野口聡一さん10年ぶりにISSへ...クルードラゴン搭乗前に語っていた“宇宙へ行く意味”

野口聡一さん10年ぶりにISSへ...クルードラゴン搭乗前に語っていた“宇宙へ行く意味”

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/22

日本時間の11月16日9時27分、フロリダ州のNASAケネディ宇宙センターから、野口聡一さん(55)の搭乗する宇宙船「クルードラゴン」が打ち上げられた。約12分後に第一弾ロケットが切り離され、海上に待機する回収船に着陸。「レジリエンス」(回復する力)と名付けられた宇宙船は約27時間半後、国際宇宙ステーション(ISS)とのドッキングを無事に果たした。

「スターマン」と呼ばれるスタイリッシュな宇宙服、タッチパネルで操作されるシンプルな船内、自動制御で帰還するロケット……。民間の宇宙事業を想定したクルードラゴンの打ち上げは、どのシーンを切り取っても新しい時代の幕開けを象徴するものだった。

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©文藝春秋

搭乗員の一人である野口さんは、今回が宇宙での3度目のミッションとなる。スペースシャトル、ソユーズに加えて3種類のロケットに搭乗した飛行士は、2018年に亡くなったジョン・ヤング以来だという。

私は昨年11月、歴代の日本人宇宙飛行士12人に取材し、それを一冊の本(『宇宙から帰ってきた日本人』)にまとめた。そのときのインタビューの大きなテーマとなったのが、「宇宙体験」が彼らの人生にとってどのような内的な意味を持ったか、というものだった。

「宇宙体験」が人に与える内的な影響

その問いに対する答えは想像以上に多様で、「宇宙は出張場所の一つに過ぎない」(金井宣茂さん)と話す飛行士がいれば、「これほどすごいもの(地球)を作るには、奇跡があるに違いないと感じた」(油井亀美也さん)、「『自分は地球に生かされているんだな』というこれまでの漠然とした感覚に、確かな説得力が出てきた」(星出彰彦さん)、さらには「地球に戻ってからの“重力体験”こそが最も大きな驚きだった」(向井千秋さん)と言う飛行士もいた。

そのなかで野口聡一さんは歴代の日本人飛行士の中でも、宇宙体験による自らの感情や心境の変化を積極的に伝えようとしてきた一人だった。彼は大学の研究者と共同研究を行い、学会誌に「内面世界の変化」や無重力による「定位感の喪失と再構築」といったテーマで論文を寄せるなど、「宇宙体験」が人に与える内的な影響に強い関心を持ち続けており、3回目のミッションでも新たなアプローチを模索していると語っていた。

そこで今回の打ち上げの成功に際して、野口さんのその横顔の原点を当時のインタビューからあらためて紹介したい。

船外活動(EVA)での衝撃

野口さんが自身の経験した2度のミッションの中で最も大きな体験として語ったのは、今回も予定されている船外活動(EVA)についてだった。

彼はスペースシャトル「ディスカバリー」で初めて宇宙に行った2005年、3回のEVAを経験している。船外に出た時間は合わせて約20時間。そこで見た「地球」の姿には、宇宙船の窓越しから見るそれとは全く異なる感情を呼び起こされる衝撃があったという。

「ある一瞬の感覚がとりわけ強く印象に残っています」と彼は振り返った。

「ふと目の前にある地球が一個の生命体として――ある意味では自分と同じ生命体として――宇宙に存在しており、いまこうして僕らが話をしているように、そこに一対一のコミュニケーションが存在するかのような気持ちになったんです。僕は地球の周りを回っている。地球も太陽の周りを回っている。大きな物理法則に従いながら、ある一点で二人というか、その二つが共存しているという感覚があった。僕は2005年のあのときから、ずっとそのことの意味を考えてきました」

1965年に神奈川県横浜市に生まれた野口さんは、スペースシャトルの打ち上げをテレビで見た10代の頃から、宇宙飛行士という仕事に憧れてきた。同時期に母親から立花隆著『宇宙からの帰還』を渡され、強く感銘を受けたとも語っている。

スペースシャトル「コロンビア」の事故

高校卒業後、東京大学理科一類に進学した後、航空学科(現・航空宇宙工学科)で航空機のエンジンの研究を行い、大学院博士課程を修了して石川島播磨重工業(IHI)へ就職。NASDA(現JAXA)が公募した3度目の宇宙飛行士候補者選抜試験に応募し、572人の中から選ばれた唯一の宇宙飛行士となった。

ただ、当時を振り返るとき、彼は「宇宙に行く」という体験について、現在とは違う捉え方をしていたと話す。

「定められたロケットに乗り、長い訓練で培った技量を発揮することが、宇宙飛行士に課せられた第一の役割です。だから、宇宙飛行士のミッションはあくまでも仕事であり、宇宙体験についての抽象的な質問には答える必要などない。そんな考えを僕も持っていました」

