大人気ぺこぱ、”誰も傷つけないツッコミ”の本質を元芸人が分析! 『M1』優勝の鍵・シュウペイの覚せい

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2020/11/21

漫才……ボケとツッコミという二つの役割で構成され、その起源である平安時代に発祥した”萬歳”という伝統芸能の頃から、その図式は変わらない。

ツッコミの役割は。ボケの間違いを指摘することで観客に笑いどころを示し、言葉だけではなく、肩や頭を叩いて表現する。ほとんどの芸人はこのツッコミの型を守り、その中で個性を主張してきた。

しかしこれまでのお笑いの歴史の中で、型にはまらず王道ではないツッコミをする芸人が、時々出現する。

僕の同世代では、相方への愛情をベースとし、淡々とした口調で突っ込む『おぎやはぎ』や、優しい口調と聞き取れないくらいの小声とたっぷりの間で突っ込む『スリムクラブ』などがいる。

では今の若手芸人の中で、型破りなツッコミ異端児と言ったら、だれだろうか。僕が真っ先に思いつくのは『ぺこぱ』だ。

ご存じの通り、ベタすぎるボケのシュウペイに対し、松陰寺(太勇)がそれを否定することなく、ポジティブに肯定する形。調べたところ、本人たちはこのスタイルを”ノリ突っ込まないボケ”と表現している。

『M-1グランプリ2019』で、”誰も傷つけない優しいツッコミ”を武器に、ほぼ無名の状態で決勝へ上がり、第3位の成績になったのは本当に凄い。

この誰も傷つけない漫才が、なぜこれほどまで世間に受け入れられたのか。それはまさに今の時代にマッチしているからだろう。

今や数々の番組に引っ張りだこの『ぺこぱ』だがその半面、短期間で人気になった芸人が一番恐れていることは、その人気が一過性のものですぐに終わってしまうということだ。俗にいう”一発屋”である。

果たして『ぺこぱ』も一発屋で終わってしまうのか――。

その答えは……ならない。元芸人目線で分析すると、理由は2つある。

ひとつめは先述もしたが、「現在の社会に適している」という点だ。

ただ笑いの質が今の若者にウケているとか、テレビの流行りにのっているという意味ではなく、笑いとは関係の無い部分が時代に合っているのだ。

誰もが傷つきやすく、誰もが傷つけやすいこの時代に、誰も傷つけない漫才というのは需要と供給が完璧にマッチしているといっても過言ではないだろう。

ネットで『ぺこぱ』についての感想を調べると「ネタが面白い」よりも、「好き」という意見が多い。

ここからは憶測だが、毎日の仕事や生活の中で、自分の発言が他者から否定されたり、怒られることは日常茶飯事だ。ボケはそんな”否定される人間”の代表格であり、視聴者は自分をシュウペイと重ね、どんな発言にも決して否定せず、むしろポジティブに変換する松陰寺(太勇)のツッコミによって心の疲れを浄化しているのではないかと僕は思う。

ネタそのものよりも、2人の人間性が好きだったり、漫才に癒されると感じる人が多いのは、それが理由だろう。

この”全肯定”を育児に応用し、子どもがやることを否定しない”ぺこぱ流育児”というものを開発した人もいるほどだ。

そして一見、否定しないだけのツッコミは、誰でも思いつき、簡単に出来そうな風に見えるが、この”ノリ突っ込まないボケ”というのは実は奥が深い。注視してみると、時折二段構えになっていて、この時こそ『ぺこぱ』の力が発揮されている。

『M-1グランプリ2019』決勝で披露した「タクシー運転手になってみたい」というテーマの漫才を例にして紐解いてみよう。

シュウペイがタクシー運転手になりたいといい、それに対して松陰寺が客になるというネタ。

漫才コントに入って一発目のボケは、タクシー待ちをしている松陰寺が「ヘイ!タクシー」と言って手を上げる。シュウペイは停まると思いきや、そのまま松陰寺へぶつかる。

かなりオーソドックスなボケで、一見すると素人が思いつきそうなボケに見えるが、『ぺこぱ』の場合、ボケはシンプルであれば、シンプルであるほどいい。

なぜなら観客がボケを聞くと同時にツッコミフレーズを思い描かないといけないからだ。その観客が思い浮かべたツッコミをポジティブに変換していくことで、笑いを起こし、『ぺこぱ』の癒しワールドへ誘うのだ。

ほとんどの人が『どこ見て運転してんだよ!』というツッコミを思い浮かべる。

しかし松陰寺は『どこ見て運転してんだよ!って言える時点で無事で良かった』と、運転手への怒りというネガティブな言葉をポジティブな発想に転換する。さらに『そうだろ?無事であることが何より大切なんだ』と観客に問いかけるのだ。

