「金融所得倍増プラン」は格差を広げる“貧困層切り捨て”政策。日本国民は岸田首相の無責任で詰む=鈴木傾城

「金融所得倍増プラン」は格差を広げる“貧困層切り捨て”政策。日本国民は岸田首相の無責任で詰む=鈴木傾城

  • マネーボイス
  • 更新日:2022/06/23
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「所得倍増」を「金融所得倍増」にすり替えた時点で、岸田首相は国民を裏切った。これは政府による公然たる貧困層切り捨て政策である。金融資産がなければ、当たり前だが金融所得もない。とすれば、ないものを2倍しても3倍しても答えは永遠にゼロである。貧困層切り捨てだ。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)

就任した瞬間に「言葉通りではない」と言い訳

岸田文雄・現首相は、総裁選の時に「令和版所得倍増プラン」をぶち上げていた。ところが、首相に就任したら「倍増と言っても言葉通りではない」と言い出した。これは、はっきり言って国民に対する詐欺である。公約詐欺だ。

倍増と言ったら、「倍にして増やす」という意味以外にない。国民の所得で、300万円の人ならば600万円、400万円の人ならば800万円、500万円の人ならば1,000万円にする。これが「所得倍増」である。

岸田文雄は「所得倍増」と確かに言っていたし、それをやると断言したのだ。

それを主張して首相になったのであれば、脇目も振らず国民の所得の倍増に向けて動き始めるのが首相の仕事である。それは国民との約束なのだから、岸田首相は与えられた期間でそれを命を賭けて実現すべきなのである。

それなのに、就任した瞬間に「言葉通りではない」と言い訳するのだから、その瞬間に、この首相は国民を裏切ったことになる。公約を反故にするのであれば、首相に値しない人物なのだから、岸田首相は辞めなければならないはずだ。

その後、この裏切り首相は、取って付けたように「所得倍増のために100万人に能力開発・再就職支援をする」とか言い出している。

しかし、能力開発・再就職支援で国民全員が所得倍増なんか「できるわけがない」のは誰が考えても分かりきった話である。能力開発をしても能力が開花しない人もいれば、再就職支援でも再就職に失敗する人は大勢いる。

この所得倍増は「やっているフリ」でしかない。

そうしているうちに、この裏切り首相・岸田文雄は「金融所得課税を強化する」とか言い出すようになった。そして、「所得倍増プラン」は「金融所得倍増プラン」にすり替えられて今に至っている。

ないものを2倍しても3倍しても答えは永遠にゼロ

しかし、この「金融所得倍増プラン」の胡散臭さはどうしたものか。「政府が勝手に賭場を開くのか?」と呆れる国民もいるのだが、この金融所得倍増プランは、多くの問題をはらんでいる。

まず、「金融所得倍増プラン」は、政府による公然たる「貧困層切り捨て政策」であることに気づかなければならない。どういうことか。それは、以下の式を考えれば、明らかである。

金融所得 × 倍増(2倍)= 金融所得倍増

仮に金融所得がない人に、この公式を当てはめるとどうなるのかというと、このようになる。

0 × 2 = 0

金融資産がなければ、当たり前だが金融所得もない。とすれば、ないものを2倍しても3倍しても答えは永遠にゼロである。どんなに大きな数字をかけても元がゼロならば何も得られないのだ。

だからこそ、これは「貧困層切り捨て」につながる政策であると言われるのだ。

これは「貧困層切り捨て」につながる政策である

すでに日本は一億総中流社会でも何でもない。早稲田大学教授の橋本健二氏は非正規雇用の労働者が低賃金・悪条件の仕事を強いられており、それによって平均年収186万円の貧困層が激増していると指摘している。

コロナ禍の労働環境悪化を経て、この平均年収186万円の貧困層は1,200万人に達しており、上の階層からの転落もあって、もっと増えるのではないかという危惧も発せられている。

この1200万人は生きていくだけで精一杯だ。金融資産を持つどころではないというのが分かるはずだ。岸田首相は「金融所得倍増プラン」を掲げることによって「貧困層切り捨て政策」を進めることを明言したに等しい。

