母へ。あなたが守ってくれた私の視力を台無しにして「ごめんなさい」

母へ。あなたが守ってくれた私の視力を台無しにして「ごめんなさい」

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/11/22
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「私、眼鏡デビューしました」

これが、私が母に伝えたいことです。え、そんなこと? 眼鏡をかけるくらい普通じゃないの? 一般的にはそう思われるかもしれませんが、私にとっては一大事なのです。

昔から、母に厳しく指導されていた「視力」について

私の母親は本当に優しい人ですが、昔から厳しく指導されていたことが二つあります。一つ目は、歯について。社会人になった今でも、帰省すると「歯磨きした?」と食後にしょっちゅう問い詰められます。中高生の頃は、母の勧めで歯科矯正も受けました。そして、二つ目は、本題の“視力”についてです。

「眼鏡になっちゃうよ」これが、母の昔からの口癖でした。至近距離でテレビを観ていたり、暗闇の中で本を読んでいたりすると、こうやっていつも母に叱られていました。ときには「私(母)みたいに、眼鏡になっちゃうよ」と、眼鏡をかけた自分を反面教師にしろと言わんばかりに、枕詞を付けてくることもありました。

そのおかげか、高校生までの視力検査の結果は良好。基本的にはA、近視持ちなのでときどきBといった具合で、眼鏡やコンタクトとは無縁の生活を送っていました。私が“眼鏡を付ける”ことは、老眼にでもならない限りないと思っていました。

そんな甘い考えは、大学入学直後に一気に崩れ去ります。大学入学と同時に一人暮らしを始めた私は、何をしようが誰にも何も言われない、自由な生活を手に入れました。テレビ、スマホ、パソコン…暗闇の中でもでもお構いなしで、何時間でも観続けました。今までの母の言いつけなどなかったかのように、自分の眼をいじめぬいたのです。

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「眼鏡になっちゃうよ」と耳にタコができるくらい注意されていたのに…

それから数か月後。飲食店でのアルバイト中、モニターに表示されたテーブル番号の「6」と「8」の見分けがつかなくなってしまったことに気づきました。疲れているのか、眠くて目がかすんでいるのか…。その後も、板書が見づらい、前まで見えていた物が至近距離でないと見えない等、異変は続きました。私は徐々に自覚し始めました。視力が下がったのだと。

当時はそこまで重く捉えず、コンビニに行くような感覚で近所の眼鏡ショップで眼鏡を購入しました。視力が下がったといってもそこまで深刻ではなく、普段は裸眼、授業中やバイト中、パソコンの作業中には眼鏡をかけるといった具合でした。

そして大学1年生の冬休み、実家に帰省しようとした瞬間、ふと思い出したのです。そういえば私は、眼鏡を作ったことを母親に一切話していませんでした。同時に、これまでの記憶が泉のように溢れ出ました。昔、母親に「眼鏡になっちゃうよ!」と耳にタコができるくらい注意を受けていたこと。そのおかげで高校生の時まで視力に困らずに生活してこられたこと。母はまさか自分の娘が「眼鏡になっちゃった」とは思ってもいないでしょう。焦りました。一体どう説明しよう…と。

私は、そこで初めて反省しました。これまで母が守ってくれた私の視力を、私が自堕落な生活を送ってしまったばかりに台無しにしてしまったのです。結局、私は眼鏡を買ったことを最後まで母に打ち明けることはできませんでした。

眼に限らず、親からもらった自分の身体を大切にしていこうと思います

しかし、そんな私には、意外にも裸眼で運転する資格がありました。それは社会人になって、免許更新した今でも変わりません。私は確かに眼鏡になってしまったけれど、裸眼で運転できる基準を満たすだけの視力は持っていました。

母へ。私、眼鏡デビューしました。眼鏡になっちゃいました。あなたがこれまで守ってくれた視力を台無しにしてしまいました。本当にごめんなさい。一方で、なんとか裸眼で運転できるほどの視力は残っていました。これまで私の視力を守ってくれたあなたのおかげです。ありがとうございます。

「親からもらった身体を大事にする」ありきたりな言葉だけれど、今の私には重く刺さる言葉です。これまでの行動を悔い改め、眼に限らず自分の身体を大切にしていこうと思います。あなたにもらった、そしてあなたに守られてきた大切な身体だから。

まやごもり

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