満が噴出します。

(岐阜市民)
「ちょっと遠すぎますよね…」

(岐阜市民)
「何をするにも不便な場所というのは感じています」

不満の理由は、県庁の場所です。実はJR岐阜駅などがある市の中心部から4kmほど離れた場所にあり、徒歩でおよそ1時間、バスでも20分ほどかかる場所にあります。

公共交通機関で行くには不便すぎる場所。来庁者だけでなく、県職員もほとんどが自家用車を使うため、朝の出勤ラッシュ時は車の大行列になります。県庁はもともと岐阜市の中心部にありましたが、1966年に現在の場所に移転しました。当時の映像では、田んぼの中にポツンとたたずんでいます。

「メリットなんて1つもない」県庁移転が岐阜市の商店街衰退のきっかけに

なぜ街の中心部から、田んぼの真ん中へ移転したのか?この謎について調査をスタート。まず岐阜市中心部の柳ヶ瀬商店街で話を聞きました。

(柳ヶ瀬商店街振興組合・林亨一理事長)
「メリットなんて一つもないですよ。デメリットしかないと思います。県庁が遠くに移転し、まず客が半分になった。常連の数も気が付いたらどんどん減っていく流れに」

県庁の移転で客足が減り、商店街衰退のきっかけになったと振り返ります。当時商店街として大反対したという県庁の移転。その理由は何と聞かされていたのでしょうか。

(柳ヶ瀬商店街振興組 合・林亨一理事長)
「(Q県庁移転の理由は?)僕は知らないですね。ちゃんとした説明があるなら聞いてみたい」

大正13年に建てられた移転前の旧県庁舎。文化的にも価値が高いこの建物の保存活用を進めようという協議会のメンバーにも話を聞きました。

(司町旧県庁舎保存活用協議会・石黒時紀さん)
「(Q県庁移転の理由は?)それはもう本当に私は分からない」

残念ながらここでも明確な移転の理由は誰も分からないと言います。しかし、鍵を握る人物の名が出てきました!

(司町旧県庁舎保存活用協議会・メンバー)
「県庁が移転する時は、松野さん。穂積の方のご出身です」

元県知事の決断、移転の真相は手狭になった庁舎と車社会

松野さんとは、一体どんな人物なのか。旧穂積町出身ということなので、瑞穂市へ向かい駅前で話を聞いてみました。

(瑞穂市民)
「(瑞穂出身の松野さんと言えば?)ゆきやすさん。元県知事。県庁が移転したときの知事が、ゆきやすさん」

県庁移転を決めたのが、当時県知事だった松野幸泰さん。国会議員時代には国土庁長官なども務め、地元の偉人でもあります。

(瑞穂市民)
「政治的に力のある人だった。(県庁は)強引に引っ張ってきたんじゃない?」
(瑞穂市民)
「(県庁を)岐阜市の司町からこちらに持ってみえて、(瑞穂周辺が)開発されてよかった」

地元では、松野知事が出身の旧穂積町に近いエリアに移転させたのではないかという説が長年、語られているそうです。確かに県庁は、岐阜市中心部より穂積に近い場所に位置しています。

果たして県庁移転の真相は…最後は現職の古田肇知事に直撃しました。岐阜県庁が移転した当時、古田肇知事は高校3年生。田んぼの真ん中の県庁と全国的にも評判になったと振り返ります。

(岐阜県・古田肇知事)
「行政需要も様変わりし、(旧庁舎が)手狭でどうにもならなくなった。それからモータリゼーションが特に昭和30~40年代進んだ」

庁舎が手狭だったことと、自動車の急速な普及でどうしても広い駐車場が必要だったのです。

「新しい気持ちで新しい県政に挑んでいく」第二の都心を目指した松野知事

ところが、古田肇知事は一番の 決め手については、県庁移転の2年前に完成した東海道新幹線の岐阜羽島駅の開業が大きかったのではと言います。

(岐阜県・古田肇知事)
「岐阜駅と岐阜羽島駅の中間に位置するこの場所で十分なスペースが取れるということで、この場所に選ばれたと私は先人から聞いています」

JR岐阜駅と岐阜羽島駅のちょうど中間地点で、岐阜市中心部に次ぐ「副都心」を目指す構想が移転の真相だと言います。実際、当時の松野知事もこんな言葉を残しています。

(松野幸泰知事・1966年)
「新県庁をとりまく第二の都心というか新しい市街地がにぎわしく出現する様子が目に浮かびます」

(岐阜県・古田肇知事)
「副都心まで来ているかというとまだまだやるべきことは多々ある。新しい気持ちで新しい県政に挑んでいく。そういうきっかけになると期待したい」

57経った今も県庁がある場所は、第二の都心と言うよりのどかな田園風景が広がる地域。

少子高齢化も進む中、第二の都心と言うほどの巨大な発展は期待出来るのか。そして必要なのか。いずれにせよ広く県民の暮らしを支える草の根行政こそ必要なのは言うまでもありません。

CBCテレビ「チャント!」1月19日放送より

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加