まずは貧困対策を最初に徹底的にやらなければならないのに、どん底に落ちて苦しんでいる人たちを放置するのは許されない。

経済格差はもっと凄まじく広がっていく

「所得倍増プラン」と「金融所得倍増プラン」は何となく似ているので騙されてしまう人もいるのだが言っていることはまったく違う。

まず、「所得倍増プラン」は給料をもらっている人の全員が対象になるのだが、「金融所得倍増プラン」は給料はまったく何の関係もなくて金融資産を保有できている人だけが対象になる。逆の言い方をすると、金融資産を持っていない人は政策の対象外なのだ。

NISAだのiDeCoなど言われても、金融資産がない人たちやそんなものをする生活の余裕がない人たちにとっては蚊帳の外でしかない。

仮に、平均年収186万円の貧困層が激増している中で、この「金融所得倍増プラン」を進めればどうなるのか。当然のことながら、経済格差はもっと凄まじく広がっていくことになる。

弱肉強食の資本主義と化した現在も、すでに経済格差は完全に広がってしまっている。「もはや現状を変えるのは手遅れではないか」と嘆息する国民も多いのだが、岸田首相が「所得倍増プラン」ではなく「金融所得倍増プラン」の方を進めて行ったのであれば、格差問題はもっと悪化していくことになる。

経済格差が広がって底辺から抜け出せないような人たちが広がっていくと、日本社会も荒廃の一途をたどる。

経済評論家の森永康平氏が著書『スタグフレーションの時代』で指摘している通り、荒廃した社会の中で「幸せそうな人を見たら殺してやりたくなった」という動機の犯罪も増えていくだろう。

「金融所得倍増プラン」が幸か不幸か成功すると、経済格差を極度に広げてしまう現実を誰も指摘しないのは奇妙なことだ。そもそも、最初は「所得倍増プラン」と言っていたのだから、平均年収186万円の人たちを貧困から救い上げる所得倍増プランを徹底的にやるのが筋ではないのか。

「所得倍増と言っても言葉通りではない」などと誤魔化すのは言語道断だ。

お前は税金が欲しいから国民をワナにかけるのか?

「金融所得倍増プラン」は金融資産を保有する人たちにとっても、疑問が残る政策である。「貯蓄から投資へ」と岸田首相は述べて、手堅く貯金している人たちの「なけなしの財産」を金融市場に引きずり込もうとしているのだが、投資は言うまでもなくリスクを取ってやるものである。

金融所得倍増プランに乗って国民が貯金を投資に回してリスクを取って、その投資が失敗したら岸田首相は責任を取ってくれるのか?

2022年に入って株式市場は非常に不透明かつ危険な状況になっている。全世界がロシアのウクライナ侵攻や、金融緩和による資金のだぶつきなどに起因する物価上昇に苦しむようになっており、各国政府の急激な利上げによって相場環境は急激に悪化しているのである。

プロでさえもリスクを背負いきれないこの環境の中で、のんきに「貯蓄から投資へ」と言っている岸田首相の素人臭さは壮絶なまでに危険である。相場は政府が「あれを買え、これを買え」と言えるものではない。だとしたら、結局は自己責任となる。

政府が「貯蓄から投資へ」と誘い「金融所得倍増プラン」を約束したのであれば、政府は損失補填しなければならない。政府の推奨によって金融所得が倍増するどころか損失が発生したら、まぎれもなく「政府の責任」なのだ。

もし、損失補填しないというのであれば、それは無責任すぎる政策となる。無責任と言えば、岸田首相は金融所得倍増プランの発表と共に、金融所得課税の強化も発表している。

投資しろと餌を投げておいて、投資して利益が出たら税金をがっぽり取るというのであれば、「岸田首相よ、お前は税金が欲しいから国民をワナにかけるのか?」と疑われても仕方がない。

資産がゼロの人は「0 × 倍増=0」で切り捨てられる。投資に成功したら金融所得税をがっぽり取られる。投資に失敗したら自己責任だと突っぱねられる。「金融所得倍増プラン」というのは、そういう性質のものなのである。

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