【舛添直言】カザフ大統領はなぜ自国軍でなくロシア軍を頼ったか

【舛添直言】カザフ大統領はなぜ自国軍でなくロシア軍を頼ったか

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  • 更新日:2022/01/15
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カザフスタンのトカエフ大統領(写真:ロイター/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

年明けの1月2日、旧ソ連邦のカザフスタンでは、燃料価格の高騰に抗議するデモが暴徒化し、旧首都である南部のアルマトイで市庁舎が放火されるなど、騒然とした状況になった。トカエフ大統領は、警察に対して警告なし射撃で徹底的に抑え込むことを厳命した。

さらに、トカエフは、ロシア主導の軍事同盟である「集団安全保障条約機構(CSTO)」に治安部隊を派遣するように要請した。これに応じてロシアの精鋭部隊がカザフスタンに入り、公共施設などの要所を固めた。

この結果、11日には事態は鎮静化し、ロシア軍は撤退を開始した。この間、9900人が拘束され、164人が死亡したとカザフ政府は発表している。また、トカエフは、暴動の責任をとらせる形で内閣を更迭し、スマイロフ第一副首相を新首相に任命している。

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1月13日、カザフスタンのアルマトイで、集団安全保障条約機構(CSTO)の平和維持軍のカザフスタンからの撤退を開始する式典で自国の国旗をたたむロシア軍兵士(写真:ロイター/アフロ)

暴動の真の理由が何なのか、ガスの値段が上がったことだけではなさそうであるが、正確な情報はまだ掴めない。政権内部の権力闘争という説もある。

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カザフスタン、国土の広さは世界9位

中央アジアに位置するカザフスタンは、世界第9位という広大な国土を持ち、石油、天然ガス、ウラン、クロム、銅、鉛、亜鉛などの鉱物資源が豊富である。ウランは世界一、クロムは世界2位の採掘量を誇っている。人口は1880万人である。19世紀半ばに、ロシアに征服され、1917年のロシア革命後はソ連邦に編入され、1991年のソ連邦解体によって独立共和国となった。

カザフスタンと言えば、日本人には、セミパラチンスク核実験場や実業家・前澤友作の宇宙旅行でも話題になったバイコヌール宇宙基地がよく知られている。

独立後は「独立国家共同体(CIS)」に加盟し、ロシアとの友好関係を維持してきた。ヌルスルタン・ナザルバエフが初代大統領に就任し、2019年3月まで、27年余にわたって権力を維持してきた。後継は、カシムジョマルト・トカエフであり、与党「ヌル・オタン(輝く祖国)」による事実上の一党独裁である。

なぜデモ鎮圧に外国部隊なのか

今回のデモの際に、「老人は出て行け」という声があがったが、「老人」とはナザルバエフのことである。彼は、今なお一定の権力と権威を維持しており、後継者と目されている長女ダリガは政界で活躍し、トカエフが大統領になった後、後任の上院議長に就任した。

しかし、彼女は、2020年5月に上院議長職をトカエフ大統領によって解任され、上院議員の資格も剥奪された。そのような背景があるため、トカエフ陣営によるさらなるナザルバエフ陣営追い落としにこの暴動が画策されたのではないかという観測もある。トカエフは、1月5日には、安全保障会議議長のポストをナザルバエフから剥奪し、自らが就任した。また、ナゼルバエフの側近であるマシモフ元首相を国家反逆罪で逮捕している。さらに、トカエフは、経済発展へのナザルバエフの功績を認めつつ、国民の間の経済格差が拡大したことを批判している。

以上のような状況から判断して、権力闘争説が展開されているのであるが、それが正しいか否かは分からない。

ブリンケン米国務長官が言うように、デモ鎮圧のために外国の軍隊を導入するというのは、あまり合点のいく話ではない。しかし、カザフ軍がトカエフではなく、ナザルバエフに忠誠心を持っているとすれば、トカエフにとっては、あまり信用するわけにはいかなくなる。そこで、プーチン大統領に諮って、信用のおけるロシア軍を使ったという観測も成り立つ。

旧ソ連の国々のNATO入りを阻止したいプーチン

権力闘争説から離れて、ロシアとの関係について考えてみたい。

ロシアは、今ウクライナとの間で緊迫した状況にある。それは、この隣国が敵陣であるNATOへの加盟を模索しているからである。30年前にソ連邦が解体し、連邦を構成する15の共和国がそれぞれ独立したが、西ヨーロッパとの間に存在するポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、バルト3国などが次々とNATOに加盟していった。ロシアから見れば、ワルシャワ機構軍としてソ連陣営にいた国々が「敵陣に寝返っていった」のである。

