「あちらを立てればこちらが立たない」アンビバレントな状態はよりよい意思決定につながる

「あちらを立てればこちらが立たない」アンビバレントな状態はよりよい意思決定につながる

  • @DIME
  • 更新日:2021/02/24
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この靴もだいぶくたびれてきた。靴は履きつぶすほうで、ここのところは某ホームセンターで買った同じ靴ばかり履いている。次もこの靴で何の問題もないが、たまには違う靴にしてみようという気持ちもないわけではないが……。

仕事のミスをなんとかリカバリーして街を歩く

文京区・音羽通りを護国寺に向かって歩いていた。すでに日は暮れていて人通りの少ない歩道を歩くのは少し寂しい。それでもいくぶん寒さが和らいできたこともあり夜でも足取りは軽い。

この靴のくたびれ以上に、くたびれた一日がようやく終わった。すべては自分のミスなのだが、返却する資料を送る先を間違えてしまっていたのだ。午後一番で回収に行き、先ほど本来送り返す場所へ届けてきたのである。こんなミスをしでかしたのも久しぶりだ。

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※画像はイメージです(筆者撮影)

帰りは東京メトロ・護国寺駅から有楽町線に乗っていったん池袋に出るつもりであったが、骨折り損のくたびれ儲けの一日から立ち直るにはこのまま少し歩きたい気持ちにもなり、地下鉄の出入口を通り過ぎる。少し歩いて頭を冷やしたほうがよいだろう。

なぜこんなミスをしてしまったのかといえば、ここ数日ちょっと慌ただしかったことに尽きるのだが、送らなければならないものが同時期に複数あったこともまた影響していたかもしれない。確かに自分のミスであったが、いかにもミスをしそうな条件がそろっていたことも事実だ。あまり自分を責めても仕方がないようにも思えてくる。

不忍通りにぶつかるT字路の交差点にさしかかってきた。独特なデザインの交番も見えてくる。その外観はまるで板かまぼこの断面を垂直に半分にカットしたかのようだ。

今回のミスで自分を責めるのは止めようとは思うのだが、心理学的には無視できない用語もある。それは自己奉仕バイアス(self‐serving bias)という“偏見”だ。

自己奉仕バイアスとは、自分の成功は自分が持つ優れた能力や手腕によるものであると考える反面、自分の失敗はその時の状況や条件などによるどうすることもできない外部要因にあったと考えがちな傾向のことである。まさに今回の自分のミスが状況的に仕方がなかったと考えるのは自己奉仕バイアスのせいであるのかもしれない。必要以上に自分を責めることもないが、こうしたバイアスにも自覚的であるべきなのだろう。

信号を渡って不忍通りを左に進む。交番を通り過ぎ護国寺の立派な門構えを仰ぎ見て少し歩くと、ここにも地下に降りる護国寺駅の出入り口がある。どうやらこの出入口の傍らで待ち合わせをしていたのであろう女性が、遅れて来た男性に小言を言っているのが聞こえた。女性の話を聞けば、どうやらこの男性は以前にも“前科”がありそうである。男性は遅刻の“常習犯”ということなのだろうか。

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※画像はイメージです(筆者撮影)

2人の前を通り過ぎる。男性は女性に平謝りの様子だ。この男性がどれほどの“常習犯”であるのか知る由もないが、男性が100%悪いのだと考えるのも極端なことなのかもしれない。心理学的には対応バイアス(correspondence bias)と呼ばれる用語があり、このバイアスは他者の行動を解釈するにあたって、その人物の性格特性や行動特性を重視し過ぎるあまり状況的な面を軽視する傾向のことである。

この男性は確かに遅刻が多い人物なのかもしれないが、今回の遅刻に外部的要因が一切なかったと考えるのは極端に過ぎるということになるのだろう。もちろん通りかかっただけの人間には真実は知り得ないことではあるが……。

あちらを立てればこちらが立たない靴選びのアンビバレンス

不忍通りをさらに進む。右手にはしばらく某私立学校の校舎が続く。

自己奉仕バイアスも対応バイアスも、要するに自分には甘く、他人には厳しいという我々の基本的な傾向を示すものなのだろう。生存戦略として基本的にエゴイスティックな我々には無理もないバイアスだともいえる。

バイアスのある考えを抱くこと自体はそれぞれの自由だともいえるが、気をつけなければならないのはバイアスを持つことで意思決定に悪影響を及ぼす可能性である。バイアスを持つことでより良い選択や判断ができなくなるとすれば看過できない問題となる。先ほどの男性を遅刻の“常習犯”と決めつけてしまえば、判断を見誤うことがあるかもしれないのだ。

歩いていると靴底がすり減って斜めになっていることが実感できる。やはり靴は早々に買い替えたほうがよさそうだ。さっき少し考えたように、同じ靴にしない選択をするとなればどんな靴がよいのだろうか。

靴のデザインにこだわりがあるわけでもなく、実際は常にスニーカーを履いていれば一番楽でいいと考えるほうなのだが、服装に合わなかったり、仕事で人と会う場合なども考慮すると常にスニーカーというわけにもいかないように思う。

