佐賀に移住した若手プロレスラー リングにかける思い

佐賀に移住した若手プロレスラー リングにかける思い

  • FBS福岡放送
  • 更新日:2021/07/22
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佐賀県唯一のプロレス団体が6月、神埼市に立ち上がりました。東京から神埼市に移住した若手レスラーと病気で右目の視力を失いながら団体の代表を務める女性が二人三脚で奮闘する姿を追いました。

佐賀県唯一のプロレス団体が6月、神埼市に立ち上がりました。東京から神埼市に移住した若手レスラーと病気で右目の視力を失いながら団体の代表を務める女性が二人三脚で奮闘する姿を追いました。

6月、佐賀県神埼市で行われたプロレスの試合。熱い戦いに観客くぎづけになっていました。

東京から、縁もゆかりもない神埼市に移住したプロレスラーと子どもたちに夢と勇気を与えたいと考え団体を立ち上げた女性。佐賀県唯一の小さなプロレス団体の活動を追いました。

島根県出身のプロレスラー。岩崎永遠選手22歳。活動の拠点だった東京から佐賀県に住まいを移すことになったのは今年4月のこと。

■プロレスラー・岩崎選手

「新しく環境も全く変わって、全然違う生活が始まるので、すごい楽しみではありますね。」

その岩崎選手を迎え入れたのは佐賀県神埼市の鶴有紀さん(37)。建設会社の社長であるとともに、子どもたちの健全な育成を目的とした一般社団法人の代表として活動しています。

鶴さんが岩崎選手と出会ったのは、いまから約3年前。会社の記念行事を盛り上げようと開いたプロレス興行に当時、東京で活動していた岩崎選手を招いたのがきっかけです。

■BURST・鶴代表

「第一試合うちの岩崎の試合だったんですけれど、なんか面白い、見ていくうちにどんどん引き込まれて。」

約10年前、原因不明の病に襲われ、右目の視力を失った鶴さん。闘病中にプロレスを見ることで勇気をもらっていたといいます。「夢と挑戦と感謝の気持ちを子どもたちに伝えたい」。鶴さんは岩崎選手とともに活動を始めることを決めました。

■BURST・鶴代表

「私のこの実体験をもとにちょっとしんどいことがあっても何かを忘れさせてくれるものがあるよっていうことを伝えていきたいなっていうのがあって。」

プロレスラーとしての活動だけでなく、鶴さんが経営する建設会社でも働くことになった岩崎選手。地元企業への挨拶回りで、まずは顔を覚えてもらいます。

■新進運輸株式会社・近藤はるみ取締役

「若い人がね、佐賀に来てくれるってことはいいことよね。」

毎日トレーニングに汗を流しますが、団体に所属するプロレスラーは岩崎選手を含め2人。しかも、1人は関東を拠点に活動中のため、実質1人での練習を強いられていました。

■プロレスラー・岩崎選手

「相手の技を受けてというのがプロレスなので、練習相手がいればそういう練習もできると思いますし、つらいというかさみしくなりますよね…。」

孤独な中でも、「プロレスで夢を与えたい」と強い覚悟をもち日々鍛錬に励んでいます。

6月24日―。岩崎選手と鶴さんは神埼市の子ども園を訪ねました。岩崎選手が移住してから初めての訪問です。

■プロレスラー・岩崎選手

「小学生ころに初めてプロレスをみて、僕の中でヒーローがこれだなっていうのがプロレスラーだったので、そのとき持った夢のために運動したり、勉強したり、友達を大切にして頑張りましょう。」

子どもたちの笑顔から大きな力をもらった岩崎選手。3日後、その姿は試合会場にありました。鶴さんが立ち上げたプロレス団体、「BURST」がついに旗揚げの日を迎えたのです。

■岩崎選手プロレスラー・岩崎選手

「少しでも子どもたちに何か伝えられたらなっていうのと、頑張ろうというふうにプロレスでも少しでも伝えられたらなと思って頑張ります。」

試合序盤から攻めこまれ、苦しい展開が続く岩崎選手。相手選手の猛攻により、何度も窮地に追い込まれますが、あきらめず立ち上がります。果敢に攻め込む岩崎選手。それでも…。健闘むなしく試合には敗戦。それでも観客にはプロレスを通じたメッセージ、しっかりと届いていました。

■観客

「あきらめないところが好きです。」

■観客

「やられてもやられても、そのたびに立ち上がってその闘志にすごく勇気をもらいました。」

■プロレスラー・岩崎選手

「どんどん上に、この佐賀県から進みたいと思ってますので、みなさまもどうかこれからも応援のほどをよろしくお願いします。」

会場に集まった110人の観客を魅了したプロレス団体の活動―。多くの人に夢を希望を与える挑戦始まったばかりです。

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