ロシアのナショナリズムからは、これほど屈辱的なことはない。世論調査で国民の過半数が「ソ連時代は良かった」と回答するのは、アメリカと世界を二分する大国であった時代にノスタルジーを感じるからである。国民を大虐殺した「大テロル」の首謀者、スターリンに対する評価が高いのも同じ理由からである。プーチンがスターリン批判を禁止するというような雰囲気である。

隣接するベラルーシはルカシェンコ大統領の独裁で親ロシア路線を継続しているが、問題は反ロシアに傾斜しているウクライナである。この国がNATOに加盟し、そこにアメリカの核兵器などの兵器が配備されれば、モスクワを一気にミサイル攻撃できるようになる。これは、プーチンにとっては悪夢である。

そこで、プーチンはNATO加盟国をこれ以上増やさないことを求めている。

「大国」の座から滑り落ちたロシアにはルサンチマンが

しかし、今行われているNATOとロシアの間の協議では、アメリカはこの要求をはねつけている。ただ、アメリカは、東欧での軍事演習やミサイル配備を相互に制限することを提案する考えを持っている。今後も協議は継続されるというが、基本的な対立点は残ったままであり、楽観できる状況ではない。ロシアは、ウクライナ国境地域に10万人規模の部隊を集結させており、11日には軍事演習を始めている。また、政治的、外交的に満足の出来る解決が見いだせないときには、軍事的オプションも維持すると明言している。

ロシアは、中世以来領土を拡大しており、西はフィンランド、ポーランドへ、南は中央アジアへ、東はシベリアへと大帝国を築いていった。ロマノフ朝のロシアは、近代ヨーロッパでは、イギリス、ドイツ、フランスと共に四大国の地位にまで昇っていったのである。

1917年のロシア革命によって共産主義体制になっても、周辺の民族を併合する大帝国であることには変わりはなかったのである。第二次大戦ではナチス・ドイツに勝利し、戦後の宇宙開発競争では、スプートニクが象徴するようにアメリカに先行した。その帝国が30年前に解体し、ロシアは大国の地位から滑り落ちてしまった。そのルサンチマンがロシア・ナショナリズムをかき立てるのである。

プーチンは、2014年3月にウクライナ領のクリミア半島を併合したが、そこには多くのロシア人が住んでおり、もともとロシアの領土だったという思いが強かった。フルシチョフ時代(1954年)に、クリミアはウクライナに譲られたが、それは水道事情などの様々な要因が背景にある。フルシチョフにとっては、クリミアがどちらの共和国に属しようが、ソ連帝国の一部であることには変わりがないので、たいしたことではなかったのである。まさか、37年後にソ連邦が解体するなどとは夢にも思わなかったのであろう。

このように、ソ連邦時代には所属する15の共和国の境をどうするかは、さほど深刻な問題ではなかった。しかし、解体して皆が独立国になってしまえば、それは固定された国境となり、民族問題を含め様々な問題を噴出させることになる。たとえば、ウクライナ東部にはロシア人が多く住んでおり、分離独立への動きを加速化させている。プーチンは、「住民の希望に従って」この地域をロシアに併合することを目論んでいるのである。クリミアと同じである。

中国にとってカザフは一帯一路の起点

カザフスタンについても同様で、ロシアと国境を接する北部には多くのロシア人が生活している。クリミア東部と同じである。この地域はロシアに併合すべきだとプーチンは考えていると思うが、カザフスタンは、ウクライナと違って親露の姿勢を維持しており、武力介入には慎重である。帝国が解体し、ロシアのみの単一国家となった今は、ロシアのリーダーたちは、ソ連時代の共和国間の国境画定が不合理であったことを痛感している。

中国は、トカエフが暴動を武力鎮圧したことを高く評価する。カザフスタンは中国の新疆ウイグル地区と隣接しており、そこには150万人のカザフ族が住んでいる。反政府デモが中国にも波及することを懸念しているのである。しかも、カザフスタンは習近平が掲げる一帯一路構想の起点でもある。

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『ムッソリーニの正体--ヒトラーが師と仰いだ男』(舛添要一著、小学館新書)

新疆ウイグル、チベット、内モンゴル、広西壮族の自治区を包括し、漢民族を含め56の民族からなる中華帝国は、ソ連邦と違って崩壊していない。2049年の中華人民共和国建国100周年までには台湾を統合することを目指している。習近平政権にとっては、帝国の周辺地域で少数民族が反乱を起こすことは何としても阻止せねばならないのである。それが帝国の論理である。ウイグル族に対する人権抑圧も帝国を維持するには不可欠なのである。

失われた帝国へのロシア人のノスタルジー、そして帝国を維持し、昔日の栄光を復活させようとする中国人の望みを理解することもまた、不毛な米露対立、米中対立を避けることに繋がる。

舛添 要一

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