これこそが『ぺこぱ』が愛される最大の要因である。

ボケに突っ込んで終わるではなく、自分自身を見つめなおし、どんなときもポジティブでいある松陰寺に、観客は何か感じ始める。

このあと、もう一度ぶつかるというボケがあり、それに対しては『2回もぶつかるってことは、俺が車道側に立っていたのかもしれない』というノリ突っ込み。これも”もしかしたら自分がわるかったのかもしれない”という反省に変換するのだ。たった2つのツッコミで2つの大切なことに気付かされる。

そして『もう、誰かのせいにするのはやめよう』というセリフを松陰寺が足す。このセリフにハっとしてしまう人もいるはずだ。

この漫才を通して世の中に訴えかける二段構えこそが『ぺこぱ』が一発屋にならない理由のひとつ。そして2つ目は『シュウペイ』である。

一発屋になりやすいコンビの特徴のひとつに、片方しか印象に残らないというのがある。

コンビに格差があり、片方が”じゃない方芸人”と呼ばれてしまうのだ。ちなみに僕がやっていたホーム・チームの場合、相方が沖縄出身でインパクトがあった為、僕は沖縄じゃない方と言われたこともあった。

『ぺこぱ』を初めて見る人にとって、派手なメイクと紫の衣装、さらにはあの話し方で松陰寺は印象が強く、明らかにシュウペイは”じゃない方芸人”にカテゴライズされてしまう。

正直なところ、シュウペイが個性を発揮する努力をしない限り、『ぺこぱ』の人気は続かないだろうと思っていた。しかしいろんな番組に出演し、少しずつ慣れてきた2人を見ていると、シュウペイの底知れない才能を垣間見えてきたのだ。

今年の2月に千鳥が司会の番組『相席食堂』(朝日放送)で放送された「街ブラー1グランプリ」という大阪の京橋で街ブラロケをし、優勝者を決めるという企画があった。

カメラを見ると凄い勢いで絡んでくる関西の人たちに松陰寺は早々に心が折れたようで、次第に声量が小さくなり、いつもの”ノリ突っ込まないボケ”もできない状態になってしまった。これは明らかにマイナスプロモーションになりそうな気がしていたが、VTRの後半にシュウペイがひたすらボケている姿が映っていた。松陰寺のツッコミがあろうがなかろうがひたすらボケたのだ。正直、ひとつひとつのボケのクオリティは高くはない。しかし心が折れないというのは相当な武器であり才能である。シュウペイの周りの反応お構いなしにボケを連発する姿を見て大悟は「VTRが跳ねだした」と笑いながら称賛していた。

芸人の才能に一番敏感なのはテレビスタッフだ。先物買いをしなければいけないので当然と言えば当然だ。しかも一流の番組のスタッフはより敏感に感じる。

また今や長寿番組になった『ロンドンハーツ』(テレビ朝日)のスタッフもシュウペイの匂いを嗅ぎつけた。狩野英孝やパンサーなど数々の若手を見出した番組。そのスタッフともなれば、笑いへの嗅覚は半端ではない。

今年の5月に放送された企画「ドッキリ&カミングアウト温泉」では、最初にメインでドッキリを仕掛けられたのは松陰寺だったが、巻き添えを食らうという形でシュウペイにもドッキリが仕掛けられた。

元来ビビリという性質持っていた為、すべてのドッキリに対し、マンガのように大げさに驚き、転げまわるといった奇跡的なリアクションを連発し、松陰寺に「今日は圧倒的に(シュウペイに)勝てない」と言わせたほど爆笑をとった。

さらには今年10月に放送されたロンハーのスペシャルでは松陰寺が50PAというキャラに扮し、狩野英孝の50TAのライバルとして登場したが、番組後半の隠し玉としてシュウペイ中心の企画もあった。膨らんでいく巨大風船と共に部屋に閉じ込められながら、リアクションをしながら作詞作曲をし、出来上がった歌をステージで披露した。番組後半のメイン企画というところに、シュウペイに対するスタッフの信頼感を感じ取れた。

このように松陰寺が『ぺこぱ』の看板となって突破口を開き、その後ろでひっそりと着実に才能を発揮するシュウペイがいれば一発屋になることはない。

この誰も傷つけない漫才を通して、誰も傷つけない生き方に気付く。

日々の忙しさの中でつい自分中心に考えてしまいがちな現代の人々へ、本当に辛くなったり、イライラしたりした時は、『ぺこぱ』の漫才のように、一歩立ち止まり自分を見つめなおしてみよう。

そうすればポジティブな『ぺこぱ』流ライフを送れるはずだ。

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