
(写真提供:photoAC)
自分の子どもが最初に話す言葉は親にとって気になるものですが、そもそもどうやって子どもたちは言葉を覚えていくのでしょうか。慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみさん、名古屋大学大学院人文学研究科准教授の秋田喜美さんいわく、言語を習得するときには、オノマトペが重要な働きをするとのことで――。
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子どもの発達にオノマトペが必要?
しーん もこ もこもこ にょき もこもこもこ にょきにょき……
詩人の谷川俊太郎と画家の元永定正(もとながさだまさ)のコンビによる、超ロング・ベストセラー絵本『もこ もこもこ』に登場するフレーズである。
「しーん」という、音のない静寂を表すオノマトペ。そこから「もこ」と一言。地面がちょっとだけ盛り上がる。ページをめくると盛り上がりが何倍にもなって、「もこもこ」と。
次に「にょき」と、小さいモノが顔を出す。盛り上がりはさらに巨大になり、「もこもこもこ」と。にょきっと伸びたモノは食べられてしまうが、「つん」と盛り上がりの頭部からまた出てくる。最後は再び「しーん」となる。
音のリズムに、鮮やかな色と単純で力強いフォルム。ストーリーはあるともないとも言える。赤ちゃんは、そして幼児は、この物語をどのように受け取るのだろう。
子どもの絵本は、オノマトペにあふれている。子どもはオノマトペが大好きだ。子どもを育てたことがある人、子どもが身近にいる人は、彼らがオノマトペを口ずさむ姿を思い出すかもしれない。
子どもはなぜオノマトペが好きなのだろう? オノマトペには子どものことばの発達に、何かよい効果があるのだろうか?
子どもが小さいほどオノマトペを多用する
大人は子どもに話すときには本当にオノマトペを多用しているのだろうか? まず、この素朴な疑問の真相を確かめるために実験を行ってみた。ソーセージにフォークを突き刺す、紙を丸める、ハサミで紙を切る、浮き輪で水に浮く、など日常的な動作のアニメーションを12種類用意した。

大人への発話vs. こどもへの発話の比較実験に用いたアニメーション(『言語の本質』より)

アニメ「ソーセージにフォークを刺す」(『言語の本質』より)
それぞれの動作は動詞を使って表現することもできるが、「ブスッ」「クシャッ」「チョキ チョキ」「プカプカ」などとオノマトペで表現することもできる。19組の親子ペアに調査に参加してもらい、そのうち10組は子どもが2歳、9組は3歳だった。
保護者は、12種類すべてのアニメを見ながら、自分の子どもに向かってアニメの中身を話してもらった。その後、保護者は、実験者(大人)に対して同じ12種類のアニメについて話をした。
すると親たちは、大人に話すときよりも子どもに話すときのほうが、オノマトペを頻繁に使うことがわかった。しかも、子どもが小さいほど、オノマトペの頻度が高いことが実験からわかったのである。

CDS…Child Directed Speech は子どもに向けた発話
この実験では、子どもの年齢によって、親がオノマトペの使い方を変えていることもわかった。
子どもに使うオノマトペの特徴
オノマトペがそれぞれの発話でどのように用いられたかを探るため、親がオノマトペをどの品詞で使っていたかを分類した。子どもに向けた発話と大人に向けた発話でオノマトペの使われ方に違いがあるかを見てみると、間投詞的な使い方と副詞的な使い方に大別することができた。