だが、初めてのフライトが近づいたアメリカでの訓練中、その「宇宙飛行士という仕事」について、見つめ直さずにはいられなくなる出来事が起こる。それが2003年2月1日、スペースシャトル「コロンビア」が大気圏突入時に空中分解し、7名の宇宙飛行士が犠牲となった事故だった。

仲間の犠牲によって変わった「宇宙へ行くことの意味」

当時、6年間に及ぶ訓練を続けていた彼は、次のミッションに最優先で指名される「プライムクルー」に指名されていた。3月にはフライトが予定されており、事故を起こしたコロンビアには搭乗する可能性もあった。

事故後、スペースシャトル計画の予定はキャンセルされ、彼はテキサス州とルイジアナ州にまたがって散った部品を探すため、事故の2か月後に森林地帯での捜索を経験している。以来、自分にとって「宇宙へ行くことの意味」は変わらざるを得なかった、と彼は言った。それまでは一つの「職業」であり「仕事」だと考えていたフライトが、ともに訓練をしてきた仲間の犠牲によって、自らの死とも直結する人生の観念的な問題を含むようになったからだ、と。

「以来、僕は自分が宇宙に行こうとする理由を説明できなくなりました。宇宙に行くことを自分がどのように捉えるべきか。あの事故を間近で見てなお、それでも飛びたいと言える理由をはっきりさせなければならない、と思うようになったんです。例えば、当時の宇宙ステーションの組み立ては、確かに壮大な計画でした。でも、そのために死ねるか聞かれたら、たぶんそうじゃないと感じました。ならば、宇宙に行くことで得られるのは、自分自身の内面的な変化であったり、世界を見つめる目を次のステージに進めたりという、そういったことなんじゃないか。そんなふうに考え始めたんです」

地球の圧倒的な存在感

そして、そのように宇宙体験の意味を模索し始めた彼が、コロンビアの事故とともに強い影響を受けたのが前述のEVAの体験だったのである。

野口さんが初めて船外活動を経験したのは、最初の宇宙滞在の7日目のことだ。ミッションの内容は機体の耐熱タイルの補修検証試験などで、船外活動のリーダーを務めた。

ハッチを開けて外へ出とき、目の前に広がったのは圧倒的な量感の「光」だった、と彼は自著『オンリーワン』の中で振り返っている。太陽の光を反射する地球は、あまりに大きな「存在感」を放っていた。また、軌道から400キロメートル離れて光輝くその地球に、一方で〈手を伸ばしたら届くのじゃないかというほどの親しみやすさ〉を感じた。

〈同じ宇宙からでも、船内からと船外からとでは、圧倒的に見えるものが違いました。宇宙船から見ている景色は、端的に言うと新幹線の中から見る富士山のようなもの。ひとつの景色でしかないんです。きれいだと感じるし、懐かしい地形を見ると感激もする。でも、手を伸ばせば届く様なリアル感はない。

しかし船外に出ると、なによりもまずその存在感に圧倒されてしまう。「目で見る」ことと「触感で感じる」くらいの違いがある〉(『オンリーワン』より)

地球との「一対一」の再会

それは言い換えれば「生きている地球がそこに確かにある」という実感であり、作業中にふと地球の方に目を向けるとき、それが自分に何事かを語りかけているような気さえしたという。

「ふと目の前にある地球が一個の生命体として――ある意味では自分と同じ生命体として――宇宙に存在しており、いまこうして僕らが話をしているように、そこに一対一のコミュニケーションが存在するかのような気持ち……」

この言葉はそのとき胸に生じた感覚を、彼がどうにか言語によって表現しようとしたものだった。

「あのときに自分が見たもの、感じたものはいったい何だったのか」

帰還後もずっとそのことを考え続けてきた、と彼は話した。

ISSへのドッキングが成功した後、野口さんは『鬼滅の刃』のセリフを借りた次のようなメッセージを発している。

「日本の皆様、クルードラゴン運用初号機、無事にISSにドッキングしました。国際パートナーの一員として、民間宇宙船のドッキングに立ち会えてとても幸せです。我々レジリエンスクルーは訓練の間、打ちあがった後も様々な困難な状況に直面しましたが、全集中で乗り切ってきました。これから半年間の宇宙滞在もみなさんと感動を分かち合いましょう。 All for one, crew-1 for all」

前回のフライトから11年、初めての船外活動からは15年の歳月が経つ。

今後、この「crew-1」ミッションの一員としてISSに滞在する中で船外活動が実現すれば、野口さんは地球との「一対一」の再会を果たすことになる。そのとき彼は何を感じ、どんな体験をそこから持ち帰ってくれるのか。ミッションの成功を祈るとともに、帰還後に伝えられる言葉にも注目したい。

稲泉連氏の著書『宇宙から帰ってきた日本人』より、野口聡一さんのパートを抜粋した「野口聡一が見た宇宙という『暗黒の死の世界』と『絶対的な孤独』」は「文藝春秋digital」に掲載されています。

(稲泉 連/文藝春秋 digital)

稲泉 連

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