そして今日のように外に出た日はよく歩くほうなので、純粋な革靴はなかなか難しく感じている。長距離を歩けば革靴の傷みも早まるし、足への負担も無視できない。そこそこの値段の革靴を履き潰すのはもったいないし、かといってソールの張替えなどのメンテナンスもなかなか面倒に思えてくる。

そこで今履いているようなウォーキングタイプの靴ということになるのだが、このタイプの靴はどうしてもデザイン面が野暮ったくなるのは否定できない。今の靴も決してデザイン面で気に入っているわけではなかった。

つまるところスニーカーにはスニーカーの良さがあり、革靴には革靴の良さがあるわけだが、同時にそのどちらにもマイナス面があるのだ。靴選びに関してはあちらを立てればこちらが立たずという相反するアンビバレンツ(二律背反)な感情に苛まれてしまうのだが、実はそれは必ずしも悪いことではないことが最近の研究で報告されていて興味深い。アンビバレンツな心の状態は、偏見の少ないより良い意思決定に繋がるというのである。

一部の人は他の人よりもアンビバレンスが強く働きます。これらの個人差が判断と意思決定にどのように関連するかを理解するための第一歩を踏み出し、社会的判断課題におけるアンビバレンス特性と認知バイアスとの関係を調べます。

具体的には、人の知覚において最も広範で結果的な帰属バイアスの2つ、対応バイアスと自己奉仕バイアスに注目します。アンビバレンス特性と対応バイアスの間には負の関係があります。アンビバレンス特性が高い個人ほど、行動を人の気質に帰する傾向が小さくなります。

自己奉仕バイアスについても同じことがわかります。要約すると、アンビバレンス特性は、人の知覚における認知バイアスと負の関係があることを示しています。

※「British Psychological Society」より引用

ドイツ・ケルン大学をはじめとする合同研究チームが2020年9月に「British Psychological Society」では、実験を通じてアンビバレンス特性と認知バイアスの関係を探っている。

調査では1832人の参加者に対してアンビバレンスの度合いを測定するテスト受けてもらったうえで、さらに2つのバイアス(対応バイアス、自己奉仕バイアス)の強さを測定した。

研究チームはアンビバレンス特性が強い者ほど、対応バイアスと自己奉仕バイアスのレベルが低くなる傾向があることを突き止めた。言い換えればアンビバレンス特性が高い人ほど、他者への厳しさが弱まり、自分への甘さも弱まったのだ。つまり自分に甘くなくなり、他人に厳しくなくなったのだ。

気になっていた焼き鳥屋で焼き鳥を買って帰る

首都高の下を抜ける横断歩道の信号に差しかかると、道の向こう側に軒先の真っ赤な庇が目立つ焼き鳥屋が見えてくる。付近には店舗などは皆無の殺風景な土地柄ゆえに、否が応でも存在感が際立つ。この店の存在は以前から知ってはいたのだが、これまで利用したことはなかった。

もう午後7時を過ぎていて、このご時世では今から飲食店には入れるはずもない。スーパーかコンビニでちょっとした酒の肴を買って帰ろうと考えていたが、ここで焼き鳥を買って帰ってもよいのだろう。テイクアウトが主力で店の外には受け取り待ちの先客もいて、店の中には立ち飲み客も数人いる。店内で飲んでみるのもよさそうだが、とりあえず今回は遠慮することにする。緊急事態宣言が解除してからの楽しみに取っておくことにしたい。

ガラスケースの中の焼き鳥を合計で12本購入し、焼き直すのを待って受け取ってから再び歩いて家路へ向かう。

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※画像はイメージです(筆者撮影)

焼き鳥が入ったレジ袋を手に提げて不忍通りを目白に向かって歩きはじめる。歩いていると、次にどんな靴を買うのかという中断していた懸案が再びよみがえる。

スーツしか着ない日常なら革靴しかあり得ないし、毎日カジュアルな服装であればスニーカーで何の問題もないのだろう。しかしそのどちらでもなく、しかも気が向けば長距離を歩きたい自分にとってはなかなかの“難問”だ。

しかしこのアンビバレントな状態では、認知バイアスが低くなるという思いがけない副産物がもたらされるのである。研究チームによれな、このアンビバレンスのポジティブな効果に注目し、アンビバレントな状態は意思決定プロセスに有益な効果があることを指摘している。つまりアンビバレントな状態では偏見が少ないより良い選択と判断ができるというのである。

だとすればこの状態のまま、もう少し検討してみればなかなか良い案が思いつくのかもしれないが……。

……帰宅してからは再び外に出てまだ開いている近所のスーパーに駆け込み、缶ビールや総菜を買って戻る。そして今宵も“宅飲み”と決め込むことにする。焼き鳥はどれも美味しい。

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※画像はイメージです(筆者撮影)

ともあれ気になっていた焼き鳥屋の焼き鳥に意図せずともこうしてようやくありつけることになった。このご時世でなかったら訪問はまだまだ先になったかもしれず、その意味では自粛も悪いことばかりではないのかもしれない。靴についてはアンビバレントな状態を自覚しつつも焦らずもう少し考えてみることにしよう。

文/仲田しんじ

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