『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』(著:今井むつみ、秋田喜美/中公新書)
間投詞というのは、文の中で文法的な役割を担うのではなく、「あーっ」や「どっこいしょ」などのように、口をついて出ることばである。感情や態度が思わず声として出てしまう感じで発話されることが多い。
オノマトペも、「くしゃくしゃー、くしゃくしゃー」のように完全にオノマトペ単体で使われるものが子どもに向けた発話ではよく見られた。これも間投詞的な使い方である。
それに対して、大人に向けられた発話では、「くしゃくしゃに、丸めています」のように動詞を修飾する副詞的な使い方がもっとも目立った。そのほか、「くしゅくしゅしてるよ」のように「する」と結びつき、動詞的な役割を担っていると見なせるものが、子ども向け発話にも大人向け発話にもいくらか見られた。
物事を描写するオノマトペが述部に入って活用されてしまうと、オノマトペのアイコン性(音と意味の類似性)が薄まり、音と意味のつながりを感じにくくなる。
一方、述部の外に現れる語は、高いアイコン性を持ちやすい。中でも間投詞はもっとも述部から独立しており、声の調子もダイナミックに調整しやすいため、オノマトペのアイコン性を保ちやすい。
これを踏まえると、親は子どもに話しかける際、できる限りアイコン性を高める形でオノマトペを使う傾向があると言える。
絵本の中のオノマトペ
おもしろいことに、絵本でも、対象とする子どもの年齢層ごとに、オノマトペの使われ方に違いがある。0歳用の絵本は、『もこ もこもこ』のように、1ページにオノマトペを一つだけ印象深く使うものが目立つ。
文の中で使われるのではなく、オノマトペ単体である。子どもはひたすらオノマトペの音と絵の絶妙なマッチングを感覚的に楽しむ。
2歳半以降の幼児を対象にした絵本では、ことばが組み合わされ、簡単な句や文が使われるようになる。ここでのオノマトペは少し違った役目を担う。『しろくまちゃんのほっとけーき』は、文字どおり主人公のしろくまちゃんがホットケーキを作る絵本である。
どろっとしたタネがフライパンに落とされ、火が通っていくと気泡ができて音がしてくる。片側が焼けてきたらシュッとひっくり返され、フライパンにぺたんと着地。まだ生焼けだった側にも火が取ってきてふっくら、そしていい匂い。最後にフライ返しで投げてお皿に到着。おいしいホットケーキのできあがり。
一連の過程を表すと、長い、複雑な文章になるが、それでは1、2歳の乳児にはとても理解できない。でもオノマトペを重ねるとどうだろうか。
ぽたあん どろどろ ぴちぴちぴち ぷつぷつ しゅっ ぺたん ふくふく くんくんぽいっ
すでにこれらのオノマトペを知っている大人はもとより、知らなかった赤ちゃんにも、音、匂い、触感、火が通っておいしくなっていくさまが感じ取れる。
視覚、嗅覚、触覚など複数の感覚にまたがったホットケーキの変化の様子が一場面一場面、鮮やかに目に浮かぶ。単語や構文を理解できない赤ちゃんでも十分楽しめる。
年齢によって、使うオノマトペが変わる
もう少し大きい幼児(3歳から5、6歳)を対象にした絵本ではオノマトペはどう使われているだろうか?
たまごは やまを ころがって、ころころ ころころころがって、いわに ぶつかり、ぽーーーんとはねて、ようやく、ストンと とまりました。
アレックス・ラティマー著、聞かせ屋。けいたろう訳の絵本『まいごのたまご』からのフレーズである。迷子になってしまった恐竜の卵の親を、みんなで探す話だ。
この絵本は、『もこ もこもこ』や『しろくまちゃんのほっとけーき』と違い、なかなか長いストーリーだ。一文一文も長い。動詞もよく使われる。この2行だけでも、「ころがる」「ぶつかる」「はねる」「とまる」という4つの動詞がある。
先ほど、日常場面のアニメーションを保護者に説明してもらう実験について述べた。2歳児に向かって話すときはオノマトペを単体で使うが、3歳児に話すときには動作を修飾する副詞としてオノマトペを使うことが多かった。
オノマトペの必要性
絵本の作り方もこれと同じ構造をしている。0歳の乳児の言語学習の主眼は、おもに母語の音や韻律の特徴をつかみ、音韻の体系を作り上げることである。0歳児の絵本は意味を伝えるよりも音を楽しむ。
1歳の誕生日を迎える頃から、本格的に単語の意味の学習が始まる。意味の学習を始めたばかりで意味を知っていることばがほとんどない時期は、単語の音と対象の結びつきを覚えるのも簡単ではない。オノマトペの持つ音と意味のつながりが、意味の学習を促す。
2歳近くになると語彙が急速に増え、文の意味の理解ができるようになる。しかし文の中でも動詞の意味の推論はまだ難しい。
そのときに、オノマトペが意味の推論を助けるのである。子どもを育てる親たちも、絵本作家たちも、そのことを直感的に知っていて、子どもの言語の発達段階に合わせ巧みにオノマトペを使って、子どもが必要とする援助を無意識に行っているのだ。
※本稿は、『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)の一部を再編集したものです。
今井むつみ,秋田喜美